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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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6・コウジマチサトルの当惑



 思いの外会話が弾み、あっという間に目的の場所にたどり着くことが出来た。


 もう少し先に進むそうだが、すでにここは安全地帯らしい。


 初めて同じ場所に立ったその日の事を思い出し、サトルは感慨にふける。


「草伸びてるなあ」


 春なので当たり前と言えば当たり前なのだが、以前は膝よりも下にあった草丈が、いつの間にか膝を越して太もも辺りをくすぐるほどになっていた。

 面白いことに、草丈が高い場所は平原内に点在していて、まるでゲームのモンスターとエンカウントする草むらのように見えた。


 しかしルーが言うには、その草むらこそが、竜を避けるための安全地帯なのだそうだ。


「竜が長時間とどまる事を避ける場所は、基本的に草丈が高いです。でも竜も時折小型の個体がいるので、そういった小型の個体がくることもあります。ただ、小型の個体は人を追い回すという事はありません」


 小型の竜は幼体で、人間の持つ武力でも対抗しうるため、あまりにも小型の個体は人間を避けるのだとルーは言う。


「この間のは?」


 以前この場所より少し先で遭遇した、あの綺麗な薄青の竜を思い出しサトルは問う。


 あの竜は明らかに他の竜よりも小型だったが、明確にサトルたちを狙っていた。

 そのせいで荷物を食い荒らされてしまったのだ。


「私たちが好物を持っていたからです、ね、たぶん」


「あの匂いのする木か」


 モンスター除けになると考えられる低木の枝。それをサトルが大量に抱えていたので、匂いにつられて襲ってきたのだろうとルーは語る。


「それもなんですが、グレンドレという花も。あの……サトルさんに採取してもらったあれです。あの花も、竜の生息域によく生えると有ったんですよね」


 サトルがこの世界に来て初日に採取させられた、シソの香りに似た風の万能薬の花の事だろう。

 竜が植物を食べることがあり、昼間に平原に集まるのはその植物を食べるためかもしれない、という説はまだ立証されていないとはいえ、ルーは結構な確信を持っていたはずだ。

 もしかしたら竜が好んで食べる植物だからこそ、竜のいる場所で見つかるのでは、という仮説が無かったとは思えない。


 サトルは恨みがましい半眼でルーを見やる。


「君最初の頃相当俺のこと相当おざなりに扱っていた?」


「すみません、あの、でも、本当に危険はそう高くないと思っていたんですよ? だからまあいっかなあと」


「それで危険な場所に平気で追いやるって言うのはなかなか性格が悪くないか?」


 アハハと笑ってごまかそうとするルーに、サトルは距離を詰めて問いただす。


「すみません、もう今はそんなこと絶対しませんから。サトルさんのことちゃんと信頼してるし、大事な人だなって思ってるんですよ。むしろ絶対いなくなってほしくない、大切な人なんです! だからおざなりな扱いなんてしません、大事にします!」


 嘘か本当か分からないが、言い訳にしては大胆なことを言い出したルーに、サトルは面食らう。


 大切な人、いなくなってほしくない人と言われると、何故だか妙に胸が詰まる思いがした。


「……そういうのは……もっと、別の時に言う物だと思う」


「そうですか?」


 サトルが何に動揺したのかわかっていないルーは、きょとんと首をかしげる。


 ルーのこの態度は、以前からルーがサトルにアプローチをかけても、サトルが一切反応してこなかった結果。異性として見なくなってしまったからなのだったが、しかしあまりにも無邪気に慕われる事の方が、サトルとしては心動かされてしまうものだった。


 顔を押さえて呻くサトルに、アンジェリカは何があったのかと首をかしげる。

 ルーともどもサトルのことをすっかり朴念仁と思っていたので、まさかサトルが今更ルーの言葉に心動かされているとは思わなかったようだ。


「何があったのかしら?」


 お兄ちゃん(仮)だけは何かに気が付いたようで、サトルに対し、これ見よがしに肩をすくめる。

 そんな小ばかにするような妖精の態度に、サトルはぐうっと唸った。


 サトルはなんとか自分の気持ちを落ち着かせ、ルーの言い訳を受け流す。


「いいよ、もうルーの事は疑ってない。とにかくあの時は、俺がいたからいつも以上に大量に採れた薬草やモンスター除けの低木のせいで、逆に竜が寄ってきたってことだろ?」


「あら? そんなことがあったのね?」


 アンジェリカの目がすいと細くなり、ルーを睨むように見やる。

 このままだとまたルーへの説教が始まるなと、サトルは慌ててアンジェリカをなだめる。


「アンジェリカ、竜に追われたのは俺のせいだ。知らなかったとはいえ、竜を寄せるような真似を俺がしてたんだ」


「違いますよ! 私のせいです、私が考え無しだったんです!」


 サトルに罪を被せまいとルーが言えば、アンジェリカはその通りだと肯定し、ルーの頬に手を伸ばす。


「あら分かっているじゃない」


「うあ……あの、アン」


「貴方が考え無しに行動して、自分とサトルを危険にさらしたのよね?」


 むにっとルーの頬を摘まむアンジェリカ。手付きは優しいが、じわじわと力がこもっていく。


「すみません、あの、悪気はなかったんです」


「悪気の問題ではないわ。けど、今日はこれくらいにしておいてあげる。貴方をいじめると、サトルが凄く心配そうな顔をするのよ?」


 ねえ、と突然振られて、サトルは驚きつつ頷く。


「あ、ああ、俺にも責任はあったと思っているから……それより、確かこの辺りじゃなかったか? 前に竜から逃げた時に駆け込んだ場所」


「はい、ここがそうです。草丈が極端に高くなっているのが分かりますか?」


 ルーの言葉にアロエがずばっと手をあげて答える。


「わかるよーひざ丈より上の草が多い。向こうはくるぶし程度なのに」


 言われてみればそうだと皆が頷く中、アンジェリカは少し先を指さしてもっと草が少ない場所があると言う。


 ガランガルダンジョン下町を手前として、平原の奥に行くにつれ丘陵がいくつかあったが、その手前。極端に草丈が低く地面がむき出しになっている場所もある。

 少しくぼんだ場所には雨水がたまり、小さな池のようになっている場所もあった。


「彼方は少し、斜面が剥げてるわ」


「そうです、あちらは下にダンジョンの空間が無いと思われる場所です。しばらく待っていれば、大型の個体がここからでもはっきり見られますよ」


「ここなら伏せて観察できそうだね」


 言うが早いか、アロエは草の中に身を沈めるように伏せる。


「そういうの得意なのか?」


「もちろん!」


 アロエに習い、それぞれ草に身を隠すように伏せて待てば、しばらくもしないうちに上空を大きな影が通り過ぎた。


 クレソンが嬉しそうに声をあげる。


「おお、来た来た」


 マレインは肩を震わせ、ヒースが純粋に感嘆の声を上げ、ルーは間に合ってよかったと安堵する。


「真上を通られると、流石に震えるな」


「こんなに近くで見るの初めてかも」


「時間としては、結構ギリギリでしたね」


 も少し遅ければ、この安全地帯にたどり着く前に、上空を竜が過ぎて行っていたことだろう。


 昼間はここで竜の観察をしつつ、夕刻に竜が巣に帰りだしたら周囲を捜索。夜になったらモンスターが出るので、警戒しつつできるなら捜索を続ける予定だった。

 一番のメインは二日目の日の出から、竜が飛び立ち平原に降り立ち始めるまでの短い時間。この時間こそが一番この平原を捜索するに向いているのだとルーは言う。


「朝方は問題ないんですよ。問題が多いのは夜です。ここだと普通にモンスターが出るので、モンスターが嫌うキーネの木がある程度生えている場所まで行きます」


 ルーの言うキーネが生えているという場所は、ダンジョンの入り口である祠がある場所うだろう。

 場所は何処だとは明確にしないのは、まだ人に話すつもりはないと言う事か。


 ルーは手帳を取り出し、皆に言う。


「数を数えますので、しばらく静かにお願いします」


 しばらくの無言の後、ルーは手帳に何かを書き付け、厳しい顔をする。


「今日はちょっと多いです」


 アロエが手帳をのぞき込みながら問う。


「何匹?」


「目算で、大型個体が二十を超えてます。小さい個体も同じくらい……後、特殊個体がいますね」


 特殊個体と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが、サトルたちを襲った小柄な竜だった。

 探して視界を巡らせれば、思いの外近くにあの薄青のきらめきを見つけた。

 サトルが薄青い竜に目を向けると同時に、左手に貼り付いていたキンちゃんとギンちゃんがフォフォーンと鳴いた。


 サトルが妖精たちに視線をやれば、妖精たちは何かを訴えるように、またもフォンフォンと鳴く。結構主張が強い。

 何を訴えているのか、妖精たちがサトルを心配する以外でここまで反応するのは、覚えている限り、異常行動をするモンスターに襲われる時だ。


 いやまさか、そんなわけないと思いつつ。それでも否定しきれないサトル。

 サトルは音にならない呻きを吐き出し、どうかこの予想が外れてくれと、切に願った。


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