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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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1・タチバナカオリの消息

 朝っぱらから食卓に並ぶ、幾つかの料理と、菓子に、少し遅く起きだしてきたオリーブたちは喜ぶ。


「凄いな、どうしたんだこれは?」


「昨日卵白だけ大量に余ってたから、何かできないかと思って」


「そういうところが」


「ママ禁止」


「むう」


 オリーブにまでママと言われたら、色々と男として何かダメージが大きすぎる気がして、サトルは絶対に言わせまいと念を押す。


 元の世界では、後輩やバイト相手に手料理を作っていたこともあり、同僚には菓子作りが好きな者もいたので、社員寮で共に作っていたこともあった。

 その時は自分以外にも世話焼きがいたので、ママと呼ばれるような事は無かったのだがと、サトルはため息を吐く。


 余っていた材料で作ったのは、メレンゲの他に、クレープにクリームを挟んで重ねて作ったミルクレープ。それと赤い帽子のようなズコット。他には牛の目玉のクッキーと言われる、ジャムを乗せたクッキーだ。

 火の加減をレオナルドに任せたところ、食い意地の張った精霊はものの見事に焼き上げてくれた。


「あら綺麗な赤い色」


 アンジェリカが目を止めたのは、ミルクレープに添えられた、赤いリボン状の物体。

 ずっとニコちゃんが興味深そうにのぞき込んでいるので、ほのかにスポットが当たって見えたのだろう。


「これは何?」


「クレープを弱火でじっくり焼いて、上にジャムを塗ったんだ。見た目華やかにしてみたくて。あんまりうまくいかなかったけど」


「可愛いよ、リボンみたい」


 アロエがいいじゃんと笑うが、サトルは失敗したんだと肩を落とす。


「本当は花を作りたかったんだよ」


「生地が緩いのかも。ふふ、次に作るときは私も誘ってほしいわ」


 カレンデュラは、今度作るときは一緒に作りましょうと誘う。

 どうやらカレンデュラは、自分の実家の台所作業を、サトルを通して思い出している節があった。

 言葉にこそしていないものの、ここでもさり気ないママ扱いに、サトルは困ったように頭を掻く。


 オリーブたちよりも遅く起きだしたマレインが、リビングに入って来るや、テーブル上の菓子に気が付く。


「面白いことをしてるね?」


 マレインの視線が真っ先に向かったのは、真っ赤なズコット。

 見た目のインパクトはやはりあるよなと、サトルは満足げに頷き、切り分ける。


「食べるか? ズコットって言うお菓子だ」


「ああ、確かにこれは帽子だな、はは、面白い」


 ズコットの名前の由来は一目見て理解できたらしい。


「頭のケーキかと思った」


 その後ろから、ヒースがまるで聞き覚えの無いケーキの名前を口にする。


「そういうのがあるのか?」


「うん、もっと黄色っぽいけど」


「黄色いのか」


 黄色いケーキというと、サトルの中ではカステラや、それに類するケーキのイメージだ。


「そう、黄色い頭のケーキは、偉い人の誕生日にだけ食べられるって言ってた」


 ヒースの言葉をマレインが補足する。


「ああ、ガランガルダンジョン下町の初代町長の誕生祭の時に、彼の金色の髪に見立てた、黄色いケーキを作るんだ」


 話を聞いてみると、イタリアなどにあるミモザケーキと同じように、卵黄などで黄色っぽく焼き上げたスポンジを細かくほぐし、丸く作ったケーキに貼り付けて作るという。


「面白そうだ。今度作ってみたい」


 スポンジをほぐしてデコレーションに使うという事はしたことがあるので、やってみたいとサトルは言うが、ヒースはごめんなさいと耳をしおれさせる。


「でも俺作り方知らない」


 だったらとオリーブが提案をさしはさむ。


「ケーキは銀の馬蹄亭でも饗される。聞いたら教えてくれるかもしれないな」


 どうやらオリーブもサトルの作る菓子に興味津々、かつもっと作ってもいいぞと目を輝かせている。


 実際に作るかどうかはまた後で考えるとして、サトルは今はこちらをと、ズコットを切り分け配った。


 断面を見て気が付いたのか、ヒースが驚いたように声をあげる。


「あ、これ中身アイスクリームだ」


 量が少なかったので、全員にいきわたるには味見程度しかないが、それでも皿を回してそれぞれ口に運んだ。

 ルーだけは先に好奇心を満たしていたので、一人ほくそ笑んで皆の感想に耳を傾けていた。


 セイボリーやルイボスも好奇心を満たすために、マレインの持つ皿に手を伸ばす。


「面白いことをする物だ」


「タチバナを思い出します……彼女も、色々作っていた」


 その言葉が引き金になったか、タチバナの作ったあれは面白かった、これも良かったと声が上がる。

 彼らの食への好奇心が強いのは、もしかしたらタチバナの影響なのかもしれない。


「そういやタチバナさん絵も描いてたよな、あれってどうなったんだ?」


 食の話から、ふっと話がぶれたのは、クレソンのその言葉からだった。


「絵? それって研究のためのスケッチみたいなやつか?」


 ルーが図形のような物を手帳に書きつけていたのを見た覚えがあったので、それの事かと思ったのだが、そうではないとクレソンは言う。


「いや、ちゃんとした絵だな。っつうか、ちゃんとしたって言うか、すげえ独特な水彩画だ。俺あれ結構好きなんだよな」


「何だそれ?」


 表現があいまいなので、一体それがどんな絵なのか分からないが、とにかくクレソンはそれが好きだったと、懐かしそうに目を細めた。


「ああ、彼女の絵はとても美しかったですね」


 ルイボスも同じように目を細める。

 そんなに言われると気なってしまう程度には、サトルも好奇心が多い。

 そんなサトルの表情を理解したようでルーはサトルに見せようと、リビングを出て行った。


 しばらくして戻ってきたルーの手には、目の粗い画用紙。

 そこに描かれたサインを見て、サトルは息を飲んだ。


 わなと震えて名を読み上げる。


「……タチバナ、カオリ……」


 あまりにも驚くサトルに、一体何があったのかと、ルーは慌てる。


 何かおかしな物を見せたつもりはなかったのだろう。実際ルーがサトルに見せたのは、ごくごくありふれたガランガルダンジョン下町の街並みや、平原の様子、遠い山並みを描いた風景画。そこに小さく子猫や子兎が遊ぶ、メルヘンな画風の水彩画だった。


 独特とクレソンが言うような理由が何かあったかと考えれば、濃い線画に色を乗せ、はっきりとしたハイライトで、見せたいキャラクターの輪郭を際立たせていることだろうか。

 誰が主役かすぐに分かるように、子猫や子ウサギの周辺の色が淡く抜いてあるため、主役のはっきりした絵本の絵のようにも見える。


「どうしました?」


「絵本作家の立花香織さんじゃないかこれ……このハイライトの強い水彩画、間違いない」


 サトルはルーの手から画用紙を取り、震える声でそう言うと、片方の手で顔面を覆った。


「知ってる方なんですか?」


「直接会った事は無いけど、俺の国で十年くらい前に行方不明になった絵本作家だよ。俺の爺さんの地元に住んでて……俺も彼女の本は持っていたんだ」


「そんなまさか! 先生は十年以上前からこの国にいますよ!」


 サトルの言葉にそんなはずはないとルーは驚き叫ぶ。

 サトルもルーの言葉に同意だった。人の話を聞く限り、どう考えてもタチバナがこの世界にいる時間は、十年程度ではないように思えた。


「タチバナって、何年前にこの……国に来たんだ?」


 世界と言いかけて慌てて国に言い換えるサトル。それに何を思ったか、ルイボスがすぐにサトルの望んだ答えを返した。


「この国は二十年ほどですね。別の国のダンジョンに召喚されたので、実際は三十年近く前から、という所でしょうか」


 この画風、この名前、タチバナが好んで飲食していたという緑茶や肉じゃが、これらから間違いなくタチバナは、サトルの知るタチバナカオリだと思われた。

 しかし、サトルの知るタチバナカオリは三十年前には、まだサトルの世界にいたはずだった。


「嘘だろ……時間に差があるのか?」


 しかしこの情報はサトルにとって行幸だった。

 もし今後この世界でのやるべきことが長引いても、元の世界での時間は三分の一ほどだと考えられる。


 それと同時に、とてつもない嫌な予感があった。

 立花香織は、ある大雨の日に、崩れた崖に家ごと飲まれて亡くなったと言われていた。


 サトルの知っているニュースの記事では、結局遺体は見つかっていなかった。


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