11・甘味と美酒の美食の宴
マレインが乱入したアイスクリーム作りは、その後興味津々なセイボリーのパーティーの面々も加わり、結局全員での共同作業となった。
その間ルーとサトルはアイスの原液作りに追われ、買い置くつもりでいた卵の大半がなくなってしまった。
「こんなになるとは思いませんでした」
人数分には満たない卵を見て、翌日の朝食を思い、しょんぼりと耳をしおれさせるルー。
次にアイスを作るときは、もっと材料を用意しておこう、費用も事前に徴収しておこうと決める。
サトルも複数回氷を作らされてすっかりへとへとだ。
冷たい物ばかりでは胃に悪いからと、トウモロコシの粥のようなポレンタと簡単なスープをヒースが作ってくれたのがありがたかった。
サトルはポレンタを口に運びながら一息つく。
出来上がったアイスクリームはすぐ溶けてしまうので、皆自分で炊事場に椅子を運び込み、その場で食べていた。
「面白かったけど、沢山は作れないのが難点よね。調理器具買い足したいくらいね」
アンジェリカがそう言うと、後ろでお兄ちゃん(仮)が頷く。お兄ちゃん(仮)も見ていて楽しかったらしい。
「めっちゃ大変だったけどこれ好きかもあたし」
そう言って蜜酒かけのアイスクリームを口に運ぶアロエ。かかっている蜜酒はマレインが作った方だ。
マレインの言う通り、こちらの方がかなり香りも味も癖が強く、サトルの蜜酒が初恋や切ない思い出の味だとするなら、マレインの蜜酒は情欲的な恋愛のようだった。
マレインの蜜酒には、蜜酒の妖精ラブちゃんがなかなかやるなと、プーンププーンと賞賛を送っていたので、相当出来がいいのだろう。
「それにしても、君は面白いことをするもんだなあ」
そう言うマレインは酒の上にアイスを乗せるようにして食べている。まるで顔色は変わらないが、昨晩同様かなり上機嫌で、口も軽そうだ。
その横で、最後の最後にクレソンが投げやりに作ったアイスクリームを食べながら、オリーブが唸る。
「うーむ、私が作った物より、クレソンが作った物は舌に触る物があるな。混ぜながら固めるってのが大事なのかな?」
そういうオリーブが作ったアイスクリームは、しっかり固まっていながらふわりと滑らかな口触りだった。サトルの見ている限り、相当しっかりと、手ごたえが重くなっても練り上げるように混ぜていた。
「混ぜずに固めると、アイスキャンディーになるな。それをするにはもっと別の機材が必要になるし、俺は作れないが」
確かに同じ材料でも、混ぜずに放置すると固まり方が違うとサトルは答える。
乳脂の多いアイスクリームでは分かりにくいが、ジュースで作るとクリーム状のシャーベットになるか、硬いアイスキャンディーになるかの差が大きい。
しかしながらサトルは恒常的にマイナス温度を作り出せるわけではない。芯までしっかり凍らせるアイスキャンディーは難しいだろうなと言う。
しかしアロエはアイスキャンディーという単語にそれはそれで面白そうだと興味津々。
「えー気になる何それ」
ヒースも面白そうだねと口を挟む。
「果汁で作れないかな?」
それだったら覚えがあるぞとクレソン。自分も記憶にあるとバレリアンが追従する。
「できるだろ、酒とかそのまま凍らせりゃいいんじゃね?」
「ああ、上階層の雪原でやってましたね。あれはなかなか面白かったが、しかし、寒い所で食べる物じゃない」
二人が室内で食べるに限ると頷き合えば、その横でワームウッドが鼻で笑う。
「いや、あんな無茶するの二人だけだから」
馬鹿にするならクレソンだけにしろとバレリアン。てめえも同類だと絡みに行くクレソン。
「この人と一緒にしないでください。僕は巻き込まれただけです」
「んだよ、お前だって面白がってたじゃんよ」
そんな馬鹿をしている三人を放っておいて、ヒースはサトルの作る面白いスイーツが他にあるのではないかと訊ねる。
「サトルサトル、他には何か面白いもの作れる?」
「材料さえ揃えられれば、まあ」
「うわー、今度時間があるとき一緒に買い出し行こう!」
もちろん構わないとサトルはヒースの誘いを受ける。
こんなにも楽しんでもらえるなら、今度は何を作ろうか。
サトルが作れる料理の中で、面白系を作るか、それとも技術必須か、この世界ではあまり冷たいスイーツが無さそうなので、冷蔵庫が必要な類の物でも興味を持ってもらえるかもしれないと、サトルは色々考える。
今此処にある材料でも、手順と手間さえかければ、それなりに面白い物を作ることが出来るだろう。
例えば彼らが特に好んでいる酒、それらを使っても作れる菓子は幾らでもある。
菓子以外にも、日本食を洋食や中華に類したものを作ることだってできる。
どうやらこの町ではダンジョン産の香辛料も、金さえ出せば手に入るらしいので、いずれそれらを使ってもいいだろう。
特に香辛料とアルコール度数の高い酒は、とても相性がいいのだ。
サトルがそんなことを考えていたからか、クレソンが食糧庫から酒の瓶を持ち出してきた。
ルーが少し顔をしかめるのは、きっと酒飲みの冒険者たちに狙われないよう、こっそり隠していた酒だからだろう。酒豪の鼻は誤魔化せなかったようである。
「ななな、これ、凍らせたらどうなるかやってみていいか?」
「いいけど……クランブルワインか、好きだな」
クレソンが持ち出してきたクランブルワインに、ずっと作業机の上にいた赤い妖精、ディーヴァとプリマがリンリリンと鈴を転がす声で賛同する。
妖精たちも喜ぶのならいいかと、サトルは最後にもう一度氷を作って樽に入れた。
「おう、今だけだしな」
「その作業、私がやってもいいだろうか?」
この時期だけの味だからとクレソンはさっそく銅の寸胴にワインを注ぐ。
せっかくなので自分もさせて欲しいと、セイボリーが名乗り出たので、雑なクレソンよりもとセイボリーに攪拌を任せる。
「今だけって、ワインなのに熟成させないのか?」
サトルの疑問に、アロエとマレインが笑って答える。
「クレソンの好きなのは、発酵進んでない甘いやつだからねー」
「意外と甘口が好きなんだよ、彼は」
とりわけ酒飲みの二人にからかうように言われ、クレソンは苛立たし気に尾を立てる。
「うるせ、なんだその意外とって、お前らも甘いの好きなくせに」
そんな事は無いさと、笑いながらマレインは、いつの間にか手にしていた蒸留酒を掲げる。
サトルはまだ飲んだことのない酒だが、どうも相当強い物らしく、クレソンは瓶を見ただけで唸る。
「辛いのも好きだが?」
酸いも甘いもではないが、マレインは美食を伴侶と言うだけあって、どんな酒でも好んでいるらしい。
「マレインさんはそういう癖の強いのとかも好きだよね、サトルっちは?」
アロエに問われ、サトルは酒よりも食い物がメインの方がいいと答える。
「俺は、つまみを美味しく食べるために添える程度の酒がいい」
サトルの色気のない答えに、マレインはクツクツと笑う。
「ママは食い意地が張ってるな。それとも、君には辛口はまだ早いか?」
「だーかーらママは止めてくれ、ママは」
サトルが大きくため息を吐けば、マレインのみならずアロエやクレソンも愉快そうにけらけらと笑う。
アイスクリームに舌鼓を打っていたはずが、いつの間にかすっかり酒宴になっていた。
「何でこんなに賑やかかな……」
その賑やかさは妙に胸に浸みる気がして、サトルは苦く笑った。