9・魅惑の思惑の誘惑
ほろ酔いのまま寝て起きて翌日、サトルはこの日の朝食後、オリーブたちに相談をした。
今日も今日とて、彼女たちは互助会で仕事をするという。
オリーブたちは前日サトルに対し、ダンジョン崩落についての状況の聞き取りを行っていたので、それの報告もあってのことだとか。
「平原に行きたいんだ。俺が初めてこの世界に来た場所に。できるだろうか?」
「何故かしら?」
サトルの質問に真っ先に疑問を投げたのはアンジェリカ。視線が険しいが、その視線の向く先にいるのはルーだったりする。
「わ、私は何も言ってませんよ! サトルさんが自分から言ってるんですってば!」
ルーがサトルをけしかけたと思われたのだろう。サトルは心の内でこっそりすまないと謝る。
「あら、帰るための手掛かりを、とでもいうのかしら?」
カレンデュラが穿つように問うが、やるべきこともやれていないのに、そんなつもりは毛頭ないとサトルは首を振る。
「そうじゃなくて、ドラゴナイトアゲートを探しに行きたい」
ドラゴナイトアゲートと聞いてオリーブたちは驚くが、ルーだけは「ああ、そういう事ですか」といたく納得した様子。
どうやらルーはドラゴナイトアゲートが、魔法を使う際の魔力の供給源になり得ると、最初から分かっていたようだ。
「何故草原なんだ? あれはダンジョン内や、ドラゴンの住む場所で見つかる物だ」
「小石程、爪の先ほどしかない物なら、平原でも見つかる可能性があるから」
オリーブの問いにサトルは答え、ルーを見る。どこまで話すべきかと問うつもりだったのだが、ルーは自分の傍らにいたモーさんの、その上でくつろいでいるニコちゃんを撫でて答えた。
平原で竜に追われたことは誤魔化すつもりなのだろう。
「というか、見つけましたね、ニコちゃん」
「そいう言う事かあ、ニコちゃんトレジャーハンターだもんね」
ルーの言葉に、それなら納得とアロエが言う。
ニコちゃんはその通りだと、胸を張ってフォン! と鳴いた。
その返事に、オリーブも心強いなと笑う。
何せニコちゃんは、ルーが借金の担保にしたドラゴナイトアゲート、大量のホリーデイル、黄金のミードバチの巣を見つけた功績があるのだ。
彼女に任せるならきっとまた良い収穫が得られるだろうと、すっかり信頼されていた。
「手あたり次第に探すというわけではないんだな」
「ああ、ニコちゃんが探すのを手伝うと」
もう一度、任せておけとフォフォンと鳴くニコちゃん。もすでにやる気満々だ。
そんなニコちゃんを見て、アロエはいいなあと得物を狙う獣の目を向ける。
「ニコちゃんって本当に便利だねえ。良いなあ、あたしらにもニコちゃんみたいな子、いてくれたらいいなあ」
「ニコちゃんは自分の意思で俺に付き合ってくれてるので、無理強いはさせません。悪しからず」
ニコちゃんを無理に連れて行こうとするなよと牽制するサトルに、オリーブは思わずつぶやく。
「子供を守る母猫目をしているな」
アロエはけらけら笑ってサトルをからかう。
「やっぱりママだ」
「違うって」
このからかいは甘えや信頼故なのだろうけど、出来ればママよりパパの方がぐっとくる、サトルはそう思ったがさすがに言わないでおく。
「けどそういう話なら、ボスに頼みなよー。ってか、後で行くから話付けてあげる」
アロエはすっかりニコちゃん隊長のお宝探しに乗り気満々の様で、ニコちゃんもそれに対してフォフォンフォフォンと嬉しそうに返している。
意思疎通はできていないが、アロエもやる気満々なニコちゃんに、サムズアップを返している。
ついでにアンジェリカの後ろでお兄ちゃん(仮)もサムズアップをしているのだが、サトル以外には見えていない。
「けれど、何でドラゴナイトアゲートを? サトルはそんなにお金に困っていたのかしら?」
自分の後ろでお兄ちゃん(仮)が宝さがしに乗り気なことに気づかないアンジェリカは、あまりドラゴナイトアゲート探しに乗り気ではないらしい。
その視線が時々ルーを見るので、やはりルーが無茶をしないか心配なのだろう。
「ワームウッドに、魔力の供給源になると聞いたんだ」
とたん、アロエ、アンジェリカ、カレンデュラが同じように「ああ」とうなずいた。
「あそっか、うんなるらしいね、精霊魔術限定で」
「納得がいったわ。それならサトルには必要かもしれないわね」
「確かにボスもそういう使い方してるわよねえ」
しかし、カレンデュラはまだ疑いがあるようだ。
「けれど平原に行くのはあまり得策ではないのではないかしら? 本当に見つかるの?」
見つかる場所は竜のいるところ。もしくはダンジョン内でという事だろう。平原には確かに竜が降りるが、今までその場所でドラゴナイトアゲートが見つかった、という話は聞いたことが無いという。
しかし、ルーとサトルはその平原にドラゴナイトアゲートがある可能性を、すでに見出していた。
ルーが力強く頷き、サトルが同意する。
ニコちゃんもフォンフォンと自己主張する。
「私は大丈夫だと思いますよ」
「ああ、以前一回ニコちゃんが見つけているんだ。ニコちゃんにはドラゴナイトアゲートをピンポイントで見つけることが出来るかどうか、すでに確認済みだ。探してみせると意気込んでる」
「ニコちゃんは功績があるから、無碍にはできないわね」
二人の言葉もさることながら、先ほどから強く強く自己主張を繰り返す妖精に、カレンデュラは信じるしかないわねと納得をした。
「うちら採取とかよくするし、ボスに相談するんだったら、ついてくのうちらでもいいよ! というかさ、あたしから平原での採取に専門家としての同行依頼、ってしよっか?」
「いいんですか?」
妙に乗り気なアロエの提案に、ルーは身を乗り出して喜ぶが、その思惑は一体どこだと、サトルはアロエを睨むように問う。
「何か目的がありそうだな?」
アロエは最初から隠す気はないのか、もちろんとすぐに答えた。
「クレソンがサトルの蜜酒めっちゃ美味かったって言ってた! お礼をしてくれる気があるならそれがいい」
やっぱりかとサトルはため息を吐く。
蜜酒についてはオリーブも気になっていたらしく、静かに話を聞いていたはずのオリーブのたれ耳が、びょんと勢い良く立ち上がる。
聞く限り黄金のミードバチの巣や蜂蜜は、本当に採取が難しく、何より見つけることがなかなかできないもので、それらを得ることが出来るのは幸運によるという。
それ故に金では買えない物として重宝されるらしい。
「もうあと少ししかないんだけど」
蜜酒をアロエに渡すのは問題ない。しかし残りの量は、オリーブのパーティーメンバー全員で飲むには、やや少なすぎる気がした。
サトルの言葉にアロエの耳の毛が立ち上がる。相当慌てているのだろう、瞳孔も大きく広がっている。
「え、そんなに飲んだの?」
「マレインとかワームウッドに相談に乗ってもらうための相談料にしたから」
「うわー、ずるいー、こっちにも相談してくれたらよかったのに」
そうしたら平原でのドラゴナイトアゲートの事も、自分たちが助言できただろうにと、アロエは地団太を踏む。
「悪いな。けど話も聞いてもらえたし、残りはアロエたちにあげるよ、俺には強すぎる酒だったから」
というよりも、サトルは元からアロエたちにも分ける気だったので、朝食前に持ってきていた、残りの蜜酒が入った瓶をアロエに差し出す。
サトルの感覚で少し大きめなワイン瓶の三分の一ほど。オリーブ、カレンデュラ、アロエ、アンジェリカ、モリーユの五人で飲むとしたら、一人ほんの二口、三口と言ったところか。
「本当に少しだ、うむうう、これぱかしじゃ思いきり飲めないよ」
瓶を見て唸るアロエに、ずっと黙って話を聞いていたモリーユが、自分は飲まなくてもいいよと遠慮をして見せるが、それでも量は大差なく、アロエも遠慮するなよとモリーユに返す。
さすがに量が少なすぎるが、少量の酒を楽しむ方法なら他にもあるはずと、サトルは考える。
元々原料が蜂蜜という事もあり、この蜜酒は香り華やかで、凝った料理よりも、シンプルなつまみや、甘味にも合いそうだとサトルは思った。
それに醸造酒のわりにアルコールの度数も高い。アルコール度数の高い酒を楽しむのに最適な食べ方に心当たりがあった。
「アロエは、甘い菓子とか、好き?」
「うん、大好き」
聞かれて、打てば響くような答えに、サトルはそれならと、サトルが元の世界でよくやっていた酒の楽しみ方を提案することにした。