12・俺と彼女と妖精と
サトルはルーから借りた布袋いっぱいに、黄色と紫の花弁を持つ小さな花を詰めた。
場所は丘陵から少し離れた場所。最初にサトルが目を覚ましたところだった。
ルーが言うには、この丘陵傍ならばあまりモンスターは出てこない。駄目押しに今のサトルはモンスター除けの低木の匂いが染みついているので、なお安全だという。
そのためルーとは別れて、自分が最初に寝ていた場所まで戻ってきていた。
ルーはその間、祠の傍で当初予定していたダンジョン調査だ。といっても、普段定期的に行っていることで、周囲の植生を調べ、祠の中をちょっと覗く程度らしい。
一人でダンジョン内部にまで入り込むのは、とてもではないが無理だとルーは言っていた。
「しっかし、これがねえ……」
サトルが今集めている花は、ルー曰く、この時期にしか採取できない、風邪の万能薬らしい。
サトルは自分が寝ていた場所に咲いていたと話した時の、ルーの反応思い出し苦笑する。
「それ! 私が今一番集めたかった薬草です! この時期にしか咲いていないんですが、抗菌作用が強く、花一輪で、抗炎症、解熱、鎮痛、鎮咳、去痰、健胃、精神安定が得られるので、冬のように人の体力が落ちる時期に大量に需要があるんです。いわゆる風邪と呼ばれる流感には大概効いて、今の内にたくさん集めておけば、冬は安泰という夢のような花。あ、薬草舐めてますね? いいですか、ここはガランガルダンジョン下ですから、ダンジョン内入ってれば薬いらずですし、そりゃあ売ってもボリジ通貨で銅貨一枚二枚がせいぜいですけどね、王都まで運べばその数倍、十数倍の値になるんです。冬になれば需要が高まり更に値段は何倍にも跳ね上がります。ここでしっかり稼いでおかないと、私は、私はああああああああ」
とのことだったので、よほど重要な花なのだろうことが分かった。
確かに一つでそんな幾つもの効果が得られ、風邪に覿面に効くというのなら、日本でもノーベル賞クラスの発見だともてはやされることだろう。
ボリジ銅貨は一枚で質の良いリンゴが一個から三個くらいまで買えるくらいとのことなので、日本円ならば花一輪で何百円から何千円、といったところだろうか。
ルーの言う「リンゴ」が実は高かったら、もっとだ。
「百輪摘めれば、何十万、いや、数千からさらに十数倍だから、百万行くかもなのか?」
物価の違いが判らないので、いささか判断に困るが、少なくとも研究費の足しになるくらいを一日で稼げるとルーは思っているようだった。
「世話になるんだし、少しくらい頑張るか」
世話になると言っても、それはルーの下心ありき。
ちょっと心配になるくらい顔に考えが出るルーだが、それでも、女の武器を使えればよかったのにと、自ら肌をさらけ出すくらいには強かなようだ。
「向こうがこっちに恩を売りたいのも分かるし、こちらだってルーを利用してるようなもんだし、なあ」
誰にともなしに同意を求めれば、その通りだと言わんばかりにキンちゃんがフォーンと鳴いた。ギンちゃんは同意しかねるらしい。
若干ながら二匹は性格も違うようで、この個体差はサトルを楽しませる物だった。
「ギンちゃんは何が不満?」
訊ねれば、ギンちゃんはフォフォンフォフォンと小刻みに鳴く。
「もしかして怒ってる? 俺が利用されるだけだって」
同意なのだろう、フォーンと強く鳴くギンちゃん。
「別にいいさ、むしろいいよ。逆に聞くけど、見知らぬ土地で知り合った人に、お前には利用価値が無いから、どこへでも行け、勝手に野垂れ死んでろ、って言われるのとどっちがまし?」
ちょっと意地悪な質問だったかもしれない。
サトルの問いかけに答えず、ギンちゃんがはおもむろに急上昇し、サトルの頭上へと降ってきた。
「痛、ちょっと軽いクッションを叩きつけられる程度に痛い」
ダメージはないが、怒られたというのは分かる。
「ギンちゃんごめんって、別に俺は死ぬ気はないし、利用されるならし返すくらいの気概も、今ならあるからさ」
最初に目を覚ました時は空腹で一人きり。
寄る辺ない気持ちは満腹感とともに少し薄れ、元の世界に「置いてきたもの」の大きさを思えば、少しばかりやる気も出てきた。
この突然連れて来られた異世での界生活を、自棄半分にちょっとした休暇、旅行として楽しむつもりはあるが、それと同じくらいに、キンちゃんたちの願いを叶えて、確実に元の世界に帰ってやると思っていた。
逃避旅行は「帰る場所」があるからこそできる娯楽でなくてはいけない。
頭上にへばりついてフォンフォンと鳴くギンちゃんに手を伸ばせば、ギンちゃんはそんなことでは誤魔化されないぞとばかりに、サトルの手をベチベチと叩く。
「ルーはギンちゃんが思うよりも良い人だよ。そりゃあ他人を利用したいという思いはあったろうけど、むしろ自分の利益よりも、俺に利益が大きくなるように条件提示してたし」
ギンちゃんの攻撃は痛くはなかったが、そんな風に心配して本気で怒ってくれるこの妖精に、サトルは感謝する。
「無条件じゃなくていいんだ。有難う。利用価値があるって思われた方が楽なんだ……誰かに必要とされない方が、心が死ぬからさ」
サトルは白いドレスの彼女を思い浮かべ、少しの間目を伏せた。