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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトル焦る」
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11・走れ

 サトルが意識を手放した後も、モンスターとの戦闘は続いていた。

 相手は暗い場所を好んで巣くう大型のコウモリのようなモンスターだった。

 しかしこれは悪い事ばかりでなく、大型のコウモリに似た体を維持できる食事があるということ、つまりただただ岩の通路が続くだけの坑道の終わりが近いという事だった。


 坑道の天井は五メートル以上、場所によっては十メートル以上あるので、体長一メートルを超える体でも、天井に貼り付いてしまえばなかなか剣は届かない。

 自警団の装備だけでは、迎撃や追い払うことはできても、天井に貼り付いたモンスターまで殲滅はできずにいた。

 ヒースを始め、戦闘に使える魔法を習得している者がコウモリを地面に落とすことで、少しずつ数は減っているようだったが、何せ相手はモンスター。野生動物とは違い命の危機を感じて逃げるという行動をほとんどとらない。

 このままでは長期戦になり、ダンジョンの変化やそれに伴う崩落が始まってしまう。


 戦闘の途中、わずかにサトルの意識が浮上する。

 サトルは自分にとりつき心配そうになく妖精たちに頼む。


「皆を……守ってくれ。俺の力は幾らでも使っていい。だから……生きて、帰らなきゃいけないんだ」


 細い息でそう頼むサトルに、妖精たちは応えようと飛び上がった。


 以前のサトルの指示を覚えていたのだろう、キンちゃんギンちゃんニコちゃんは、それぞれ天井に貼り付くコウモリたちの眼前で、最大光量で光る。

 ギャギィ! と悲鳴を上げてコウモリたちがぼとぼとと落ちてきた。

 それをテカちゃんが良く見えるように、広く、しかし眩しくならない程度に照らしだす。


 真っ先に動いたのは、サトルが何をしたのか気が付いたワームウッド。

 落ちてきたコウモリたちを手当たり次第に大ぶりのナイフで目を刺し止めを刺していく。


 自警団の団員たちに飛び掛かっていたコウモリたちも、急に明るくなったことで、狼狽えるように動きが鈍くなっていた。

 そこにモーさんが空気が震えるほどの大きな声でモー! と鳴いた。

 コウモリたちがふらついたところを、刃で殴る様に打ち落としていく団員達。


 サトルが意識を取り戻したほんのわずかの間に決着はついた。


「意識はあるか?」


 周囲のコウモリを殲滅したことを確認し、バジリコがサトルの意識の有無をヒースに問う。

 ヒースはサトルの肩をゆすり首を横に振った。


「駄目、完全に気絶してる」


 完全に力なく手足を投げ出すサトルを、モーさんの上に乗せ、持ってきていたロープで括りつける。

 爪先は引きずる形となったが、背に腹は代えられない。


「モーさんがいてくれてよかった」


 ヒースとワームウッド二人がかりでモーさんにサトルを括り付けると、またモンスターに遭遇する前にと、ほぼ小走りのように歩き出した。


 バジリコは一番道に詳しだろうワームウッドに確認をする。

 初階層まで行けば、ほぼダンジョンの変化による崩落は心配無い。


「あとどれくらいだ?」


「もうすぐ……ここからはずっと一本道だ」


 しかしワームウッドの示す一本道の先は、急な暗闇になっていた。見れば道が落ちくぼみ、その奥に光が見えていた。

 出口が目と鼻の先だというのに、それを遮る断崖絶壁。たまらずバジリコは悪態を吐く。


「……くそ、ここも崩落してやがる!」


 時間をかければ降りることも可能かもしれないが、今はその時間がない。

 仕方がないと、ワームウッドはサトルの頬を叩き起こす。


「サトル、起きてサトル!」


「う……ぅあ……」


 暗がりで見ても分かるほどに血の気の引いた顔をしてるサトル。

 それでもここで躊躇っていては、いつダンジョンが変化を始めるか分かった物ではないのだ。


「もう一度お願いできる? 道が無い」


 サトルはワームウッドの要請に一音だけで答え、すぐに精霊たちに請う。


「ん……ウワバミ、ベルナルド」


 精霊たちも慣れてきたようで、細かな指示が無くてもすぐに下へと続く階段が出来た。


「お疲れ、今度こそ、休んでていいはずだから」


 また意識を失うサトルに、聞こえてはいないだろうがとワームウッドは声をかける。

 もう本当に限界なのが見て取れた。よほどのことが無い限りサトルを起こすことはできないだろう。


 モンスターが背後から迫ってくるかもしれない危険を考え、また橋を落とす。

 しかし、その最中、地上で感じた物と同じ揺れが起こった。


 もう背後を気にしている余裕はない。

 遠目に見える光を指しバジリコが叫ぶ。


「急げ! ダンジョンが変わる! 今度崩落したら助からん!」


 足場が崩れても、天井が崩れても、今のバジリコたちでは対処ができない。

 もし運よく下の階層に落ちて生きていられたとしても、今度は生還するための行軍も不可能かもしれない。


「隊列はできるだけ崩すな! だが走れ!」


 通路は広いとはいえ、十二人以上が横一列で走れるほどではない。逃げ道を塞ぐ人の堰ができないように走りだす。


 それを待っていたかのように、塩交じりの岩が天井から剥落をはじめた。

 剥がれた塩の塊はまるで凶悪な鈍器だ。


「くそ! ったれええええ!」


「逃げろ逃げろ逃げろ!」


「何で! 俺たちばっかり!」


 希望を目の前にしてのこの苦難。泣き言や恨み言が出るのは仕方がないだろう。それでも団員たちはバジリコの言葉を守り走る。


 しかし全力で走る団員たちの中、サトルを負ったモーさんが遅れた。

 それでも追いつこうと焦ったのか、モーさんは躓き前足を折る様にして立ち止まってしまう。


「サトル! モーさん!」


 ヒースはモーさんに追いつき、その背に乗るサトルを呼ぶ。わずかに身じろぐことから、意識が戻っていることが分かった。


 バジリコも立ち止まり慌ててサトルの傍へ駆け戻ると、ロープを切り、頽れたモーさんの背からサトルを引きはがす。

 最後尾の団員とともにサトルを抱え上げ、自分の背に背負うのを手伝わせる。


「こいつだけは絶対に! 生きて帰せ! 命令だ!」


 しかし返事の代わりに聞こえたのは悲鳴。


「隊長!」


 天井に大きな亀裂が入った音が、言葉を飲み込み意思の疎通を妨げる。


 バジリコの背で、サトルは声にならない声をあげる。


「っ……ウワバミ! ベルナルド! 天井を支えろ!」


 水源もないのに立ち上る水の竜巻が、天井の割れ目に流れ込みながら凍り付く。

 その現象が何なのか、バジリコたちにももちろん理解できた。

 だからこそできた時間を無駄にはしまいと、バジリコたちは必至で走る。


 天井の重みを支えきれなくなりつつある氷は、悲鳴のような高い音を反響させながら罅割れていく。

 その音を背後に、バジリコたちは見えていた光へと飛び込んだ。


 濃い緑の匂いと高い天井。そこは間違いなくダンジョンの初階層。

 助かったと安どするその背後で、彼らの命を救った氷の柱が断末魔とともに砕け散り、岩盤の崩落の激しい音が聞こえてきた。


 ギリギリで生き延びたことが分かった。しかしその功労者はねぎらいを受けることもできない状態。

 バジリコは息切れしながらもサトルを背からおろし、確認する。


 見てわかるほどに青ざめた顔に、弱々しい呼吸。体温は生きている人間とは思えないほどに冷たい。


 ヒースと妖精たちが悲鳴のように泣きながらサトルに縋りつく。

 傷や炎症、毒ならば治すこともできる妖精たちでも、根本的な体力などを回復するには至らない。

 サトルはまさにその体力を枯渇させていた。


「サトル! どうしよう師匠、サトルが」


「これヤバいかもね」


 ワームウッドもサトルの状態を確かめ、このままじゃあ命がもたないと苦々しく呻く。


 バジリコは呼吸が整うのを待ち、再びサトルを背負うと走りだす。


「バジリコさん!」


「治療院に運ぶ! 全員付いてくるんだ! 交代で運ぶぞ!」


 そこでなら何とかしてくれるかもしれない。確信はないただの希望的観測だった。しかしそれ以外縋る物も分からない。

 ワームウッドもまた、サトルを助けるためバジリコに従い走り出した。


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