7・危険を生じる可能性があるならそこは危険
ワームウッドやヒースと知り合いの男、バジリコは、オリーブやセイボリー達と同じ互助会に所属している「元冒険者」で、ガランガルダンジョン下町の自警団の隊長の一人だった。
裂け目に降りてきた時に見たそろいの革鎧が自警団の団員で、男女問わずシャムジャもラパンナもヒュムスもいた。彼らはここ最近この割れ目で発生している地割れの調査をしに来たという。
バジリコはサトルがルーの助手だと聞いて興味を持ったようで、部下にその場を任せ、サトルたちに貼り付いた。
「いいのバジリコさん?」
ヒースの問いにバジリコは問題ないと良い笑顔。
「調査と言っても、訓練みたいなもんだ。セイボリー達が面倒見れる人数には限界がある。一部は実地で別の訓練を、ってだけなんだ。あいつらが調査し終わった後のレポートの採点の方が面倒だ。俺は文字は好きじゃない」
自分は一番の貧乏くじを引いて、今は暇なんだよと、実にあっけらかんとした様子。
暇なのでヒースやサトルの魔法の練習を見せてくれと頼むバジリコ。
しかしそうやって毒気の無い様子で笑うバジリコの視線が、時折モーさんを観察するように動いていることに、サトルは気が付いていた。
本人は無意識なのだろうが、バジリコがモーさんを見る瞬間、獲物を見定める猫のように尾が揺れ瞳孔が開いているのだ。
「見せてくれと言ってもなあ」
「サトルは精霊に頼り切りの魔法でしょ。一通り、どこまで頼れるのか試してみれば?」
ワームウッドの助言にしたがい、サトルは精霊たちがどれほど融通を聞かせ、臨機応変な対応をしてくれるのか見てみることにした。
まずは一番融通が利くと分かっているベルナルド。
「……ベルナルド、君の力を見たい」
サトルの言葉に応え、氷の精霊はサトルの目の前に見事な氷の彫像を作り上げた。
細部までこだわったサトルそっくりな像だ。
その腕にはベルナルド自身だろう兎が抱きかかえられている。
「すっげ!」
「わお、熱烈に愛されてるねサトル」
「ほほう、こりゃ凄い」
恥ずかしさに顔を覆うサトルに、素直に称賛を贈る三人。
これは確実に精霊の意思が反映されていると分かる代物だった。
「他には何ができる?」
ワームウッドが次をと促す。
「……レオナルド、君の力を貸してほしい」
しかしサトルの言葉に応え現れたのは、一掴みほどの火。それがぼとりと地面に落ち、やがて消えた。
「うん?」
「これって火種を出すだけの魔法?」
ワームウッドとヒースは以前に別の形での発現を見ているので、まさかこれで終わるのかと以外そうな様子。
バジリコもつまらなそうに眉を寄せる。
「何だ、こっちはしょぼいな」
「悪かったなレオナルド、もう一度お前の力を見せてくれ。一瞬でいい、天高く燃えてくれ」
サトルは少し考え文言を変える。
すると今度は、先ほど火種が落ちた場所から火柱が吹き上がり、岩壁の上にまで伸びあがった。
サトルの言葉通り、高く燃え、一瞬で鎮火する。
「なるほど、これは凄いな」
今度の炎はバジリコに感嘆の声をあげさせることが出来た。
耳や尾の毛が総毛立ち、一瞬とはいえ激しく燃え上がり焦げた空気に興奮が抑えられないのが見て取れた。
「目標がしっかりないと、レオナルドの力は上手く使えないみたいだ」
サトルは、レオに指示を出すなら丁寧に、と心にとめた。
「これでいいだろ? 次はヒースの魔法を」
もうお終いでいいだろうと言いかけるサトルに、ヒースはもう終わるのかと不満げだ。
「けどもう一匹、契約してたんだよね?」
「ウワバミは……力貸してもらえるかどうか」
たいていは力を見せろと頼んだ時にサトルに応える精霊たちだが、精霊魔法は契約者が名前を呼んだだけでも、精霊の力が引き出されてしまうらしい。
そしての引き出され発現した力は、精霊の意思で形を変えた。
サトルの頭上にバケツをひっくり返したような水が降り注ぐ。
「ぶえ……」
降り注ぐ水を思いきり飲み込んでしまい、サトルは激しくせき込み崩れ落ちた。
ゴホゴホとせき込むだけでなく、今にも嘔吐しそうな嫌な音で呻く。
「げぇ……うぁ……溺れるかと思った、怖かった……やめてくれウワバミ、俺は水は嫌いなんだ」
悲鳴を噛み殺しサトルは呻く。視界が暗く塗りつぶされ、思わず目を閉じれば青い火花が瞼の裏に散るようだった。
ガタガタと震えるサトルの体を濡らす水が、丸で生き物のようにするりと離れ、地面に吸い込まれていく。
体が乾くと体が濡れた恐怖は引いて、サトルはげっそりとした顔でバジリコたちに答えた。
「あー……こんな感じですね」
「サトル、大丈夫?」
ヒースがしゃがみ込みサトルが立つのに手を貸す。
ふらつきながらも立ち上がり、サトルはもう一度ウワバミに呼びかける。
「ウワバミ、信用するから、俺に力を貸してくれ……霧を、すぐに薄く延ばして、霧散させることはできるだろうか」
サトルの呼びかけに答えるように、突如として周囲に濃い霧が発生し、そして風に流されるように消えて行った。
「……頼みは聞いてくれるみたいだ」
ははと乾いた笑いをこぼし、サトルはその場に座り込んだ。
「ごめん、ちょっと、思った以上に疲れた……」
ほんの数回の魔法の行使で座り込むほどとはと、ワームウッドはやや呆れた様子。
ヒースも心配してサトルの横に座り込む。
妖精たちもサトルの周囲にまとわりつき、フォンフォンキュムムと心配してるようだ。妖精にたかられると、やはり不審者極まりない。
「疲れるの早いねえ」
「体力がないってのもあるけど、一応精霊の力を借りるのも、体力使うみたいなんだ」
「……使いすぎは禁物か」
効果は絶大、しかも精霊たちの任意で細かな調整も利く。しかしその代償がサトルの行動不能というのは、使いどころが難しいだろう。
パーティーでの行動に慣れているワームウッドは、なかなか使いどころが厳しいかもねと苦笑する。
「やっぱりいつもモーさんを連れておいた方がいいのかも」
少なくとも移動だけはモーさんの背に乗っていればどうにかなる。
実のところモーさんは一回ダンジョンに入った時よりも一回り大きくなっている。今のモーさんならば以前よりも力強く、サトルを運ぶこともより容易になっているだろう。
「君にばっかり頼っちゃってごめんな、無理させてる」
サトルの謝罪にモーさんはまるで、大丈夫だ問題ない、とでも言うように、元気よくモーと鳴く。
サトルがモーさんを撫でようと手を伸ばすと、急にキンちゃんとギンちゃんがその手に飛びついてきた。
妙に不安げにフォンフォンと二匹は鳴いている。
「……如何した? キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃんも」
何かを伝えようとする二匹に、サトルは問う。
「隊長!」
バジリコが連れていた部下の一人がバジリコを呼んだ。
「どうした?」
「ちょっとした目視だけでも、岩盤の罅、すでに前の報告の三倍以上です、やっぱりおかしいですよ。崩落の危険が高まってると判断します」
「三倍か……思った以上に進行が早いんだな。分かった、人数も人数だ、引き上げを早めてしばらくここの立ち入りを警戒しておこう」
「それがいいと思います」
漏れて聞こえる話だけでも不穏な様子に、サトルたちは視線を交わす。
「僕らも帰った方がいいかもね」
「俺まだ何もしてないよ師匠」
「仕方ないじゃない、僕らは非力なんだから無理はしない、危険は回避が一番だよ。仕事を長く続けるためにもね」
ワームウッドの言葉に、まだ練習ができていないとごねていたヒースも、頷かざる得ない。
サトルは事前の危機回避に異存はないので、三人はバジリコたちを待たず先に帰ることにした。
「バジリコさん、様子があまりよろしくないみたいだし、僕たちは先に帰ります」
「ああ、気を付けて。お嬢さんによろしくな」
バジリコはワームウッドの判断に、分かりやすく安堵した様子で返す。
やはりあまり状況が思わしくないのだろう。
特に荷物は無いので、そのまま岩盤の裂け目に降りてきた階段を目指し、歩き出すサトル達三人。
不意に足元が揺れる感覚があり、三人はよろめいた。
「走れ!」
そう叫んだのは誰だったか、揺れが激しくなる中、三人だけでなくバジリコたちも一斉に走り出す激しい足音がした。
しかしそれもぐらつく地面のせいですぐに止まる。
地震というよりも、まるで水の上に浮かべた巨大な筏の上を走るような、足元が不安定な感覚にサトルは膝をつく。
とたん砂利の地面が溶けるように沈み込んだ。
「うわ!」
「クソ!」
「っ!」
「何だよこれ!」
上がる悲鳴にサトルが何とか背後を振り返ると、バジリコを含む革鎧の男女もまた、サトルと同じような状況になっていた。
この感覚は間違いないとサトルは確信する。
「ダンジョンの崩落だ!」




