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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトル焦る」
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6・悩みは人の内より出でる物

 新しい妖精たちを見つけたことで、キンちゃんタイプが五匹、ギンちゃんタイプが三匹、計八匹となった。

 総数が何匹なのかはわからないが、一日一匹弱と考えたら、なかなか順調なのではないかと思えた。


 しかし逆に考えると、一日一匹も見つけられない状態で、百匹を超えると考えられる妖精全てを探すとなると、やはり半年はこの世界に残る事を覚悟しなくてはいけないだろう。


 サトルはそう考えうつむくと、頭を抱えるように身を折って、大きくため息を吐く。

 どうしても元の世界の事を考えてしまうと、憂鬱になる。

 もう仕事の事はいい、せめて向こうにいる友人や「彼女」達に、自分が元気でいることを知らせることが出来ないだろうかと考える。


 サトルは少なくとも一週間以上無断欠勤するような人間ではないと評価されているはず。

 そうなるとすでに行方不明者として届けられ、社長はもちろん、祖父母や「彼女」にも行方不明の知らせは届いているだろう。


 そうなるときっと彼らは皆サトルのことを心配し、気を揉んでいるはずだ。もしかしたら社長辺りは泣いてしまっているかもしれない。

 それに「彼女」自分の結婚式の直後の悲報だ。きっと何かしら悩み心を痛めるかもしれない。


 むしろ何も思われなかったらサトルが辛すぎるので、そうあってほしいのだけど、そうあったら「彼女」を苦しめることになるのでそうあってほしくない。


 矛盾する内容に頭を抱えサトルはのたうち回りたい気分だった。


 場所はリビング。今はサトル一人と妖精たちのみ。

 キンちゃんとニコちゃんもサトルのことを心配してきてくれていた。


 一人きり妖精に囲まれて妙に光っているサトルに、ワームウッドが声をかける。


「不審者みたい」


「不審者で悪かったな。それで、わざわざ何の用だよ?」


「魔法の練習しない?」


 思いもかけない誘いに驚き顔をあげると、ワームウッドが「ほらね」とヒースに笑いかける。


「サトルは魔法って言葉が好きでしょ」


 実際サトルは魔法の練習と聞いて、心ときめいたのは確かだ。


 いっそ時間があるから悩んでしまうのかもしれないと、だったらワームウッドの言う魔法の練習に付き合った方がいいだろうとサトルは立ち上がる。


 サトルに群がっていた妖精たちが飛び上がり、フォンフォンキュムキュムモーモーとちょっとせわしない。


「練習って、何処で?」


「裏の方あの崖の下に、岩盤だけがむき出しになってる場所があってね、そこがちょうどいいんだ」



 ワームウッドは家の裏手と言っていたが、向ったのは表から出てかなり大回りし、歩道された道に出てからさらに歩いた先だった。

 ワームウッドの言う通りそこは崖になっており、石に打ち付けた鉄の杭の上にダンジョン石の足場を渡した、それなりに広い階段が付けてあった。


 崖と言っても直角ではなく、やや急斜面と言った感じか。見れば下はマンションで言うと五、六階建てほど、向こう岸にも沈下した別の岩盤が見えた。

 というよりも、ガランガルダンジョンの入り口のある岩盤だけが、他の岩盤より盛り上がっているようだった。


 下に降りてみると、そこはごつごつとした岩と砂利の谷で、陽があまり入ってこないのか、小さな草丈の雑草や苔があるばかり。

 隙間を縫って風が強く吹き抜けるのを感じた。

 この風は上に葺き上がる事もあるようで、風にあおられ風化した岩の欠片が僅かな砂となって降ってきていた。


 サトルの感覚では、下から見上げた時のスケール感のみが、グランドキャニオンに似ていた。空気は結構湿度があるので、本当にスケール感だけ。空気感はどちらかというと日本の山に似ている。

 冷たい湿度と、いつ霧が発生してもおかしくない重い空気だ。


「他にも人がいるんだな」


 周囲を見回しサトルは言う。

 見た感じだとサトルたち以外にも十数人の人間。明らかにそれと分かるバックパックを持ったり武装した冒険者や、そろいの革の鎧を着た者たちもいる。


「まあねえ。ここは町で公認している、荒事をやってもいい場所だから」


 言って歩き出すワームウッド、ついて行くヒースとサトル。

 その後ろを、まだサトルを心配してついて来てくれていた、モーさん、キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃん。まだ知り合って間もないので、イッツちゃんとサンちゃんには留守番を頼んだ。


 こうしてぞろぞろ付いてくるとは思っていなかったので、サトルは少し困ったように笑い後ろ頭を掻いた。


「心配……してくれてるんだよなあ。ありがとう」


 呟くサトルに、妖精たちはフォンフォンキュムキュムモーモーと、嬉し気に答えた。


 しばらく歩いても人の姿が途絶える事は無い。

 この岩盤の裂け目は上の町を半周していて、一番奥まったところはダンジョン入り口付近を流れる川に繋がっているという。


 そしてこの下にはダンジョンの空間が広がっているので、竜は絶対に近づかない。

 だからこそ多少派手な魔法の練習をしても問題はないし、場合によっては模擬戦のようなことをしている者達もいるという。


 危険はないのかと聞くサトルに、ワームウッドは音を聞いていれば分かると答える。

 確かに岩盤の裂け目の奥へ行けば行くほど、人が少なくなり、騒がしい爆音などはしなくなった。


 ちらほらといた人の姿も無くなるほど進んだところで、ワームウッドはちょっと行き過ぎたかなと踵を返した。


「どうしたの師匠?」


 ヒースが不思議そうに問うと、ワームウッドは少しばかり困った様子で耳を立てながら答える。


「この辺りだったと思うんだよね。危険だから近付くなって注意喚起されていたところ」


「危険?」


 それはモンスターが出るという事だろうか。


「だったらすぐに引き返そう。キンちゃんたちがいる状態だと、嫌な予感が現実になることが多い」


 確かにねとワームウッドは苦笑する。


「ワームウッド、ヒース、久々じゃないか、どうした?」


 引き返そうと振り返った先に、赤いトラ柄の猫耳を持った男がいた。

 男はワームウッドとヒースを見つけると、満面の笑顔を浮かべ手を振った。


 年の頃は四十はす過ぎ、五十に届いているか分からないくらい。あまり大柄ではないが、力仕事をしてきた人間特有の、太く逞しい体つきをしていた。

 その人懐っこく見える笑顔が誰かに似ている気がして、サトルはおやと首を傾げた。


「バジリコさん!」


 ヒースの目が喜びに大きく見開かれる。尻尾を立ててバジリコと呼んだ男へと駆け寄ると、手をあげてハイタッチを交わした。


「相変わらず元気だなあ。しばらく見ないうちに身長伸びたな?」


「へへー、まあねえ」


 まるで親戚のおじさんとの会話だと、サトルは微笑ましくなる。

 ワームウッドもバジリコには好意的なようで、小走りに駆け寄ると、はたはたと尾を振り挨拶をする。


「おはようございます。時間があるのでヒースの練習に付き合って。ああ、こちらはサトル。ルーの助手です」


「初めまして」


 ワームウッドの紹介に合わせサトルは軽く手をあげた。

 ルーの名を聞くとバジリコは尾を立て、サトルの傍へと歩み寄る。


「お嬢さんのか。あの子はとてもいい子だ、良かったらしっかり助けてやってくれ」


 掌を思いきり叩きつけるように、サトルの肩を掴むバジリコ。

 声も口調も優しかったが、その目だけは真剣そのもので、妙な迫力があった。


 サトルは頬を引きつらせながらも、何度か頷く。


「はい、それは絶対に」


「信用しているぞ、少年」


 少年と言われ、サトルは顔面をこれでもかと歪める。


「うん?」


「サトルはオリーブ姐さんと同じ歳ですよ」


「幼いな」


 サトルの表情の理由をワームウッドに聞いて、なおその感想である。


 言葉を失うサトルに変わり、ヒースが俺が説明するねと、元気よく話す。


「サトルはこの国に来たばかりだよ。タチバナ先生と同郷なんだ」


「タチバナのか! それはいい! きっとお嬢さんも喜ぶだろう!」


 タチバナの名を聞き顔を輝かせるバジリコ。

 バシバシと肩を叩かれサトルは呻く。サトルではバジリコの力強いスキンシップに、まっすぐに立っていることが出来ない。


 足元をモーさんが支えてくれなかったら、軽くこけていたかもしれない。


「いや、しかしこれは頼りないな、大丈夫なのか? 彼は」


 ふらつくサトルを見て、バジリコは真剣な様子でワームウッドに問う。

 しかしワームウッドもバジリコに肩を叩かれてふらつく自信はなかったようで、言葉を濁し、適当に返す。


「まあ、ルーの信頼は得てるようですよ」


「そうか? それならいいのかもしれんな」


 ルーの事をやたらと気にするこのバジリコという男。一体ルーの何だというのだろうか? その疑問が顔に出ていたようで、ワームウッドはサトルの顔を見てニヤリと笑った。


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