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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトル焦る」
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5・草むら問題

 家に帰ってみると、リビングルームには不服そうな顔をしたルーが一人、サトルたちの帰りを待っていた。


その姿を見るや、ワームウッドは無言で姿をくらませたので、サトルは何か嫌な予感がした。


 ルーは帰ってきたサトルたちに何かを言おうと口を開くが、たモーさんの背中にいる妖精を見ると、とたんパクリと口を閉じた。

 まじまじとモーさんの背中を見つめるルー。

 不安げに鳴く妖精は、それぞれキンちゃんとギンちゃんによく似た二匹の妖精。


「増えました」


 サトルの短い報告に、ルーも短く問う。


「お名前は?」


「こっちのキンちゃんタイプの子の方がイッツちゃん、こっちのギンちゃんタイプの子がサンちゃんです」


「センス……」


 自動翻訳はどう伝えたのか、ルーの心底憐れむような視線を受け、サトルは目を逸らした。


「ああもう本当に、そう思うよ。センスのいい名前の付け方なんて分からないよ!」


 見つけた順番に数字に当てはめてつけているだけの名前にセンスを求められても困るのだが、だからこそ指摘されても何も言えない。

 不貞腐れるサトルに、ルーはあきれたように息を吐く。


「サトルさんっていろいろできないこと多いですよね」


「多いよ、だから他人に助けてもらうんだ」


 助けてもらうという言葉に、今度は小さく呻くルー。


「誰にだって多かれ少なかれ、苦手なことなんてあるだろ」


「はい、そうですね」


 ルーはすみませんとしおらく謝る。

 そんな素直な態度に、サトルはこの話はこれで手打ちと、話題を変える。


 気まずくて顔を合わせ辛いと思っていた、オリーブたちの姿がないことを確認し問う。


「オリーブたちは?」


「出かけました。セイボリーさんたちもですよ」


 サトルたちの会話が聞こえていたのだろう、廊下からヒースが駆け込んでくるようにして自分はいると声をあげる。


「俺はいるよ!」


 どうしてわざわざ駆け込んできたのかと思ったら、ヒースはがしっとサトルのシャツを掴んだ。


「食器洗うの手伝って」


 さすがに数が多くて大変だと言うヒースに、サトルは苦笑しながら了承する。

 食器は炊事場内ではなく、外の屋根が付いた水道を引いたスペースで洗うようになっているので、先ほどまでヒースは食器を運んでいたらしい。


 食器洗いへと向かうサトルに、ルーが少し待ってくれと声をかける。


「後でお話があるので、来てくださいますか?」


 分かったと返事を返し、サトルはヒースに引かれてリビングを後にした。


 食器洗いが終わりリビングにもどってくると、ルーはモーさんの上に乗る新しく見つけたイッツちゃんとサンちゃんを前に、とても真剣な顔をしていた。


「話って?」


「イッツちゃんとサンちゃんはどちらで見つけたんですか?」


 やっぱりそれかと、サトルは小さく息を吐く。


「家の裏の、ブドウ畑の方を散歩してたら、グラスドッグに襲われたんだ。この間ローゼルさんに召喚してもらった精霊が、俺を助けてくれたからどうにか無事だったよ」


 グラスドッグと聞いて、やっぱりとルーは顔をしかめる。

 しかしダンジョンで見せたサトルが使える精霊魔法でなら、十分撃退できるだろうと思っていたようで、取り乱したりはしなかった。

 ただ怒ってはいるようで、耳の毛を逆立て、じいっとサトルを睨みつけるルー。


「無茶しないでくださいよ。凄く心配したんですよ」


「悪い。それよりもさ、あの草むらはどうにかしないのか?」


 短い謝罪と、その後の言葉に、ルーはそうなんですよねとうなずく。


「したくても難しいんですよ。うちには碌な刃物置いてなくて。あってもあの広さです。半分も刈らない内に刃が駄目になるだろうし。なにより人手が足りな過ぎて」


 サトルの感覚で国立競技場くらいはすっぽりと収まりそうなあの広さは、ルー一人ではとてもじゃないが無理。元々の持ち主であるタチバナの師の身内ですら手を付けないという。

 幸いなのは、場所が最も古い時期に開発された場所だったので、不正使用する人間が居ないか管理さえしていれば、土地そのものには税金を取られないことだという。

 どんな税がかかるのか分からないが、これもガランガルダンジョン下町の人の流出入や三つ巴構造の結果らしい。

 物や土地よりも、人や仕事に税金がかかるという事かもしれない。


 広い土地の草をどうにかする、という点で、サトルは思い当たる行事があった。

 祖父母の住んでいた件で時々ニュースになっていた、牛の広大な放牧地を管理するためにやるという野焼きだ。


 幸いにも春先で、草むらはまだ新緑よりも冬枯れの多く残る乾いた状態。あの状態ならすぐに燃やせるとサトルは思い至る。


「……野焼き、って知ってるか?」


「ノヤキ?」


「俺の国でやってた土地の管理の方法の一つ。燃え広がらないように一部の草を刈って、残ってる草むらに火をつけるんだ。燃えた後の灰はそのまま肥料になって、新しい草が生えてくる」


 その説明に、ルーはそれならとうなずく。


「そういう話を先生に聞いたことがあります。でも……」


 どうやらタチバナも野焼きについて知っていたらしい。しかしそれを聞いたことがあると言うルーの表情は暗い。


「野焼きをするのは現実的かどうかなんだけど」


「無理ですね。野焼きは危険な行為で、ベテランの人がいても、風向き次第ですぐ怪我人や人が死ぬこともあったと聞いています」


 ルーは現実的ではないと首を振る。


「ただ、先生は、風の魔法を使えればいいんだけどなと。私では特定の範囲に吹かせる程度しかできませんし」


 具体的にどうすれば周囲への延焼を防げるか、等を考えていたというタチバナ。


「ってことは、タチバナは野焼きをやろうとしてたのか」


「はい、たぶん」


 しかしタチバナはそれを実行しなかった。つまり実行するに足る条件が揃わなかったという事だ。

 曲がりなりにも学者を名乗っていた相手が実現しえなかったのだから、知識も少ない自分では無理かと、サトルは野焼きについて諦める。


 そもそも野焼きはルーの言う通り、年中行事としてやりなれた者達でも、被害を出すことがたびたびある危険な行為だ。

 安易に真似しようと思うのが間違いだった。


 しかしあの草むらはどうにかしたい。そうないと野生のモンスターが出てきたい放題だ。

 モンスターをボールに入れて連れ歩くゲームでもあるまいにと、サトルは大きく肩を落とす。


「どうしたものか」


「地道に刈るしかないと思います!」


 そう答えたルーの目は、期待を持ってサトルを見つめる。

 瞳孔が大きく開き、キラキラとしているが、サトルはそれにほだされはしない。


「あー……期待しないでください、俺は体力なんてありません」


 サトルの返事にルーがため息を吐く。


「やっぱりできないこと多いですよねえ」


 先ほどから随分と意地悪な言葉が多いのは、きっとルーが不機嫌だからだろう。


「うるさいよ、君」


 自分が情けないというのは、サトルが一番よく理解していた。

 草むらの管理の話を振るのは、どうやらサトルの株を下げてしまうだけだったらしい。


 こんなことなら変に好奇心だけで行動しなければよかったと、サトルは地味に後悔した。


 ただ一つ、重要な収穫があったとすればそれは、妖精は必ずしもダンジョン内部にのみいるわけではない、という確証が得られたことだった。

 それはサトルにとって、活動すべき範囲がより広大になっただけという、あまりよろしくない事実でもあった。

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