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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル異世界に行く」
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10・初異世界グルメ(ガンの肉のスープと塩のクッキー)

 ルーが用意してくれたのは、ガンの肉を軽く塩に付けて干した物と、そこいらで採った香草、干したジャガイモに似た芋を潰して作った団子のような物を入れたスープだった。

 味としては古くなった加工肉を使い、セロリを大量に入れたうえで、灰汁を一切取らないまま作った、素人作のポトフに似ていた。


 ガンの干し肉はサトルの知る限りカモ肉の燻製から燻製香を差し引き、もっとワイルドにしたような強いうま味のある物だった。

 スープ自体はガン肉の強いうま味の出汁がガツンと上顎を殴るような衝撃があり、ちょっと日寝た獣臭さとわずかな黴臭さがあるものの、ネギのような香草がわずかな甘みを感じさせ、セロリのような香りの香草が匂い消しと無駄に強いアクセントになって、人の好みを左右しそうだなと思わせた。

 つまりは癖が強い。かなり癖が強い。

 日本でだったら絶対にお目にかからない味だ。

 癖の強い野菜は嫌いではないので、サトルにとっては十分美味しくいただける物だった。


「……店で出てきて金取るようなもんじゃないとは思うけど」


 ルーには聞こえないように小さく呟く。


「無理しなくても食べられるだけ上等」


 心配だった水は、なんとも便利なことに、水を作り出す魔法とが存在していた。他にも火を起こす魔法、断続的に風を吹かせる魔法などもあり、道具をあまり持たなくてもキャンプをするのに困らないという事が分かった。


 ただし、それらはダンジョンの影響を受けているこの土地以外では、補助道具を使わなければならないため、やはりこの辺り特有の事らしい。


 こうした事象からも、ダンジョンはそこに存在するだけで、何かしらのエネルギーを放出している存在だ、というのが分かっている。

 それ故に、ダンジョンのエネルギーや特異性を、人の生活、文明に役立てようと研究するダンジョン研究者が存在するらしい。


 簡単な携帯食として、ルーは塩気のあるクッキーのような物を持ってきており、それも少しだけサトルに分けた。

 とてもバサバサでガリガリで一切の水分が無く、塩気はかなり強い。小麦の匂いも強く、バターが大量に入っているのも感じた。完全なる保存食。

 ちょっとでも食に知識がある日本人相手になら、イタリアのグリッシーニを粗悪にしたような物、といえば通じるかもしれない。

 美味しいか美味しくないかで言えば、かなり美味しくない。スープで流し込むと辛うじて食べられるといった感じだ。

 乳臭い、塩気の強い、粉と油の塊だ。

 全粒粉特有の唾液と反応して発熱する感じも相まって、何かしら口に含んではいけない物を食べている気がしてくる。

 塩気の中に金属臭さを感じ、もしかしてとサトルは問う。


「これは岩塩?」


「はい、ダンジョン上部の中腹でよく採れるんです。水に溶かして外に運び出して、再結晶化させるんですが、どうしても安い塩だと不純物が多くて、苦いですよね」


 ルーは塩のクッキーを齧り苦笑する。つまりルーの使っている塩は安い塩という事。


 クッキーを齧った後、ルーはすぐスープを口に含む。口腔調味の文化があるらしい。食器は限られていたので、サトルと回し飲みをするが、ルーは全く気にしていない様子。

 旅先でもこういうことあったよなと、サトルはしみじみ思う。

 案外と普通だ、この世界。


 サトルの一人旅の記憶と重なる所が所々にある。

 やはりどこの世界でも「人間」とカテゴライズされる生物は、似たような物になるのだろうか。それとも世界を作った神様とやらは、少しずつ改変しては似たような物ばっかり作ってるのかもしれない。


「ダンジョン内で採れるってことは、この辺りは塩だけはたくさんあるんだ?」


「有ります有ります。塩と水があるので、ガランガルで食べるご飯は基本的に美味しいですよ」


 町に帰ったらお勧めしたい物もありますと、ルーは上機嫌に答える。

 美味しい物と聞くと興味がわかないわけもなく、いいねとサトルも乗り気だ。


「自炊するもよし、外で買うもよしです。サトルさんはお料理の方は?」


「一人暮らしだしね、していたよ。顔見知りと食べるのが苦手だったから、何となく家で自炊もしていたし、珍しいものが好きだからなあ……知らない土地の食い物は基本的に興味がある」


 むしろ興味がありすぎるくらいだ。

 それで何度腹を下したことか。サトルは食事が終わったら、胃腸に効く薬草もしっかり聞いておこうと心に刻む。


「ところでさ、その町で食べる料理が美味しいってわかるには、食べ物が美味しくない町を知ってることが必須条件だと俺は思うんだけど、ガランガル以外からガランガルに来たの?」


 少なくとも、味の違いというのは「比べる物」がなくては分からないはずだ。


「言葉尻だけでそんなことが分かるんですか?」


 サトルの問いに、ルーはわずかに顔をしかめる。どうやらルーにとってはあまり話したくない事だったらしい。

 サトルは少し誤魔化し気味に苦笑する。


「いや、あてずっぽう」


「詐欺師に向いていそうです」


 そのあてずっぽうにあっさり引っかかったルーは、拗ねるように唇を尖らせ、耳を後ろへと向ける。

 尻尾があれば地面を叩くように振っていただろうに、残念ながらルーには尻尾が無いことに、サトルは今更ながらに気が付いた。


「怒らせたかな? でもそんなことないよ。俺は社長からも真面目過ぎて人を騙せないって言われてるもの」


 口に出した途端、元の世界に残してきた仕事がサトルの頭を占めた。

 忘れよう忘れようと、意識して頭から追い出していたのに、今抱えている案件や、今日明日の緊急性はないができるなら急ぎたかった仕事、今後自分が穴をあけると滞るだろう仕事が頭の中を埋め尽くす。


「あー……社長に謝らなきゃなあ」


 こんな自分を拾ってくれた大恩人を思い出し、サトルの眼がしらに涙が浮かぶ。


「そりゃあ結婚式に出席だし、仕事に穴開けることはないようにしてたけど、あんまり長い間いないと、あの人の方が無理しちゃいそうだしなあ」


「世話になった人に泥かけたくないんだよちくしょう」


「ああもう、せめて後輩しっかり育てとくんだった。いやそんな余裕なかったけどさ」


「事務方のはずの俺でさえ現場梯子しなきゃいけないこともあったし、人は足りないし」


「ああもうクソ、サネさんが何とかしてくれること祈るか。あの人俺より有能だし、俺一人いないくらい……っだああ、でも社長がなあ」


 食事を中断し、頭を抱えるサトルを見てか、キンちゃんギンちゃんが心配そうにフォンフォンと鳴き交わす。


「お仕事中毒なのでは?」


 サトルには仕事中毒の自覚はない。だが人からそう言われることはよくあった。


「社長が?」


 あえてとぼければ、何を言ってるんだとルーはあきれる。


「もですけど、サトルさんも」


「まあそれはあるかな。仕事が生きがい。君もじゃない?」


 というか、其れ以外に生きがいを見つける余裕がなかったのだが、そこまでは説明する必要はないだろう。


「仕事と言っても、お金にならないので、こんな副業してるんですよ」


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