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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル異世界に行く」
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1・俺と異世界と謎の生物

 ある日のこと、コウジマチサトルは、普段飲みつけない酒をしこたま飲んで、一人暮らしの狭い部屋でベッドに倒れこんで、泥のように眠って、目が覚めたら、見知らぬ草原にいた。

 何で見知らぬと表現したかと言うと、目が、耳が、鼻が、全力でここを知らない場所だと訴えてきたからだ。


 サトルは人より自分の身の回りの情報に煩い性質だ。


 公園の緑地をまざまざと観察したことがあるだろうか? そこに生えてる草を。少なくともサトルの記憶にある植生とはかなり違った。


「これ……芝生じゃないよな。公園じゃあないとしても……シロツメクサっぽいのに黄色い花が咲いている。カタバミかオオイヌノフグリか判然としない謎の黄色と青紫の小さな花。あ、なんかシソっぽいにおいするな……でもシソ科っぽくないし……知らない植物だ」


 視界を広げるように、頭をゆっくり持ち上げる。

 二日酔いの頭痛を懸念していたが、思う様な痛みはなかった。


「何処だよここ?」


 眠る前までは初冬の物寂しくなる寒さだったはずなのに、今は春先の風邪は冷たいが日差しは暖かく、萌え始めた草木の甘い緑の匂いにあふれている。

 日差しは薄らと黄色帯びているかのように感じるくらいのぽかぽか陽気。あんなに身も心も凍えていた昨晩とは大違いだ。


「イヤほんと、大違いすぎて何が何やら」


 見知らぬ果てしない草原で目を覚ますなんて、サトルの二十六年の人生で初だ。


「あー、昔爺ちゃんに連れられて行ったな、阿蘇の草千里」


 似ているが決定的に違うことが一つ。


「でもあそこ牛とか馬とかの匂い凄かったよな」


 記憶と違って、この草原はとてもすがすがしいハーブのような匂いさえしている。


 これだけ広い緑地に獣がいないという事はないだろう。何せビルの街東京ですら緑地が有ればタヌキが生息する。家屋が有ればハクビシンやアライグマが。河川にはヌートリアだ。


 そう言えば周囲に建物は見えないなと、ぐるりと視界を巡らせると、遠くに何か壁のような物と、そこからひょこりと顔を出す尖塔が見えた。


 その壁の形にサトルは見覚えがあった。確か海外旅行に行きたいなと思ってめくっていた、病院の待合室の雑誌でだ。白けた石造りの高い壁。遠すぎて何メートルあるのかわからないが、たぶんかなり高い。野生動物では無くて、人がヒトから身を護るための物のように見える。


 もう一度よく周囲を見てみる。どうやらここは周辺よりもちょっと低い土地になっているらしい。立ち上がってみると足が沈み込むような感触がした。あまり人の通っていない場所なんだろう。


 視界の少し先、大分幅のある壁の傍、地面がくぼんだあたりに幅の広い川があるのが見えた。その川向うには、小高い丘のような場所になっており、先ほど見つけた城壁のよなものの続きが見えた。その後ろには、距離感がハッキリしないが山だ。下から深い緑から濃い灰色、そして青みを帯びた雪山に変わっていっている。


「おー……なんだこれ、ヨーロッパ?」


 太陽の位置を確かめる。位置が低い。そして黄色味を帯びている。空気の匂いは冷たく露を含んでいるように感じる。


「つまり午前中だ。ここが北半球だってことを仮定して考えて、ここから南に川、川向こうの……あの紫とか白いのは、たぶん花だ。花畑。空気が冷たいのは季節がらなのか、それとも……」


 というかそもそもここは日本国内なのだろうか。空気感も違えば、遠目に見える城壁は、まさに旅行雑誌で見たヨーロッパの風景だ。具体的言えば、白っぽい黄色味を帯びた石灰質の意思はフランス風だし、聳え立つ山脈はアルプスのよう。城壁から下る様に広がる緩やかな斜面には、写真で見たのとそっくりの紫と白の花畑。

 とてもではないが、日本だと到底思えないとサトルは頭を抱える。


「っつうかああああああああああああ、たった一晩でこんな見知らぬ場所に移動できるか? この規模の山とか花畑とか、北海道でもそうなくないか? いやあそこってあんなアルプスっぽい規模の高さの山あるか? あんなに立派に尖った雪山! そもそも中世ヨーロッパ風の建物とか、こんな観光名所になりそうなもんがあるなら、もっといろいろ広告とか見てるだろ!」


 チューハイは悪酔いして翌日の仕事に差し支えるからと、わざわざちょっと高い酒を選んだのは、自分なりの配慮だったのだが、まさかそれで酔いつぶれて数日寝入っていたのだろうか。いや、そういうわけでもあるまい。


 連休が有れば一人旅行も平気なお一人様充のサトルからすれば、こんな場所が近場にあったなら絶対に見逃さない自信があった。


 本当は他にいろいろと考えなくてはいけないことはあるのだろうが、サトルの頭は混乱し、とにかく自分の興味関心のあった知識ばかりが引き出されてくる。


「旅行、行きたかったな」


 ぱたりと手を地面に落とし、サトルはつぶやく。


 ここ最近仕事が激務続きで、どうしても趣味の一人旅行が出来ずにいた。仕事と自身を天秤にかけてくるような恋人はおらず、ずっと煩う様な思いをしていた相手はつい昨日結婚してしまったばかりだし、何よりストレスで内臓を少しやってしまっていたので、これから思う存分休暇を取るつもりだったのだ。


 混乱している状況だというのに、そればかりが頭に思い浮かんでくる。


「あー、でもこれも、旅行みたいなもんだと思えば」


 旅行のように安全も安心も保証されていないが、非現実に飛び出したという点では同じではなかろうか。

 いやしかし、それよりもここがどこかを突き止めなくては。


 三度目、ゆっくりと周囲を見渡す。

 気のせいだろうか、フォーンと甲高い音がした。例えるならばファンを回す音を高く伸ばしたような。音の出所を探って首を巡らせると、不思議なことに音が移動した。常にサトルの右後ろを陣取る様に。


「うわ、まさか後ろ? ホラーゲームじゃあるまいし」


 わずかに左を向くふりをして思い切り右に振り返る。フォーンという音の主はサトルのフェイントに付いてこられなかったようで、あっさりと姿を現した。


 サトルは振り返る寸前まで、蜂とかハチドリみたいな感じの物を想像していたのだが、実際のそれは、あえて例えるなら「子供が粘土で作った手のひらサイズの天使の像」だった。

 もっちりしていそうな雑な造形、テルテル坊主をこねくり回して羽をおざなりに付けたような感じの天使。


「な、何だこれ」


 不審な物を見てしまったときの人間の反応など、そう何パターンもある物ではない。サトルの場合は驚きと、そして若干の好奇心を持って、その粘土細工の天使に対応した。天使は思わず伸ばされたサトルの手に寄ってきた。


 浮いている。そして変わらずフォーンフォーンと音を立てている。これは羽音とかではなくて、天使自身が立てている鳴き声のような物なのだろうか。


「オ願イシマス、異世界ノ勇者ヨ、バラバラニサレテシマッタ私ヲ集メ、助テクダサイ」


「うわ喋った」


 天使が喋った、しかしその声はどこか機械音声のような、幼少期サトルがやっていたどうぶつの森でどうぶつと交流をするパシリゲームのような音声だった。というか天使自体が、同じゲーム機で出ていた、月が落ちてくる世界を助ける三日貫徹デスゲームの妖精に似ている気がする。喋っているセリフも、どことなく似ているし。


「ああそうか、これは俺の夢なんだな」


 そしてサトルの出した結論がこれだった。


 見ず知らずの場所で、見ず知らずの変な生き物に声をかけられて、しかも勇者呼ばわりをされてしまった。これが夢でなくて何だというのだ。まさか現実だと言うな馬鹿はいないはずだ。サトルは激しく首を振る。


 だいたい見ず知らず、と感じているが、そのどれもがどこことなくサトルの知っている何かに似ているのだ。夢というのは人間の認識していない記憶すらも繋ぎ合わせるというから、きっとこれらは自覚していないだけで、サトルの知識や記憶の産物なのだろう。

 だからこれは夢に違いないと、サトルは大きな声で朗らかに笑った。それはもうここ数日のストレスをすべてぶちまけるかのような盛大な高笑いだった。


 ひとしきり笑って、サトルはばたりと草原に倒れた。


「ありえねえ……あははははははははは」


 ナニコレ、ナンデコンナ雑ナ夢ミテンノ、俺?


 音に出さない自問に応える声はない。


 細部は凄く細かく作りこまれているのに、シナリオが雑なRPGのようだ。


 フルスロットルで現実逃避を始めたサトルに、突然天使がフォーン、フォーンと激しく音を立て赤く発光しだした。まるで怒っているかのようなその様子に、サトルの笑いがぴたりと止む。


「え、何だよ、お前これ、何?」


 あわてて身を起こして天使に手を伸ばせば、天使はフォンフォンと音を激しく鳴らしながらサトルの手を掴む。


「勇者ヨ、私ヲ集メ、助ケテクダサイ」


 赤くなりながら天使が必死に繰り返す。しかしこの天使顔が完全に顔文字なので、怒っても全く迫力がない。

「(・∀・)」


「いや勇者って言われても、俺はただの一会社員だよ。勇気もないし、神様が残した三角に選ばれた人間でもないし、左手だって痣も何もない普通の」


 言葉にしながら左手を見たら、あろうことか九曜紋的な丸が左手の甲に浮かび上がっていた。


「おおおおおおおおおお……まじかあ」


 これは何というか、恥ずかしい。

 恥ずかしすぎて恥ずかしいと言う事さえはばかられるほどに恥ずかしかった。

 サトルは思わず左手の甲を右掌で覆う。


 どうして九曜紋なのか、とか、左手の甲に出ちゃったのかあとか、せめて蛇の目紋ならそこまでそれっぽくなくていいかもしれなかったのにとか、日本の家紋っていわゆるミニマルデザインだしそういう厨っポイ感じは比較的薄いような気がしないでもないよなとか、色々思う所はある。思う所はあるが、こんなものが手の甲にあると、なんというかこれは本当に夢なんじゃないか言う思いと、やっぱ夢じゃないのかなあ、という諦めがガッツンガッツンぶつかり合って混乱が増し、サトルは助けを求めるように妖精を見た。


「え、これもしかして勇者の証的なあれ? 君って俺のナビゲーションしてくれる妖精みたいな存在?」


 覆い隠した左手に視線を落としながらやや呆然と問うと、天使改め妖精が、嬉しそうにフォーンと鳴いた。


 ほんのわずかな時間に、自分がこの妖精の感情を推しはかれるようになっていることにちょっと愕然とする。


「俺って自分で思ってたよりも順応力有るのかもしれないなあ」


 独り言のつもりだったのに、妖精はまた嬉しそうにフォーンと鳴いた。




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