第二章 第十六話 我武者羅の境地
「常世列島で最強の武僧たる休庵宗修の剣、その身でじっくり味わいな」
数珠切と袈裟丸の二振りの剣を構える。
そうして、剣を構えた俺に対して、小僧も何やら感じるものがあったのだろう。
今までただ単に獣の様に咆哮を上げていた小僧は、ただ黙って俺を睨みつけたまま、ピリピリとした警戒心を剥きだしにして俺を睨みつけていた。
「……どうした小僧。今までの威勢はどこに行きやがった。お前は強いんだろう?かかって来いよ、とっととよ」
俺がそう小僧に挑発を仕掛けつつ小僧に一歩歩み寄ると、小僧は叩かれた仔犬の様な怯えぶりで俺から三歩距離を取る。
だがそれでも小僧は、俺から距離を置きつつも握り締めた木刀を構えて放そうとしない。
獣の様な唸り声を上げたまま、俺を睨みつけている。
この期に及んでもなお、俺との戦いを諦めていない。
その意気は良い。
「悪いが、ここでにらめっこする様な可愛い性格してねぇんだよ!」
そんな埒の空かない真似を続けるつもりはない。
「俺の持ちうる全力を出して、テメエを潰してやるよ!!小僧!!」
俺は小僧に向けてそう言うと同時に、自分の中に眠る闘気の全てを解放する。
途端に、俺は全身から黒く金色に輝く、風とも水ともつかない感覚が纏わりつくのを感じると同時に、体の内部から力が止めどなく溢れかえる。
溢れ出した力が俺の体を内側から喰い尽くす様に暴れ出し、それを無理に抑える事はせずに体の中心に向けて一点に集中して流し込む。
一瞬、骨が割れる触覚だけが俺の額に走り、視界が赤く染まるが、それが収まると同時に一気に視野が広まり、音や匂い、触覚が急激に鋭く、鈍く、俺に必要な情報だけが俺の脳髄に直接響く。
まるで数時間にも一瞬にも感じる様な奇妙に引き伸ばされた時間感覚が過ぎると、俺の全身は黒と金とも付かない闘気に覆われ、その肌の色は金色に変化し、腕には黒い炎の様な紋様が浮かび上がっている。
恐らく小僧の目には、今三つ目をした金色の肌の異形の男が映っている事だろう。
俺の新たな姿に小僧は、警戒心と言うよりも脅威心とでも言う様な臨戦態勢を取って俺を睨みつけており、俺は喉を鳴らして小僧に言う。
「ビビったか?自分と似た姿を持つ人間に会って。小僧、教えておいてやろう。お前のその姿は、剣士の成れの果てであると同時に、目指すべき境地でもある。いわば、道を踏み間違えた剣士の姿がそれだ」
そう。闘気とは剣士を落ち武者に落としうる危ない力だ。落ち武者になる剣士は数多く、一度でも落ち武者に生まれればもたらす被害は計り知れない。それでもこの力が禁忌とされず、何故に剣士は闘気を使うかと言えば、これが原因だ。
落ち武者の力を自在に操り、自らを異形の存在へと変えたその姿を、ある者はこう語る。
武者にして、修羅の如く。
故にこの状態の姿を、我武者羅と呼ぶ。
流派によってはこの境地に辿り着くことを以て、奥義に達したとされることが多いが、実際にはこれは入り口でしかない。
そういう意味では、未だに無意識ながらもギリギリのところで落ち武者に堕ち切っていないこの小僧は、既に三流剣術の奥義に辿り着いているともいえる。
だが、これだけでは物足りねえ。
「奥義を見せてやったついでだ。残り二刀の能力も見せてやろう。テメエには、絶対に勝つ事のできない圧倒的な力量差と、絶望的な敗北と言うものを味わわせてやるよ。小僧」
握りしめていた二刀に籠められた能力が解放される。
数珠切。こいつの持つ能力は、『海千山千』。
その効果は、『闘気の増加』。
文字通りに剣士の持つ闘気を増加させる。
一時的に戦闘能力自体は強化されるが、その分暴走の危険性も高まる諸刃の剣だ。
袈裟丸。こいつの能力は『泰然自若』。
その効果は、『精神の安静』。
通常はこの剣を発動させたものは、幻覚にかかり難くなるという効果を持つ。
これは闘気によって精神の均衡を崩した剣士の心身を元に戻す効果がある。
俺は深く息を吸うと、その二刀の力を呼び起こし、その力によって再度自分の姿が変異するのを感じる。
金色に輝く肌は元の色を取り戻し、逆に腕に浮かび上がった炎の紋様が金色に輝く。
額に開いた第三の瞳が閉じて、それとは逆に今まで普段通りに見えていた視界が四分割され、同時に世界がぼやけて重なる様な見え方をする。この分割された視界は、俺が知覚することのできる四つの時間軸だ。
その時間軸には、小僧の四つの行動が映っている。
上空から跳び上がり俺に襲撃する未来。
一度左に回り込んで俺に襲い掛かる未来。
一度右に回り込んで俺に襲い掛かる未来。
そしてそのまま俺に突っ込んでくる未来。
いずれの未来でも、俺は小僧に切り捨てられている。
それもさもありなん。
剣気によって増大した俺の闘気は、今までとは質も量も、何よりも圧が違う。
闘気の変異の落差に俺自身の身体の方が耐えきれておらず、手足の先から体がボロボロになりそうな痺れを感じる。
今の小僧とまともに打ち合えば、小僧に勝つよりも先に俺の身体の方が崩れ去る。
「だからこそ面白い」
二刀を構えた俺は、獣の様に低く身構える小僧に対して、舌なめずりをしながら笑う。
ヤベェな。ますますワクワクしてくるじゃねぇんか。
俺の限界を超えた先に既にいるこの小僧を、こいつを鍛え上げたらどれだけ強くなるのか、見当もつかねえ。楽しみで楽しみで、しょうがねぇよ。
「さあ、来い!小僧!テメエには、俺の限界の先にある力ってもんを見せてヤルよ!」




