第二章 第十三話 休庵宗修、かく語りき。
もう、二十年も前の話しだ。
俺が一丈燈籠を手に入れたのは、落ち武者に堕ちた一人の男を斬ることに成功し、その男が持っていた一丈燈籠を回収したからだった。
男の名を、八武崎・源九郎・国宗。
俺が一丈燈籠を手に入れる前の、その剣の所有者であり、そして、俺の宿敵であった男だ。
俺と国宗の出会いは、三十年前に俺が国宗の家に押しかけ、因縁をつけて決闘を仕掛けた時から始まる。
剛力に物を言わせた長刀使いとして名を馳せていた国宗は、俺が僧籍に身を移す以前、当時から既に二刀流の使い手として名を馳せた俺と対等の武人として、主に日子国の東方地域である東峰に名を轟かせていた。
どこぞで何かの学者だったが、落ちぶれて農民とほぼ変わらない生活を送っていた家に生まれた俺とは違い、小大名の家の重臣の家系に生まれた国宗は、俺よりも早くから剣士としてだけでなく武将としても名声を得ていた。
当時剣士として名を上げようと、日子国の中心地域である京洛を中心に戦場を荒らしまわっていた俺は、そんな国宗と事あるごとに比較され、ついでに、俺よりも女にもてて、いいとこのお坊ちゃんに生まれて、俺よりも出世していたことにすげーイラついていたので、ちょっとぶっ殺すつもりで国宗に戦いを挑んだのだ。
まー、あいつの方も、何かある度に俺と比べられる所為で、女遊びや博打で借金をこさえる俺と同じことをしそうだとからかわれていたので、丁度どっちが上かを決めたいと思っていたらしく、俺の方から因縁を吹っかけられたのは渡りに船だったらしい。
俺に言わせれば言いがかりも甚だしいけどな。
それから七日七晩、俺と国宗の決闘は、魔術と法術までもを加えた激闘になり、決着のつかない引き分けに終わった。
国宗は美形なだけでなく、骨格からしっかりとしており、背も高く引き締まった体格をしていた為に、長刀だけでなく剣術全般との相性が高く、その姿に違わず、膂力と速度に優れ、道場によって洗練された剣術を尽くして戦う正統派の戦法を使っていた。
一方の俺は、我流で剣を鍛えるしかなかったこともあり、実戦重視の剣術を中心に、空手、柔術、忍術、拳法、功夫を学び、呼吸による身体強化法や、合気や気功までもを駆使する邪道な戦法を使っていた。
使う魔術も法術も、炎と雷に特化して、帝釈天の加護を得た戦闘に特化した国宗に対して、戦闘だけでなく、回復や強化支援の方法も修め、神から空陀から目につく奴からは片っ端から加護を得ていた俺は、国宗ととことん相性が悪く、八日目に疲労と流血のし過ぎで二人とも気絶する結果になった。
そして、この事件をきっかけに、俺と国宗の名は同時に天下に轟くようになり、俺は国宗の赴く全ての戦場に駆り出され、幾度となくぶつかり合った。
若き剣豪にして、東方の軍神と呼ばれた国宗とまともに戦えるのは俺以外には存在せず、俺たちは、「今日こそは殺してやる」「やれるものならやってみろ」戦場で見かけるたびに、互いにそう罵り合って、何度剣を交わした事だろう。
そうして、俺と国宗は戦場で戦う度に互いに名を高め合っていたのだが、剣士としての力量はともかく、武術指南役や、武将としての才能の無かった俺は、その内に俺の強さについていける部下や仲間がいなくなり、次第に孤立して傭兵家業を引退することになった。
その後、僧籍に身を置いた俺は、休庵宗修と名を変えて、各地を放浪していた。
剛僧として適当に魔物や不死者を討伐しつつ、辛うじてその日の糊口を凌いでた俺は、時に盗賊どもを壊滅させ、時にムカつく大名を討滅しつつ、別に目的も無く、剣や武術の腕前だけを上げていた。
一方の国宗も、俺の出ない戦場に出向けば、それだけで敵軍は降伏するしかなくなったために、次第に戦場に出ることも無くなり、剣士としてはともかく、武将としては半分隠居同然の身になっていた。
そんな或る日、国宗は主君の息子に謀反の冤罪によって処刑されることになった。
何でも、主君の死後に後を継いだ息子は、前から剣豪としても武将としても名を馳せる国宗のことが気に食わず、ついでに国宗が妻にした女に前から惚れていたこともあって、国宗を冤罪で殺して、国宗の妻と奴の持っていた全財産を奪い、奴の名誉を失墜させようとした。
だが、そんな主君の息子の陰謀を知った国宗の妻は自決し、全てを知った国宗は絶望して禁忌に手を出した。
『起死回生』
それは、不死斬りにして不死産みたる一丈燈籠の持つ権能。
生命力を啜り不死者を斬ることのできる一丈燈籠は、普段ならば不死者を浄化することのできる聖剣として機能する。
だが、この剣で自殺した人間は、一丈燈籠に全ての生命力を奪われることで不死者へとその身を変え、不死者や死霊を駆使する冥府のバケモノとして、各地に天災を引き起こすのだった。
特に、闘気に優れた武人は落ち武者として覚醒し、生前に誇った武術や異能のみならず、不死者として身を落としたことで手に入れた能力を使い戦う事の出来る、強力な戦士となる。
いわば、進化する不死者となり、生前以上の力量と技量を誇る武人として、ある意味で生まれ変わる事の出来るその禁じられた手段は、一丈燈籠の持つ神懸かり的な能力と共に広く知られていたが、その力は一種の御伽話として伝えられるだけの単なる伝説でしか無かった。
それは一重に、一丈燈籠をそもそも使いこなせるだけの器を持つ剣士がいなかった事に由来していた。
そもそも一丈燈籠は、並みの剣士であれば使いこなす以前に、その剣を使うだけで命すら無くなる魔剣であり、一丈燈籠に命を奪われた剣士が、不死者に落ちることなど無かった為、その噂はあくまでも一丈燈籠に恐れをなした何者かが、怯えて流しただけの噂だと、そう硬く信じられていた。
そんな中、国宗は落武者になった。
落ち武者になった国宗の強さや、その災厄ぶりは凄まじく、国宗の流した血の一滴が屍霊を生み出し、国宗の影からは常に魔霊が生まれていた。
僅か十日で東嶺十州は滅亡し、そんな落ち武者国宗に対抗するべく、複数の国を治める大大名どもは連合して討伐軍を興して国宗に挑んだが、歩くだけで草木も枯れ果て大地を毒の荒野へと変える、その圧倒的な力を持つ国宗を相手にして、その軍勢は悉くが全滅した。
かつて日子国のみならず、常世列島を滅亡寸前まで追い詰めた三大落ち武者。
東方随一の薙刀の使い手にして魔女と名高い、女宿御前。
真槍の異名をとる槍使いである、福原・道雅。
剣豪将軍と畏れられた、日吉・武門。
国宗は、そんな災害とえも言えるほどの三人を超えると称されていたが、それもさもありなんと言ったところだ。
そんな国宗に対抗することができたのは、俺だけだった。
久しぶりに会う国宗の姿は、最早以前の美丈夫の姿を失っていた。
腰からは章魚や烏賊を思わせる四本の触手を生やし、背中からは掌に目の着いた左手と口の着いた右手が翼の様に生えていた。
顔には額には赤く輝く一つ目、両目の上にさらに生えた両目は白く濁っていた。
口元には下顎から上を向くように二本の牙が伸び、全身には浮き出る血管の様な黒い痣が浮かんで、肌は青黒く変色していた。
変わり果てた国宗の姿の中で、ただ一つ変わらなかったのは、一丈燈籠を握るその構えだけだった。
「…………どこまで言ってもテメエは剣士なんだな。その性が、今は悲しいな」
国宗を見てそう呟いた俺の言葉が、聞こえていたのかいなかったのか。
その言葉を合図に、俺と国宗の戦いが始まり、そして終わった。
決着は一瞬だった。
かつて寸分たがわぬ構えから繰り出される剣戟を数珠切の一刀でいなした俺は、国宗の懐に入るなり逆刃で抜いた袈裟丸でその胸元を逆袈裟斬りに居合いで切り裂いた。
戦場から離れて只の不死者に墜ちた国宗と、不死者を相手に実戦を積み重ねた俺とでは、土台相手になるはずも無かった。
勝負は一瞬だった。決着も一瞬だった。万に一つも、俺がアイツに負ける要素は何も無かった。
だがそれでも、俺はあいつ以上に強い落ち武者にも、あいつ以上に恐ろしい不死者にも、そして何よりも。
あいつ以上に凄まじい剣士にも、それ以降に出会ったことはない。
そして恐らく、金輪際会うことも無いだろう。と、そう心の底では信じていた。
だが今、俺は二十年の時を経て、その最強の落ち武者をはるかに超えるバケモノと相対することになった。




