第二章 第八話 史上最強のジジイ、蹂躙。
腰元に携えていた二刀を抜いたジジイは、そのまま俺から二、三歩ほど離れると、右手にしていた刀を無造作に振るい、地面に溝を斬り込むように俺との間に一本だけ線を引いた。
「おい、小僧。命が惜しければこの線から先には一歩も前に出るな。そこの魔獣どもにも言っておけ。良いな?」
そう言うとジジイは、目の前で起こった事態に茫然とする俺を見ながら不敵な笑みを浮かべ、
「テメエの方こそ、余裕こきすぎだろクソ坊主うううううううう」
「死ねええええ!!!」
そんな休庵のジジイに俺の両親は背後からいきなり襲い掛かった。
「アホンダラ、気づかんわけねえだろ。そんな不意打ち」
しかしジジイは、まるで背中に眼でもついているのかの様にあっさりとそんな二人からの攻撃をかわすと、それぞれの鳩尾に刀の柄頭で一撃を入れてその場に膝まづかせた。
そうして後ろを見ることもなくあっさりと二人の不意打ちを防いだジジイは、呆れたように首を振りながらゆっくりと後ろを振り返った。
「おうどうしたよ?一族の奥義を使って半鬼と半龍の姿に変えて、クソ坊主から一撃食らっただけで膝を付くのか?……随分とまあ、ご立派な奥義じゃねえか」
明らかに挑発でしかないジジイの言葉であったが、二人は煽られるまま休庵のジジイに向けて怒りの形相で睨み上げた。
「上等だ……。龍族の本気ってやつを見せてやるよおおおおおおおおお!!!!」
「鬼族の全力ってやつを、舐めるのも大概にしなさいよ………」
そうして二人は腹を押さえながら素早く休庵のジジイから距離を取ると、お袋は不意に親指の腹を噛み切りその血を空中にまき散らして幾つもの炎へと姿を変えた。と、思うと、その炎は勾玉の形になって瞬く間に円陣を組み、数珠の様な首飾りとなってお袋の首にまとわりついた。
一方、親父は両手を叩いてそこに電撃を巻き起こすと、その電光は太く輝きながら弥生時代の銅剣の様な直剣へと姿を変える。
そうして、お袋の勾玉はそのままお袋の体に炎を纏わせ、巨体の鬼となったお袋には紅蓮の炎が絡みつき、電光の剣を握った親父は、半龍の姿に雷光を迸らせた。
休庵のジジイはそんな二人を前にして、くく。と喉を鳴らして笑うと、そうでなくてはな。と呟きながら刀を八相の型に構えなおして唐突に改まった口調で口を開いた。
「右の刀は聖剣『袈裟丸』。二尺五寸の刀身に、輝く刃紋は湾たれ刃なり。左の刀は妖刀『数珠切』。乱れ丁字の浮かびしは、二尺三寸五分の刃よ。共に天下に名高い二本の名刀。その切れ味を御覧じろ、だ」
「……何によそれ?何かの絵巻の物真似でもしてるの?」
「これだから女は夢が無くて困るねえ。口上を述べて戦に臨むのは、武士の習いで剣士の誉れ、己の剣に対する誇りというものだ。男の子というものは、戦う前には格好をつけるものだろう?」
お袋からの侮蔑の混じりの疑問に対して、休庵のジジイは手にした刀を煌めかせながらやれやれと肩を竦め、そんなジジイに対してお袋と親父は荒い鼻息を一つだけ鳴らして、炎と雷を全身に纏いながら同時にジジイに飛び掛かって行った。
そうして、休庵のジジイ……休庵宗修と俺の両親、青柳の大蛇丸と炎髪鬼の紅葉との戦いが、……否。
休庵宗修による一方的な蹂躙が始まった。
※※※※※※
察するに、お袋が使った炎の勾玉の効果は、お袋自身の身体能力を底上げして、更にはより強力にかつ精密に炎を操るための魔術か法術なのだろう。
同じように親父が今振るっている直剣も、効果自体は似たようなものなのだろう。
ただ違うのは、雷を操れる効果範囲がお袋よりも狭く、代わりに雷そのものを武器に変換して扱えることであろうか。
そうして、似て非なる効果を持つ異能を操る二人は、実にバランスのいい戦闘の相棒のように見えた。
元々あまり好き合っている仲ではないせいか、チームワークの様なものは感じられない。ただ、二人とも長年のいがみ合いから、何処をどう動けば次に相手がどう動くかという事が経験的にわかるのだろう。
親父は近距離と物理的な攻撃に長け、お袋は魔術と遠距離の攻撃に優れることでお互いの欠点をリカバリーしあっており、親父が剣戟を振るい敵の注意を引き付ければ、お袋は魔術や法術による遠距離攻撃で相手を牽制する。
さらには互いに回復の術の心得や、回復の力自体を持ち合わせているようで、攻撃を受けるたびに自分の力で回復して、何事もないように戦闘を継続できる。
俺は今まで見る機会が無かったが、おそらくはこんな戦い方で二人は今までの戦いを切り抜けてきたのだろう。
なるほどな。物理に強く、魔法に強く、遠距離にも近距離にも対応した攻撃を繰り出す二人組。そりゃあ、これは手ごわいわ。
そんな二人を同時に相手取りながら、休庵のジジイはただひたすらに圧倒していた。
ジジイからの攻撃に対して、お袋と親父はなす術も無く、ただただいいように甚振られて弄ばれているばかりであり、ジジイにかすり傷一つつけることさえできなかった。
剣を振るえば必ず鮮血が舞い、お袋に纏わる勾玉はあっさりと剥ぎ取られ、親父の直剣はいとも容易く叩き折られた。
お袋の炎も、親父の雷も、その悉くがジジイの目の前で切り刻まれ、ジジイの剣戟を防ごうと防壁を出したり、体を硬化するたびに、ジジイの剣は剃刀が紙切れを切るように簡単に斬り裂いた。
ジジイから受けたダメージはその都度二人とも回復しているようであったが、その回復速度を上回る速度でジジイが攻撃しているせいで、全く回復しているそぶりが見えない。
攻撃は効かず、防御では防げず、回避もできず、回復さえも無意味に終わる。
圧倒的だった。
一方的だった。
それほどに、休庵宗修は強かった。
俺の眼の前で繰り広げられている戦いは、とても人の成しえるものではないと思うのだが、そんなことを今こうしてぼんやりと思えるのは、この戦いの中でも時折俺に向かって飛んでくる魔術の流れ弾や瓦礫なんかをジジイが切り砕いているからだ。
今まで俺をさんざん痛めつけていた、そして天下の凶賊として名を馳せた恐るべきバケモノである俺の両親を二人同時に相手にしてなお、俺を庇う余裕を見せつけるその姿は、まさしく最強の二文字である。
だが。
ひたすらにやられるばかりの二人であったが、流石にそんな状況が続くことを良しとするほど、伊達に山賊まがいのことをしていた連中じゃない。
「舐、める…………な、めるなよ!!…………舐めるなよ!!キサマああああああ!!!」
全身が血だらけになり、半龍の身体から鱗の殆どを削ぎ落された親父の咆哮と共に、再び親父の姿は変わり出し始めた。
すると、半龍の姿であった親父の姿が急に膨れ上がり、今まで人型の姿を残していた手足は途端に巨大な爪を持った竜の手足に変わり、顔は凶暴な爬虫類型の顔面に変化した。
そして胴体は巨大に長大に伸びていき、やがて巨大な大蛇に似た身体を持った一頭の竜が俺たちの目の前に現出して、宙に浮き休庵のジジイを睨みつけていた。
そんな巨大な竜の姿を見た休庵のジジイは、ふふん。と満足そうに微笑んだ。
「おうおう、見事なもんだなあこりゃ。龍族の天化。自らを竜と同じ姿に変え、獣の力と魔物の力を持ちながら、人身の技を振るう奥義にして禁術。使える者はそれだけで龍将の位に列せられると言われているが、こうも見事に姿形を竜に変えられるとはな。仮にも大蛇と名乗るだけはある」
右肩に刀を担ぎ上げながら上空を見上げたジジイの言葉は、まるで花見か月見でもしているかの様にのんびりしたものであった。
「何を、よそ見してんのよッ!こっちだってまだ終わってないわ!!」
『……ふん。気色悪いが、今だけはてめえに賛同してやるよ、鬼の女ああああ……』
そんなジジイを前にして、奥の手を使い果たしたらしいお袋が半鬼の姿から元の鬼の角が生えた女性の姿に戻り、親父が龍の姿のまま雷鳴の様な声を天空に轟かした。
だが、休庵のジジイはそんな二人に対して、ただ軽く剣の鋒を向けると、薄く笑みを浮かべただけだった。
「もうお互いに御託は結構だろう。龍族の奥の手を出したんだ。これ以上は何かを語る必要はねえさ。いいからとっととかかって来いよ」




