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史上最強の龍鬼仙人-花咲・酒丸の異世界転生珍道中ー  作者: 九蓮 開花
第二章 酒丸の剣 超絶仕事人・休庵宗修篇
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第二章 第三話 史上最強のジジイ、襲来……?


「いやー、しかし悪いな。命を救ってもらうわ、大万金おおばんきん分の飯も奢ってもらうわ。さっきから世話になりっぱなしだな。……はてさて、これからどうしたものかな」


 ん?

 難しそうにため息をつきながら呟いた休庵和尚の言葉に聞きなれない単語があったのを耳にして、俺はふと興味本位で質問した。


「大万金ってなんだよ?」


 休庵の和尚は俺の言葉に鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をして黙り込むと、俺を見た。


「大万金ってのはあれだよ。金貨の事だよ。金貨を使っていれば、よく言うだろ。一毫金いちごうきん千万金せんばんきん一絲金いっしきん大万金おおばんきん一忽金いっこつきん小万金こばんきんって」


「いや、聞いたことない。てか、かね自体そもそもあんま使った事ねーし、そんな風に言うのを初めて知った」


 へー。と、俺は思わず間抜けな溜息をつきながら生返事した。

 そんな別名があるのは意外だったが、正直に言えばその別名自体は割りと好きだな。何だか、小金持ちになった気がして、悪くない。

 俺は間抜けな声を上げてそんなことを考えていると、そんな俺の態度を見て休庵の和尚が不意に真面目な顔になった。


「……おい、小僧。話は変わるが、お前、この国の金についてどれくらいの事を知っている?いや、金だけじゃねえ、お前はこの常世列島についてどれくらい知っているんだ?」


 いきなり真面目な顔をし出した和尚の様子に面食らいながらも俺は、今までの人生で培った知識を話せるだけ話した。

 



 ★☆★☆★☆★☆





「なるほどな……。………小僧。するってえとつまり、お前は毎日狩りに出かけては、ついでに薪割りもして金を稼いでる訳だな?」


 俺は生まれてから今までの事を洗いざらい和尚に話すと、和尚は深く重々しく頷いた。

 いや、しかしこうしてまとめると、凄く簡単な人生だな。生まれてこの方、狩りと薪割り位でしか生活をしていないってのも。


「そして狩った獲物は大方が魔獣で、その代金は大万金三枚前後。薪割りで稼ぐ代金は一日に五百本の薪を作って大体小万金十枚。これで間違いないな?」

 

 和尚の念を押すような言葉に俺は軽く頷くと、俺の返事を聞いた休庵の和尚は腕を組んで難しい顔をして黙り込み、やがて空を見上げてぽつりと呟いた。


「…………どういう事だ?聞いてた話と大分違うぞ?」


 そう言うと、休庵の和尚は不意に居住まいを直して俺に向き直った。


「これはあれだな。先に言っていた方が良いだろうから、言っておこう。小僧、お前それ騙されているぞ。ついでに言うと、俺も騙されていた」


 突然の和尚の言葉に、俺は思わず首をかしげてしまう。


「はあ?」


「そうだな、話しは逸れるが小僧。お前は魔獣の毛皮の相場ってのがどの程度か知っているか?」


「いや?知らねえ。ただ、卸売りの店主は、そもそも魔獣の毛皮は余り欲しがられねえから、そんなに高い値段は付けられないって言っていたな。本来なら金貨をやるのも惜しいって言っていたぜ?」


 最初は銀貨で払おうとしていたんだが、一応、毛皮は金貨で取引されることを知っていたからそのことを指摘したら忌々し気に舌打ちしていたな。


 だが。そんな俺の回想とは裏腹に、俺の言葉を聞いた和尚はまるで何かに怒る様に舌打ちをした。


「……そこまでやってたかよ。あのクソたぬき。いいか、よく聞け小僧。

 基本的には大万金十五枚だ。これには、加工や流通などのもろもろの費用が掛かっているため、それを差し引くと、およそ半分の大万金七枚が商品そのもの値段になる。つまり、お前の話しが本当ならば、最低でもお前は常に大万金、……一絲金いっしきん七枚を貰わなければ商売にならんはずだ。だが、お前はさらにその半分の代金しか支払われていない」


「はあ?……はあ」


 突然に和尚が話し始めた内容に、俺は間抜けな声を上げて首を傾げた。

 正直言って何を言っているのか理解できなかった。いや、言葉の意味は分かるし、言っていることそのものの文章も理解できるんだが、ただその内容を受け入れるのに時間がかかる。

 だが、和尚はそんな俺に構わずに話を続ける。


「更に言えば、本来薪ってものは貴重なものだ。林業ってのは、魔獣の多い山や森の中で無いと行えないからな。薪を多くとれる奴ってのはその分、魔獣に対して何かしらの対抗策を持っている奴だけであり、それは大概が一子相伝の秘密にされるものだ。

 だから、その分薪ってのは高くて、百本で一毫金二枚分の金になる。一忽金なら三十二枚だ。その五倍なら百六十枚。だが、お前は薪五百本で一忽金十枚しかもらっちゃいねえ。本来なら、一忽金百五十枚分の金額を丸々かすめ取られてやがるのさ」


 そこまで聞いて俺の頭は漸く起動する。


「ちょっと待てよ……。俺は、俺は!一度もそんなことを聞いてないよ!!」


「そういうことは、誰から教わったんだ?お前の母ちゃん、父ちゃんが教えてくれたのか?」


 その言葉に俺の脳が再停止した。


 確かに金についての基本的な知識は本で読んで手に入れた。だが、実際に貨幣がどれくらいかの価値を教わったのは、俺が毛皮を卸問屋に持っていくようになってからだ。


 俺は全身から血の気と力が引くような思いをしながら、急に乾き始めた喉の奥から絞り出す様に声を出した。


「……いや、あの毛皮の卸問屋に聞いた」


「それだな。あのヤニ下がった古だぬき。お前が何も知らないガキだから、適当に嘘を吹き込んでお前の分け前をピンハネしてやがったのさ。本来なら、大万金三枚なんて額では猟師って仕事はできない。薪割りなんて仕事はできない。それでは生活できない。山の中で生きる為の装備を整えるのには、それほどの金が無ければいけないんだよ」


 余りの言葉に頭を殴られた様な衝撃を受ける。

 正直、和尚の言葉が理解できなかった。いや、理解したくなかった。


 何だよそれ。それって、つまり、つまりは。




 それってつまり、俺が今まで努力してきたことが無駄だってことだろう?




 余りの衝撃で指先から体が震えはじめたが、そんな俺の耳に更に衝撃の一言が飛び込んできた。


「これが、お前につかれていた第一の嘘だ」


 その言葉に、俺は和尚の顔を勢い良く見据えた。


「第一の、ってどういうことだよ。それだと‼まだ俺が騙されているみたいじゃないか!」


 俺の叫びに似た声を聴いた和尚は、少しだけ哀しそうに眼を細めながらも、ああ。と言った。


「第二の嘘は、お前が手にしている金貨の中に、大万金は含まれていない。さっき言った様にお前の取り分は本当なら、ざっと大万金二百枚分が妥当だが、お前が手にしている金貨は全て、小万金だ。そして、お前が小万金だと思っている金は、贋金ニセガネだ。お前の手にした貯金の中には、大万金は入っていない」


「は?」


「大万金という通称に惑わされがちだが、大万金というのは純度の高い金貨のことだ。つまりは、形が大きいんじゃなくて、価値が大きいのが大万金だ。

 金貨の価値は、金貨の大きさで決まるんじゃない。金貨の純度だ。大きくするだけなら他の金属を混ぜればいいからな。むしろ純度の低い金貨は、金そのものが少なく価値が低い為に他の金属を混ぜて大きくして、ゼニの価値を底上げしているんだ。だから、大きい形をした金貨ほど、価値は低い。お前の手にしている金には、何一つ大万金は存在しない。…………恐らくだが、お前が本来稼いでいる金は全額合せて、大万金三百枚はくだらないだろうが、実際には大万金十枚分しか貰えていないんだよ」


 和尚にそう言われた俺は、知らず知らずの内にその場にへたり込むと、いつの間にか静かに涙を流して泣いていた。

 そしてそのままその場に蹲ると、ゆっくりと嗚咽を漏らし始めた。


 別に、実入りの少なさを嘆いているわけじゃない。まあ、その悔しさもあるにはあるが、それ以上に、俺自身の存在そのものをバカにされていた気がして、感情が溢れかえってしまう。

  

 俺は今まで魔術も使えず、法術も使えず、親にも頼れずに、その日の飯を食うのにも必死だった。

 誰も助けてくれない中で、命を懸けて、身体を張って、ワン太やにゃん太が居て、漸く食い扶持にありつけた有様だ。

 それでも、出来ることからコツコツ積み重ねれば、いつか報われると信じてきた。

 真面目な積み重ねはいつか必ず実を結ぶと信じていた。

 だから、毎日修行は欠かさなかったし、努力を繰り返して三歩進んでは二歩下がる様な地道な成長を繰り返していた。


 だけど、和尚の言葉はその全てをひっくり返すには十分だった。


 村に行けば意味の分からない理由で邪険にされ、

 意味の分からない理由で殴られ、

 意味の分からない理由で必死で貯めた貯金を奪われ、

 そして、意味の分からない理由で殺されかける。


 それでも必死にコつコツと真面目に、慎ましく暮らしていたのに。

 そしたら今度は、今まで騙されてました?


 ふざけんなよ。なんで俺はそこまでされなきゃいけないんだよ。

 

 なんでだよ。俺が何したよ。


 確かに俺は調子に乗ったガキだっただろう。見ていて腹の立つこともあったのだろう。

 ウザいと思う事もあっただろうし、殺意の湧くことだってあったのだろう。


 それでも、俺はあいつらに何もしてないんだよ。


 別に、悪いことは何一つとしてしてないんだよ。


 俺と話すのが嫌なら無視すればいいだろう?俺と逢うのが嫌なら無視すればいいだろう?


 遠巻きに眺めて睨めつけていればいいだけだろう?

 殺人鬼のガキだと笑っていればいいだろう?


 後はもう、何もせずに放っておけよ。何でそれができないんだよ。何でそれをしてくれないんだよ。暫く放っておけば、勝手に消えるからよ。それまで待てばいいだろう?


 何でそんなこともしてくれないんだよ。


 どうやら神様は相当に俺が憎いらしい。


 前からそれは知っていたが、それをまざまざと思い知らされたようだった。


 悔しかったが、そんな声は喉の奥で蟠って、くぐもった呻き声になって零れ落ちるだけだった。

 こんなときにも大声で泣けない自分が情けない。涙と呻きは出るのに、啜り泣くしかできない。

 そんな俺を見て和尚は暫く黙りこんでいたが、厳しく睨むような顔つきになっておもむろに話し出した。



「そして、小僧。お前が騙されている最後の事はな。……俺の存在だ」


「……なンッ……ッだよ!、まッだ…ッ!あんの………かよ!」



 和尚は、泣き声の混じる俺の声に静かに頷いた。







「俺はお前を殺すために来たんだよ」






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