第二章 第一話 その坊主、豪放につき。
俺が休庵宗修という僧侶に出会ったのは、五歳の誕生日を迎えて一カ月が経った頃のことだった。
五歳の誕生日を迎えたあの日、ククノチという女神からの啓示というか、単なる警告という、ともかく、あの不可思議な夢を見て降の俺の生活は大きく変わった。
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まずは一つ目の変化は、新たなペットとしてリュー太が加わったこと。
当初は単なる観賞用のペットして飼って、暫くしたらどっか適当な場所に売ろうとしたリュー太だったが、案外こいつもきちんと狩りに使える魔獣だった。
とはいえ、ワン太の様に直接獲物を追いつめるタイプの狩りはこいつにはできなかった。
どうも種族的な特性なのか、個体差なのかは不明だが、敵や獲物を見つけるのは早いが、ワン太のように隠れて獲物に近づく、獲物を誘導すると言った狩猟犬の様な仕事や、魔術によって過ごしやすい状態を作るといったニャン太の様な事はリュー太には出来なかった。
一応、電撃能力を応用して敵や獲物を仕留めることはできるのだが、その代わりに電撃の使用には魔力と体力相当に使うらしく、一度使用すると暫くの間は強制的に休眠状態に入り、身動きが取れなくなってしまうようだった。
暗殺で一撃、そうでなければこちらが死亡という、一撃にすべてをかけるタイプの戦法なので、使いどころには気を遣う。
その代わりに、リュー太は索敵能力に優れていて、基本的に狩猟そのものよりも獲物の発見の方でよく働いてくれている。
索敵ならばリュー太だけでなく、ニャン太もワン太もできるのだが、リュー太の場合は格が違った。
リュー太は五感を始めとする感覚器そのものが優れているらしく、匂いだけなく音や視覚にも敏感で、さらには魔術的なものまでも駆使して体中から静電気を発生させることがあるのだが、この時の索敵能力はもはや予知能力レベルだ。
獲物や外敵の位置だけでなく、隠れて陥没化した地面や、一時間後に降ってくる雨すらも俺たちに教えてくれる。つっても俺に直接教えてくれるわけじゃなくて、ニャン太の背中に隠れながら何事かを囁き、それをニャン太が面倒くさそうに教えてくれるって感じだな。
まあ、教えてくれるって言っても、一言二言俺に向かって鳴いて、あとは適当にふらっと俺をどこかに道案内する感じなだけなんだが。というかリュー太よ、その態度は何なんだ?一応俺はお前はの飼い主だろうが。まさか俺の親父が龍族らしいから、同族嫌悪か?
リュー太の敵対心はさておき、リュー太の能力だが、索敵だけでなく補佐能力全般に優れたニャン太とは違い、電撃系魔術が得意という特性からも、リュー太は索敵のみに特化したタイプであるらしく、今の所電撃以外の魔法を使っているところを見た事がない。
そして二つ目の変化。
「おおおお!!『斬閃』!!」
リュー太が見つけ、ニャン太が手助けし、ワン太が追い詰めた猪に向けて俺はそう怒鳴りながら、手にした木刀を縦割りに一閃した。
その瞬間、俺の持つ黒い木刀は、三日月型の形をした黒い波導となって目の前を走る猪の頭をから尻尾までを真っ二つに斬り裂き、二つの肉塊になって横に倒れた。
正直、ここまで見事に唐竹割りになると、内臓の中に入っていた便や尿まで肉にかかるから食べられる所が少なくなるんだが、まあ仕方ない。
あの日、ムカつく親イタチを殺した時に、俺の剣術はどうやら爆発的に進化したらしい。
あれ以来、『闘気』を纏った木刀はまるで真剣の様に鋭い切れ味を誇るようになり、あの親イタチを殺した遠距離攻撃もある程度は扱えるようになっていた。
あの時俺が使ってぶっ倒れた力の正体は、やはり『闘気』だった。
とは言え、ただの『闘気』では無い。
それは、相当量の『闘気』を圧縮して斬撃と共に放つことで、斬撃の性質を持った『闘気』に変換する、いわば『飛ぶ斬撃』。
つっても、今言った理屈があっているのかは知らん。とりあえず、何となくそれらしい言葉を並べたてているだけで、実際に本当にこの理屈で『斬閃』を放っているかは、甚だ疑問だ。
まあ、そういう小難しい理屈は横に置いておいて、俺はこの技を『斬閃』と名付けて使い、今までてこずっていた魔獣どもを相手にしてこの山の大将として君臨していた。
この『斬閃』、使い始めた最初こそ一発撃った瞬間に倒れたが、体が『闘気』の扱いに慣れたのか、今では日に十発程度なら撃てるようになった。
そのほかにも『闘気』を圧縮するというタメの時間がかかり連発できないという短所こそあるものの、威力は抜群で、当たれば猪程度の魔獣ならばほぼ瞬殺で真っ二つにできるようになった。
ただ、残念ながら今の所、獲物を相手にして命だけ奪って出来る限り死体には傷つけない。と言う様な加減は出来ないので、少しでも調整が効く様になる為に繰り返して使っている感じだ。
「ふふひん。今日も大猟だな。とりあえず、食うに困ることは無くなったのはいいことだ」
俺は目の前に倒れた猪の死体を見ながら、にやにや笑いを浮かべながらワン太達三匹のペットを振り返ると、嬉しそうに尻尾を振って俺の方を見るワン太と、飯時に限って俺に尻尾を振って近寄ってくるニャン太とリュー太の姿があり、俺は三匹の期待に応えるべく早速今回狩った獲物を捌きにかかる。
未だに獲物の皮を剥いだり肉を削ぎ落したりする作業は慣れないものだが、それでも最近は少しずつ手早く精確に獲物の解体を行えるようになっており、荒々しくはあるがそれなりに綺麗な解体ができるようになっている。今までは適当に拾った石を研いで何とかナイフに似た形に整えて、切れ味も悪いところで何とか仕上げていたが、今では『闘気』によってそれもカミソリ程度に上がるようになっていた。
ま、丁寧に。というレベルにまではいかないが、それでも最近は狩った獲物を解体した毛皮の質が上がっているのは確かだ。だからと言って俺が狩った獲物の価値を上げようとしないあたりに、卸売問屋のクソ豚野郎の底意地の悪さが見えるな。
つっても、今の所はついででやっている林業の方がそれなりにいい感じの収入になっているから、今はまだこの程度の問題で目くじらを立てるような状況にはなっていない。俺以外にもあのクソ商人の下で割を食っている猟師は幾らもいるんだから、切羽詰まっていない今の状況で慌てる必要はないだろう。
案外、俺が親父やお袋と別れる日も近いのかもな。
俺がそんな風に思いながら飯の用意をしていた、そんな時だった。
「ん?なんだ、お前ら?」
不意に、ワン太が何かに気づいたように険しい顔つきでその場に立ち上がり、それに続くようにしてニャン太とリュー太も異様にピリピリとした様子で身構えた。
気づけば、森の中の様子もまるで何かに備えるように静まり返り、風の音だけが異様に騒々しく耳に入ってくる。まるで静寂がうるさいくらいだった。
森の異常に気付いた俺は、木刀を手にして立ち上がると、そのままゆっくりと忍び足になって異常の元である静寂に近い方に足を進める。
一瞬、俺の行動にワン太達がビビったように震えたが、すぐに俺の意図に気づいたようで、足音を殺しながらも俺の前に進み出ると、今までに見たことがないくらいに静かに気配を殺して歩み始めた。
俺はそんなワン太の様子を見ながらそっと息を吐く。
どういうわけだか知らないが、森中の生き物がビビって息を潜めるくらいの何かが起こっている。もしくは、来ている。
なら、俺はその正体を確かめなきゃならない。それがなんであるのか、少なくとも、そいつが生物であるのか否かくらいについて知らなければ、そいつから逃げることさえも不可能になる。
そうして、俺はワン太に連れられて、その異変の正体の元へと辿り着くことになった
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ワン太の案内で連れられた先に転がっていたのは、一人の行き倒れた黒い着物を着た人物だった。
着ている着物は仏僧の着ている袈裟によく似ており、近くには錫杖が転がっていることから、たぶん、このおっさんはこの世界の宗教である『空教』の僧侶だろうとは思うのだが、この世界に生まれてからは一度も坊主とか見たことないからわからん。
うつぶせに倒れているせいで顔もよくわからない。とりあえず、坊主頭に刈り込んだ白髪から爺さんだというのは分るが、着物の裾から見える体つきから老人だと判断するのは難しいだろう。
何しろ、袖から覗く腕だけでも鍛え上げられた筋肉が張り付いており、それだけでこの爺さんがただモノではないという事は理解できた。
「行き倒れ……、にしちゃこんな山の中に来るには粗末過ぎる格好だな。もしかして自殺か何かか?」
その途端、俺の見ている前で、視線の先にいる爺さんから盛大な腹の音が聞こえてきた。
こうして俺は、その後の俺の全ての人生を変える人と出会うことになった。




