第二十二話 その童子、己の未来を知りたるのこと。
本当はもう少し内容を詰め込みたかったのですが、これが丁度切りのいい部分なので、一度此処で第一章の締めとさせていただきます。
次回から新章とさせていただきます。
それは、天を焦がすほどの焔。
冷たく肌身を切り裂くような空気の中で焔は燃え盛り、満月を覆い隠すような曇天から降りしきるのは、真っ白な灰だ。
あたりを見渡せば、黒炭になった人の手足が枯れ木の様にそこかしこの地面から生えている。
いや、人だけじゃない。竜も、魔獣も、怪鳥も、妖魚も。生き物の形をしている物は、おおよそ死体となって目につくすべての場所に転がっている。
吹きつく風は凍える程に冷たく、雷鳴は止むことを知らないようだ。
時おり風に混じって雨が降るが、大気の中の灰と混じって黒く濁って俺の白髪から頬筋を伝っていた。
ふと見下ろせば、俺は二振りの刀を握っており、背にはその二振りとは別に長大な刀を一本背負っていた。
手にしていた刀は、二振りともが血で染まり、刀身から刃先に向かって血の混じった雨が滑るように滴り落ちていく。
薄暗い中で刀をよく見れば、僅かに刀身に俺の顔が映り、その顔は手にした刀の様に血で染まっていた。
誰かが俺を呼んだような気がして、俺は深く息を吐いくゆっくりとその場を振り返った。
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そこで俺の意識は再びあの声のするところに戻ってきた。
――見えたかい?あれが君の未来だ。
その言葉に、俺の身体が震える。イヤ、今の俺に身体なんてあるはずがないのだが、それでも今の俺の存在を形作る何かの芯とでもいえるものが、震えていた。
そんな俺に構うことなく、俺に話しかける声は話を続ける。
――君は、君が強く成る為に、君が強くなるたびに、多くの人を、獣を、鳥を、魔物を、そして神すらも殺すことになる。
――恐らく君は、この世界の多くの人間から憎まれ、怨まれ、その死を望まれることになるだろう。……そしてその力は、多くの戦いを呼ぶことになる。無数の人を殺す戦いを。
――だが同時に、君は多くの恵みをもたらし、多くの人々を導く存在となる。
――それはあるいは、恐怖と絶望による支配かも知れない。それはあるいは、慈愛と正義による教導なのかもしれない。もしくは、もっと別の何かなのかもしれない。ただ一つ言えるのは、君によって救われる者もまた、多く現れるという事だ。
――君はこれから、多くの誕生と死滅を齎す存在となる。我々神々は、君のそのありようを恐れているのだよ。大きくぶれる未来を。君はこれからこのクニグニに、ヒトビトに、カミガミに、何を齎す?何を与える?恵みなのか?滅びなのか?終わりなのか?始まりなのか?それは誰にも分らない。恐らくは君自身にさえも。
――その、史上最強の力は、他の誰でもない。君が最も手に余らせることになる。君の心が安らぐ日が来ることは、金輪際ないだろうね。
――そうだね。……君の言葉で言うのならば、地獄。というのが一番近いのかな?
どちらかというと、修羅道だな。地獄というのはもっと、静かで閑静であるべきだ。
あらゆる感情の全てが消え去った完全なる消滅こそが、真の地獄だ。生きた命のほんのわずかな息吹さえ感じる世界は、死の世界とは言っても、地獄とは言わねえ。
――…………その口ぶりだと、答えは決まっているようだね。……でもいいのかい?全ての憎しみを背負って尚、あんな世界を作り出すことが君の未来だとして、その未来を背負えるだけの覚悟を君は持っているのかい?
分りづらい言い回しだな。要は、今生き返ったら後悔するぞ。ってことだろう?
馬鹿馬鹿しい話だ。だったら何故お前は有んな未来を見せた?あんな未来にならない可能性だってあるという事だろう?
だったら、あんな未来を起こさないように力を尽くせばいいだけの話しだ。そして、何より今の未来を見て、一つだけ言えることがある。
――なんだい?
あの時、誰かに名前を呼ばれたとき。俺は、確かに笑っていた。
そしてそれは、破壊や殺戮の様な悪に潜む昏い喜びではなく、何かを達成することのできた会心の笑みだ。
それは俺にとって、あれが何かしらの望むべき形をした未来だと言う事だ。
それが何なのかは分からねえ。でもきっと、俺が目指した何かだというのは分る。
あの、死と破壊の世界の中で、それでも尚、目指した物があるのなら。そしてそれを達成することができたのなら、それで十分に生きたことになるだろう。
なら、それでいいさ。例え、世界中の人間から怨まれて、死を望まれてもな。
そもそもそれは、この世界に生まれてから何一つとして変わらねえことだしな。
――…………そうかい。それなら、僕もその未来が来ない様に頑張るよ。君の悔いの無い様に生きると良い。
その声がそう言った瞬間、不意に俺の身体は下に引きずり降ろされ、辺りが光に満ちていくような感覚と共に、急激に遠くの方へと流れ出していき、それと共に今まで近くに感じていた声が段々と遠のいていく。
――最後に一つ、僕の名前を教えておくよ。
そんな中、その声は浮世離れした口調に戻り、俺に向けて何処か微笑む様な気配を見せて言った。
ただ、その微笑みは、何かを企むようにも、何かを悲しむようにも感じられ、俺にはその真意を測ることなどできなかった。
――僕の名は、ククノチ。久久能智神だ。森と木々と魔術を司る女神だ。いずれまた会うこともあるだろう。その時まで息災でね。
へえ。声からして女だとは思っていたが、本当に女だとはね。ただ、性格的に随分とめんどくさそうな感じがしたけどな。
って待て、お前魔術の神なら、俺が魔術を使えないことも何とかできるんじゃ――――
俺がそこまで思った瞬間、俺の意識は光に満ちた何かへと引きずられて、徐々にホワイトアウトしていった。
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「……あー。何だ……?どうした……?」
夢ともお告げともつかぬ訳の分からない意識から覚めた俺は、そこで心配そうに俺を眺めているワン太に気付いた。
頭を振って意識をしっかりさせると、周囲には毛皮はおろか、肉も骨もぐちゃぐちゃになった親イタチの残骸と、頭を砕かれた猪の死体が転がっており、俺の身体にはあちこちに毒蛇に咬まれ腫れあがる痕があった。
空を見上げると、太陽はまだ高い。どうやら、俺が意識を失ってからそれほど時間は経っていないらしい。
そこまで考えて、それもそうかと思い直す。
あのククノチと名乗った神は、俺は息を吹き返すと言ったのだから、息が止まっていた時間帯がそれほど長くなるのはおかしいことになるのだろう。
とりあえず、心配そうに俺を見ているワン太を宥める為に軽くその頭を撫でてやると、ワン太は安堵したような甲高い声を鳴らして鳴いた。
それにつられてニャン太も今までどこに隠れていたのか、森の奥から飛び出して、俺の元に駆け寄ってきてくれた。
そこには、さっき仔イタチに狩りの獲物として弄ばれていた仔竜もおり、ニャン太の背中の影に隠れるようにして俺の様子を伺っている。いや。仮にも竜が虎の背中に隠れるのはどうなんだよ?その背中は貴様のライバルでは無いのか?
しかし、本当にこの森には白い魔獣が多いんだな。いや、魔獣だけじゃないか。俺の髪も白いのだから。
俺は、ニャン太の背中に隠れるようにして俺を見る竜に手を差し伸ばすと、その竜は恐る恐る俺の指に顔を近づけ、そのまま俺の指を咬んだ。しかもただ咬んだだけじゃない。こいつ、何か知らんが帯電してやがる。体中から火花を出してその牙に電撃を集中させてやがる。ビリビリグッズと同じことをしやがった。
「イテええ!このクソ蛇があああああ!!」
俺は思わず、俺の指に噛みついて来た翼竜を振り払って地面に叩きつけると、翼竜は小さく鳴きながら再びニャン太の背中にと戻っていた。
どうやらこのクソ蛇、もとい翼竜は、翼がある同士で仲間意識でも芽生えたのか、どうもニャン太に懐いてしまったようで、ニャン太の背中に隠れては俺に向かって威嚇の声を上げ続けていた。
その癖、この後、転がっていた猪肉を俺が解体したら食うんだから、ちゃっかりしている。
まあ、ともあれ、これ以降、俺の元には新たなペットとして翼竜のリュー太が加わった。
雷撃は使えるし、空も飛べるしでなかなか役に立つのだが、異常に俺に敵意を向いてるのが欠点だ。
お前は本当に何で俺のペットになったんだよ。
ちなみに、調べてみたらリュー太も雌だった。
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この日、俺は生涯で唯一自由に使うことのできる黒の『闘気』を操ることを覚え、ワン太とニャン太とリュー太を完全に俺のペットにすることに成功した。
そして、俺はこうして、これまでとは段違いの戦力によってこの山の頂点に輝いた。
訳では無かった。
世界は俺の想像以上に広く、そして世間は俺が思うよりも寛大ではなかった。
どれだけ生まれ変わりを行っても、この世界に生まれ変わった俺はしょせんは三歳児でしかなく、ちょいとばかり知恵が回り、少しばかり魔術が使えるだけの生意気なクソガキでしかなかった。
俺はそれを、ある一人の人物が現れたことで徹底的に、それこそ頭の中どころか魂の芯にまで叩き込まれることになる。
その人物の名前は、休庵宗修。
常世列島の歴史における史上最強の武僧にして、俺の師匠となるジジイである。




