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第二十話 そうかそうか、そういう奴だったよな。お前は


 俺は、いつの間にかイタチの背を追いかけている自分に気付き、愕然とする。


 あのイタチは、確かに俺よりも格上の実力を持っているにも関わらず、なんで俺はあのイタチを追いかけている。普通、逆だろう。


 確かに今の俺は『闘気』の扱いにも慣れ、ある程度ならイタチの攻撃を防いでイタチにダメージを与えることができるようになっている。

 けれども、それは所詮ある程度だ。

 決してあのイタチにとっては、逃げの一手を取る様な相手ではない筈だ。


 するとイタチは、まるでそんな俺の思考を邪魔するように炎を吐いて、再び俺に戦意を向けると、俺が追いかけてきたタイミングを見計らってすぐさまその場から逃げ出した。

 その行動が今の俺の頭に浮かぶ考えを正しかったことを証明している様だった。


 やっぱりだ。やっぱりあのクソ畜生は、俺から逃げているんじゃなくて、俺を誘いだしているんだ。

 

 そう思い至った、その瞬間に思い出す。


 イタチの特性。一度目を付けた獲物には絶対に狩り殺すまで執着するし、その為には他の魔獣を利用した罠を張ったり、罠に導くための作戦も講じる。死んだふりや逃げたふりもする。罠を張って、策を練って、狡猾に殺す。

 そうだ。あのクソ動物は、獲物を罠に嵌めて来る。


 時に強力な魔物の巣に獲物を叩き落とすことで、獲物を狩り採る。そう言う悪智恵の働くヤバい獣を俺は相手にしていたんだ。


 そこまで思い至った俺は、すぐさまイタチを追う足を止めたが、そんな俺の様子を見逃すような奴じゃなかった。

 そして同時に、俺の観察眼も時すでに遅かった。


 俺の足が止まったのに気付いたイタチは、咄嗟に俺の後方に向けて炎弾を放つことで火事を起こした。


 次の瞬間、俺の足元からは大量の毒蛇が湧き出し、俺の足元に絡みつき始めた。


 


 ★☆★☆★☆★☆




 気付いた時には遅かったが、そこは魔獣などではなく大量の蛇が巣食う巣穴の密集地帯であり、イタチの攻撃によって怒り狂って毒蛇が互いに絡まりながら俺の手足に噛みついて来る。


 やられた。確かにこの季節はいくつかの毒蛇は一か所に塊り、蛇玉と呼ばれる無数の蛇が絡まった球状の群れをつくる。その前段階として、群れを成した毒蛇は一か所に巣をつくり、暫くの間は共同生活を行うのだが、正にそれを利用された。 


 罠に嵌められたことに一瞬舌打ちをするが、毒づく時間すら惜しい。

 俺はとにかくこの場を切り抜けようと、握った木刀を振り下ろし、手ごたえを感じるままにひたすら地面を覆う毒蛇を殴り殺していく。

 体中のいたるところを咬みつかれ、衣服の裾から蛇が入り込み、それを無理矢理に振り払いながら前に進む。

 毒の影響で身体に激痛が走り、意識にもやがかかり始めるが、そんな事には構っていられずに、嫌なぶよぶよとした感触をしたものが潰れるような、滑るような手ごたえを手元に感じながら木刀を振り下ろし続け、何となく俺を毒蛇の巣の中に叩き込んだ親イタチを見た。


 そうして、見上げた先にいる狡猾な魔獣は、俺を嘲笑うかのように寛いだ姿を見せ、俺をまるで死にかけた虫けらを見るような目見下ろしてきた。


 その姿は、戦いを挑む勇者を見る王者の眼ではなく、思い上がった格下を叩き潰す強者の眼だった。


 その瞬間、何故か今までの混濁し始めた意識がはっきりとし、身体中を走る激痛さえも頭の中から消し飛んだ。


 なんだその眼は?


 獲物として見られんのも、弱い敵として侮られるのも分かる。けれどもそれは、いわば相手をまともに見る眼だ。

 自分の土俵に立って戦う存在に、それなりの敬意を払う眼だ。

 例え、獲物だとしても、未熟だとしても、戦う以上は全力でぶつかる。

 情けも容赦も加減も無いが、その分、相手を無用に辱めることはしない。


 この森にはそう言う流儀がある。


 けど、視線の先のイタチは違う。


 その眼は、退屈凌ぎに殺すことをよしとする眼だ。暇潰しに嬲り殺すのを当然と考える眼だ。


 どうせここから先は何もできないと、俺を舐め腐っている眼だ。


 侮りも見下しもまだ許せる。だが、舐め腐られるのが一番気にいらねえ。

 そこまでされて、俺が何もしねえと思ってんのかこの野郎。

 

 思わず毒蛇からの攻撃も構わず睨みつけた俺の視線に、親イタチが一瞬ビビったように身を竦めたが、すぐに苛立った様に毒蛇に絡まれて立ち尽くす俺に向けて軽く炎弾を発射した。

 足元では炎弾を喰らった毒蛇の血肉が飛び散った。何故だかその様子がますます俺の心に怒りを煮え滾らせた。


 何だその怒りは?何だその苛立ちは?俺がキレるのがそんなに気にいらねえのか?


 舐めるなよ、畜生が。お前は奪ってもいいが、俺が奪うのはダメですってかよ。


 調子に乗るな。貴様が今まで奪われなかったのは、強者の影に隠れるのが上手かっただけだ。

 碌に強い奴にぶつからず、運よく強者から逃げ続けられただけだ。

 たまたま牙と爪を研ぐ機会を手に入れただけの奴が、調子に乗ってんじゃねえよ。


 貴様も殺して、毛皮にしてやる。


 次の瞬間、俺は体の奥底から『闘気』が湧き上がるのを感じた。


 それも、今までのただ何となく使えるようになった『闘気』の比じゃねえ。


 それは熱とも冷気とも電気ともつかぬ力だった。

 俺の怒りと憎しみを形にしたように全身に行き渡り、煙とも靄ともつかぬ実体を持って体から吹き上がる。

 そうして全身から湧き上がった黒く流動するその何かは、木刀に纏わりついてその刀身を覆い、今まで手にしていた不格好な木刀から、いびつな形をした黒い真剣へと姿を変える。


 それは、今まで使っていた『闘気』とは似て非なる力だった。


 それが何かという答えは出せなかったが、ただ一つだけ言えるのは、その力は巨大で強大で、確実に眼の前にいる俺よりも大きな魔獣の命を奪うことができるだけの力だと言う事だ。


 そして、この力を使い終わった時、俺の命も恐らくは終わると言う事だ。


 この力は、俺が使うにはデカすぎる。恐らくは、この力を放つと同時に、俺の身体はこの力に耐え切れずに死亡するだろう。


 直観的にそれが分かった。だが、そんなことは関係ない。




 兎に角あのクソムカつくケダモノをブチコロシテやる。




 

 頭の中身がその一念だけで沸騰する。


 そうして、その禍々しい黒い何かによって真剣に変化したそれを俺は振るった。


 その瞬間に、俺の手にした刀からは煙とも霧ともつかぬ黒い力の奔流が巻き起こり、今まで足元を埋め尽くしていた大量の蛇が残らず肉片になって吹き飛んだ。


 毒に関しては不思議なことに、解毒されていることが分かった。


 そうして、俺は毒蛇の群れに襲われた現場を切り抜け、その場を一歩踏み出した。







「ごぎゃああああああああ!!!!!!!!」







 瞬間、遠くとも近くともつかない場所で何か獣の様なものが吼えているのが聞こえた。

 

 それが俺の声だと気づくのには、数秒かかった。


 その瞬間ときの親イタチの眼は、忘れることは無いだろう。


 その眼に映っていたのは、今までの怒りや憎しみ、そして嘲りや驕りと言った、分かりやすく、そしてどこか人間臭い感情ではなく、もっと生々しい生き物の眼だった。




 余りにも格上過ぎる敵への絶望と、そして確実に訪れる死への恐怖。




 ああ、そうだ。その眼だ。その眼を見たくて俺は怒っているんだ。


 この期に及んで漸く俺の底力を知ったのだろう。親イタチは慌てふためいて俺に背を向けると、そのまま一心不乱に全速力を出して逃げ出した。

 

 逃がすかと思ってその背を追いかけると、不思議なことに俺の体はそんなイタチの逃げ足に追いつき、その横腹に蹴りを一撃入れる。


 イタチが情けない泣き声を上げて吹き飛び、そのまま尚もにげ続ける背中が見える。


 体が軽い。景色がまるでコマ送りにされた映像の様に切り替わっていく。

 俺は、追いついたイタチの横腹や頭や背中を殴りつけ、情けない声を上げるイタチを二度と抗いようのないほどに痛めつけていく。


 お前が俺を嬲り殺しにしようとした分、俺もお前を甚振いたぶってやるよ。


 そんな俺から逃げる様に、イタチはさらに逃げる速度を引き上げると、前方に見えた木の根の洞に勢いよく隠れだした。

 


 次の瞬間、その洞に籠っていた巨大な猪と共に降り立ってくる。



 蛇の次は猪か。狐に殺される分際で、狐の真似をしてるんじゃねえよ。イヤ、狐に殺されるから、狐の真似をしているのか?

 なるほどな……。二度も三度も同じ手にかかると思ってんのかこの野郎。舐めるのも大概にしろよ、畜生が。



 どうでもいい。とにかく、目の前の獲物を。只管にムカつくだけのこの畜生を。


 ぶち殺してやる。


 俺はただその一念だけを以て、手にした木刀に正体不明の絶大な力の籠った一閃を、とりあえず邪魔者を殺そうと、目前に迫ったその猪に向けて放つ。


 瞬間的に猪の頭が吹き飛んだ。


 そうして、邪魔になる大猪を叩き殺した後、とうとう逃げ場と逃げる力を失ったイタチの前に俺は立つと、そいつは今までとは違う声と態度を俺に見せた。

 いきなりその場に寝転がると、俺に向けて腹を見せてきゅーんと情けない声を出して四肢をもがいていた。

 命乞いのつもりだろうか?その姿は、今までに見てきたどの動物よりも愛くるしい姿そのものだったが、今の俺には憎しみと腹立たしさしか湧き上がらなかった。


「バカにするのも、大概にしろよ。このクソ畜生が。今まで散々舐めた態度を取って置いて、今更命だけでも何て理屈が通るかよ」



 その瞬間、黒い閃光が刀身を伝って輝きだし、俺の渾身の一撃と共に、斬撃となって親イタチの身体を吹き飛ばした。








 親イタチを倒すのを目撃した俺は、そのまま倒れ込むように意識を失った。










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