第十三話 マネーの虎
ワン太と共に人里の村に降りてから一夜明けて。
「よし!ワン太、良くやった!それじゃあ、もう一回行くぞ!」
俺はワン太に向けていつも木刀代わりに使っている木の枝を放り投げ、ワン太はそれを勢いよくキャッチする。
そしてそのまま、口に咥えた木刀を勢いよく振り回すと、再び俺に向けてぶん投げる。
犬とは思えない見事なコントロールで俺の元へと投げつけられた木刀を俺はそのまま掴み取ると、ワン太に向かって大声で褒めまくる。
「良し!いいぞ!それじゃあ、ワン太!この調子でいつもの奴をやってみようか!」
別に遊んでいるわけではない。これは歴とした『代理魔術』の研究にして、特訓である。
何が特訓なのかと言えば、これはワン太自身の魔術の特訓である。
「バうがる!ぐるるるる………」
俺の言葉を聞いたワン太は、そこで一度大きく吼えて唸り声を上げると、そのまま遠吠えを上げる様に天に向かって大きく口を開いた。
すると、その口の中に向けて何か大きな力が中心に向かう様に渦を巻いていく。
やがて、その渦の中央に赤い炎が灯ったかと思うとそのまま赤く輝く大きな炎の玉が形成される。
ワン太の口元に生まれたその炎の玉は、紅蓮に輝きながらその大きさを徐々に圧縮していき、
…………そして圧縮したまま煙になって消えた。
「……………………くぅーん」
自分の起こした炎があっさりと消えてなくなったのを見てワン太はまるで親の死体でも見たように落ち込んだが、俺はそんなワン太の首筋に顔を埋めてその毛皮を撫でながらワン太を慰める。
「そう落ち込むな。昨日は日を起こすことまでは出来なかったじゃないか。これでも十分、お前は進歩しているよ」
「……くぅ~ん?」
「そうそう。別にお前に何か問題があるわけじゃない。少しずつできることが増えているんだ。何も落ち込むことはねーよ」
「……うー?ワン!わうわう!」
「おっし、それじゃあ今日は昨日買った肉を喰うぞ。一日置いて美味くなっているはずだからな。たんと食えよ!」
俺の言葉を聞いて、見るからに凹んだ態度を見せていたワン太は元気に尻尾を振りまくると、今日の昼飯を食べる為に俺と一緒になって秘密の貯蔵庫に向かうのだった。
ちなみにワン太が何言ってるかは分かんねえ。何か流れで適当なことを言っているだけだ。
さて、俺がどうしてワン太の魔術を訓練しているかというと、それは『代理魔術』の研究に理由があった。
あれから幾つかの魔術書を調べ、『代理魔術』の理論自体は大きく整い始めたのであるが、それには肝心な穴があったのだ。
そもそも俺の想定し、構築しようとしている『代理魔術』というものは、「召喚魔術」の派生形という大前提がある。
それ故、「召喚魔術」の様に魔術を操れる魔物が俺の手足になる。という、基礎の基礎と言うべき問題があった。
その中で気付いた最大の問題。
実はワン太は、基本的に魔術を使えない魔物だった。
余りにも驚愕の事実だったが、調べたところこれは特別な不思議な事では無いらしく、どうも『闘技』という縛りは魔物の扱う魔術に関しても存在しているようだった。
というのも、ワン太の様なある程度の知能を持つ生物の場合は、魔術を使う際にそれなりの訓練が必要になる。
それをしなかった場合、当然のことながら幾ら魔獣や魔物と言えども魔術を使うこと等できる筈もなく、ただデカさと凶暴さばかりが目立つだけの動物になってしまう。
例えるならば、前世で言う所のネズミを狩る訓練をしなかったネコのそれと全く同じである。
つまり、元から魔力が存在しない俺とは違って、ワン太の場合は訓練を行いさえすれば普通に魔術を使えるようになる。
それでは訓練の方法はどうするのか?と思って調べてみると、ワン太の様な魔物は通常、狩りやそれに似た遊びの中で魔術を覚えていくものらしく、所謂フリスビーを投げて取ってこい。的なことをすると魔術を覚えていくらしい。
そこで俺は狩りの訓練を想定して、ワン太に木刀代わりの棒を使って「取ってこい」を繰り返してみたところ、こいつ、物覚えが悪いのなー。中々魔術を覚えない。
物の本によると、物覚えがいい奴は二、三日で、どんなに覚えが悪くても、一週間で初期魔術の一つか二つは覚えるらしいんだが、この事を知ってから此処一か月ほど訓練をしているが、どんなに頑張っても炎を口から吐くこともできない。
……そもそも仔犬に口から炎を吐かせようとすること自体、既にオカシイ事なのだが、そこには目をつぶろう。
つまりは最近の俺のやることと言えば、飼い犬のワン太と一緒に遊んで、遊びついでに狩った獲物を売ったり、外で秘密基地造ったり、飯を食ったりする軽いアウトドア生活を行っている。
……字面だけ見れば、理想のロハス生活なんだけどな。
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さて、代理魔術の訓練を終えた俺は、昼飯の準備をするべく、予め拾っていた溶岩の塊っぽい石を円形に並べて、その中心に火を起こす。
魔術の使えない俺は、火打ち石を使って火を起こすのだが、これがなかなか難しい。暫くの間、カチカチやって、漸くの事で起こした火花を枯れ木の上に落とす事に成功する。
さて、俺が肉を焼く方法だが、このまま暫く焚き火を囲んだ後に、焚き火の周りに置いてある石に肉を乗っけていく石焼スタイルが俺の調理のトレンドだ。
つーか、金がないから調理器具が買えなくて、こういう形でしか飯を作れない。
こんな事を言うと、昨日村に行った時に調理器具くらい買っておけよ。と思う方もいるかもしれないが、実はそうは問屋がおろさない理由があって、当面の間、少なく見積もってもあと三年は俺がまともな買い物をする事は出来ないのだ。
何故、三年なのかと言えば、個人で村から村、もしくは町から町へ移動する為には最低でも七歳でなければならない。という不文律がある。
これは別に法的にしっかりとした根拠があるわけではなく、強いて言うならば伝統とか慣習みたいなもので、七歳未満の子供は親の所有物であり、自由に行動してはいけない。という思想があるからだ。
理由はいろいろあるんだろうが、その最大の理由は単純に七歳未満の子供は死にやすいからな。この世界は子供自体が死にやすいが、特に七歳未満は死にやすい。
その為、親の所有物扱いで徹底的に子供を管理するもの。という共通認識がこの世界、少なくともこの国では一般的な常識となっている。
とは言え、この不文律の所為で、俺は今現在の所、稼ぎがあっても物を買えないという状態になっているのだ。
他の村に行けない事と何の関係があるんだよ。って話だが、それをするには日子国の経済について語らなければならない。
俺が狩猟生活を送り出してから始めた分かったのだが、実はこの日子国の貨幣制度というものはかなり複雑で、金貨や銀貨があった所で、それをすぐに買い物に使える訳では無いのだ。
日子国で現在主流となっている貨幣の種類は大きく分けて三つ。
金貨、銀貨、銅貨だ。
普通なら金貨一枚が銀貨何枚分で、銀貨一枚が銅貨何枚分と成りそうな所だが、ここではそうはいかない。
いや、一応、そういう両替が無いわけでは無いのだが、一般生活においてそういう考え方を持つ事はまず無い。
銅貨を使って経営する店は銅貨のみで商売を行い、銀貨を使って経営する店では銀貨のみを通貨として使用することが、日子国での商売の基本だ。
つまり、金貨をどれだけ持っていても、金貨を使って商売する店に行かなければ、米一粒だって買えないのが、この日子国の経済である。
何でそんなめんどくさい状態なのかと言えば、それは日子国の貨幣制度に問題があるからだ。
先程俺は、日子国には金貨と銀貨と銅貨の三枚の通貨があると言ったが、実は日子国の金貨はここから更に三種類の通貨単位に分けられる。
最大の価値を持つ一毫金貨、その次に高い一絲金貨、一番価値の低い金貨である一忽金貨。
そしてこの金貨の価値は四進法で現れされ、金貨四枚で上の単位と同じになる。
一毫金貨一枚と一絲金貨四枚が同じ価値になり、同じように一絲金貨一枚は一忽金貨四枚と同じ価値を持つ。つまり、一毫金貨一枚は、一忽金貨十六枚は同じ価値になる。
もうこの段階で面倒くさいのだが、ここから更にややこしくなる。
銀貨も金貨と同じように三種類の通貨単位が存在するが、銀貨の場合は価値が変則的で、一番価値の低い一目銀貨は十枚で一丁銀貨一枚と同じ価値を持つが、一丁銀貨は千枚で一朱銀貨一枚と同じ価値を持つ。
これは、一目銀貨は価値によって取引されるが、一丁銀貨は重さによって取引される為なのだが、この変則的な取引のせいで両替が複雑化しているのだ。
そして日常生活で最も多く使われる銅貨なのだが、これは単純に千枚ずつで両替される。
公的に一番価値の低い銅貨は銭であり、その上にあるのが斥、最大の価値を持つのが貫なのだが、一貫は百万銭と同価値になる。
此処にさらに、一般的な銅貨の中でも更に低い価値を持つ銅貨として鐚銭が加わるので、店頭で物を買うだけでも厄介な計算やら交渉やらをすることになる。
さて、ここまで説明されれば分かる通り、この日子国の経済を一言で表すとするのならば、『わけわかんない』の一語で済む。
一つだけ確定して言えるのが、金貨と銀貨の価値があり得ないくらい高い。と言う事である。
何しろ銅貨同士をやり取りするだけで、千とか百万とか言う数字が出て来るのだ。
これが金貨や銀貨に交換する場合、どれくらいの枚数の銅貨が必要になるのか、考えただけでも目眩がしてくる。
これは俺以外の人間も同様で、店先での両替の度に余りにも複雑かつ、膨大な数の金銭を用意する訳にはいかない。
そこで、銅貨で取引される物は銅貨のみで、銀貨で取引される物は銀貨のみで決済する事が主流となっており、銀貨や銀貨で買い物する場合、両替商を通してその日のレートに合わせて両替を執り行うのだ。
つまり、普通の包丁とか、俎板を買おうと思えば銅貨を持っていなければ話にならないのだが、俺は実は主に金貨や銀貨を貯め込んではいても、銅貨を余り持っていない。
これが俺が物を買えない理由だ。
近くの村に行けば金貨や銀貨では物を買うこと等できず、遠くの村にはそもそも年齢の問題で行くことができない。
絵に描いた様な矛盾だな。まあ、これは誰かが俺にお古の道具を売るなり渡したりしてくれるなら解決する問題なのだが、一回酒屋の傍を通りがかった時に、俺が物乞いに来たら殺して何かもを奪ってやるって冗談で酒盛りが盛り上がっていたから、絶対に行かん。
あいつら、何気に酒の席の話題は必ず達成するからな。わざわざ殺されに行くような趣味はしていない。
あの卸売りの商人が何やかんやで文句を言いつつも俺に金貨や銀貨と言った価値の高い貨幣を渡すのは、これが理由だと思っている。
基本的に田舎の村では、両替商の様な気の利いた商売をする奴などおらず、両替を担当するのは主にその地域で一番デカい店になる。
そして、俺がいつも魔物やら何やらの仕留めた獲物を渡す毛皮の卸売問屋は、村どころか近隣一帯でも一番の商人であり、両替商としての役目も担当している訳だ。
だからもしも何かしら金貨や銀貨を崩そうと思えば、あの卸問屋に行って金を両替しなければならない。
そしてあの商人はそれが狙いなのだろう。
つまり、俺に最初にわざと価値の高い貨幣を渡すことで、銅貨でやり取りされるような安い物品を買わせないようにしており、もしも俺が両替を求めたらいちゃもんをつけて安い金で俺の仕入れた商品を買いたたく。
これは個人的な心象もあるが、実際にそうやって上前をピンハネしている所を目撃したこともあるから、絶対に間違っていないと思う。
銅貨を渡すときも、わざわざ価値の低い鐚銭しか渡したことはねえしな。
ちなみに。
この両替商だが、日子国においては一種の為替取引である為、うまく成功すれば巨万の富を築き上げる事が出来るのだが、その分ハイリスクでハイリターンである為、通称『博打打ち』と呼ばれる商売である。
いいなー、博打打ち。浪漫の有る響きだぜー。ま、絶対にそんな綱渡りの生活なんかしねーけどな。
ただ、将来の職業として両替商はいいかもしれない。ワン太のお蔭でそれなりに元手もあるから、その仕事それ自体は出来ないわけではないし。
そんな将来のことについて取り留めのないことを考えつつ、石焼の肉はいい感じに焼き上がった様で、待ちすぎて切ない声で鳴き始めたワン太の声を合図に、俺は石の上に乗った肉を箸でつつき始める。
その時、俺は小さく揺れる草藪を見つけ、ぼんやりとその方向を見た。




