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第十一話 涙でしょうか?いいえ、誰でも。上

本当は一話分の筈でしたが、長くなったので二話分に分けました。

というか、アイデアの段階ではこの辺りで酒丸が武術を学ぶはずだったのに、プロットにするとかなり長いことになっている。

今度プロットを整理して、出来るだけ十五話かその近辺には、剣術を学ばせます。

 

 さて、ここで唐突だが地理の話をしよう。


 まず、俺が現在住んでいる家のある場所だが、実はここは日子国はおろか、常世列島においても最高峰として名高い霊峰『武仁山むにさん』だった。


 その麓には樹海と称される巨大な森と、十個の巨大な湖が山を取り囲む一つの巨大地形を有しており、山の頂上から見て、東には海が見え、西には東の麓と同じように樹海が広がり、その先には軒を並べたように白い山並みが連なっている。


 まあ、要は日本でいうところの富士山のような場所に住んでいるわけだ。


 その中でも、おそらくは頂上からおよそ半分、山の五合目のところに俺の住んでいる家はあり、その麓に降りていけば、自然と樹海の中に入る。


 本来なら、この樹海は似たような景色と、沢山の魔物、そして何よりも魔導具ですらも通じなくなる不可思議な土地の所為で、一度は行ったら出られない『魔の森』となっているらしいのだが、ワン太の存在する俺にはそう言う話は通じない。


 ふははは。全く、ワン太様様だぜ。こいつのお蔭で、移動の速度と範囲は広がるわ、迷うことなく森の中やら祖とやらを出歩けるわ。こいつが居ねえと、俺ってマジで何にも出来ねえわ。

 そんな、自慢にもならないことを思いながらも、俺はワン太の白い背中に揺られながら徐々に近づいて来る村に向かって行く。

 正直、人里に向かうってのは、あんまりノリ気じゃないんだがなー。でもしゃーない。正直、獲物を狩っただけで暮らせるほど、狩人の暮らしって甘くないんだよなー。

 

 

    ★☆★☆★☆★☆



 武仁山の麓、樹海を抜けた先にある村に着いた俺は、ワン太の背中から仕留めた獲物を下ろすと、そのままワン太には森の中に隠れる様に指示する。

 その後、俺は人目から隠れて村の外れに有る熊が冬眠した穴を改造した地下蔵に行き、その中に今まで着ていたボロ服を隠し、中に隠していた目立たない地味な色をした薄汚い服に着替える。

 更には、顔を隠すために覆面代わりに手拭いを巻いて、その上に背中まで伸びた髪と額の四本の角を隠すため笠地蔵的な笠を頭にのっけて、これまた笠地蔵的な蓑を着込む。

 見た目はもう完全にマタギだな。こりゃ。

 

 別に好きでこういう格好をしている訳じゃない。

 最近、嫌な意味でこの容姿が目立つようになってきて困るんだよなー。別に顔立ちは美形って訳でもない癖に、無駄に特徴があるからやたらと色んな奴らに絡まれる。

 髪の毛は親父の血の所為かめっちゃ綺麗な銀髪だし、最近、糸切り歯が段々牙っぽくなって、もう八重歯です。とかのごまかし効かなくなっているし。

 三歳の頃から生えた角は今では小さいながらも立派に龍と鬼の角になって来たし、一本、二本ならともかく、四本も生えた角を隠すのは、正直しんどい。

 他にも金色の瞳とか、手の甲に浮かび始めた鱗とか、色んなものがこの人里ではトラブルになるから、そう言う身体的特徴を隠しまくれば、自然とこういうマタギっぽい恰好になっていく。

 

 ……正直、晴れた春の日にこんな格好をするのは、不審者以外の何物でもないんだが、背に腹は代えられないんだよなー。

 だがまあ、とやかく言っていられる状況でもない。とにかく、今はこのマタギの恰好だけで押し切る。


 ちなみに、何でこんな家から離れたわけわからんところに私物を隠しているかというと、下手に物を持って帰れば、殺されかけるからだよ。

 

 金を稼いで帰ったら、親父に殴り殺されかけた上で金を奪われたし、捨てられかけのぼろい着物を買って帰ったら、御袋に半殺しにされた上で着物を剥ぎ取られて酒代に代えられたし、その他の物も大概は壊した上で俺を半殺しにするか、売り払ったうえで半殺しにするかのどちらかしかない。

 オニー!鬼畜ー!って罵りたくなったけど、やったの本当の鬼だから罵りにならなくてやめた。チクショウ。

 もうこの際、売るのも壊すのも良いとして、俺を殺そうとするのだけはやめてくれないかなー。正直、二回も三回も死にたくはねーって。


 俺は完全にマタギの恰好で全身を覆ったことを確認すると、そのまま仕留めた獲物を手にしてこそこそと隠れるように村の中に在る毛皮の卸問屋に向かう。

 たまに、何も悪いことをしていないのにこそこそと隠れまわる自分自身に対して、何とも言えない感情が湧き上がってくるが、そんなことを無視して目的の場所へとひいこら言いながら、漸くの事で『野干』の死体を目的地に運び込む。


 と言っても、卸問屋の店の表に直接持っていくことはしない。

 村とは言え、此処はこの近隣では大きな町と町とをつなぐ比較的に大きな集落だ。

 下手に店の表に顔を出したら、途端に俺を巡って大きな騒ぎになるからな。そう言う事には注意しなけりゃならん。

 ……何だか、自意識過剰なスター気取りの様なことを言っているが、事実だから仕方ない。それもあんまり嬉しくない方面で。


 それはさておき。


 俺は卸問屋の裏口に立つと、俺の姿に気づいた奉公人にババアに向かって、持ってきた獲物を軽く掲げて商談に来たことを伝える。

 ……正直、自分でも態度が悪いというのは知っているが、だからと言って俺と話そうとしただけで嫌味な言葉と蔑みの視線を投げかけるババアを相手にして、わざわざ話しかけようとは思わない。


 そんな俺の態度に、ババアの方も慣れたのだろう。右の眉を不愉快そう上げて俺を睨みつけると、そのまままるで汚いものでも見たかのように、今までとは違うそそくさとした足取りで屋敷の中に消えていくと、数分ほどして問屋の主人が少し慌てた様子で俺のいる裏口へとやってきた。


「…………よお、おっさん。狩って来たぞ。これがお前の言ってた『夜完』だろう?」


 俺は裏口に現れた問屋の主人にに向かって、顔を合わせるなり挨拶も抜きに獲物を見せつけた。


 出来れば死体のまま持ってくるんじゃなくて、解体まで毛皮と身体の一部だけ持って来たかったが、流石にそこまで我流で学ぶ事は出来なかった。

 まぁ、これはある意味では良い方向に転がってるから文句もつけられねぇんだが、正直なところ早い所この辺りは直したいと言うのが本音だな。


 それは一先ず置いといて。


 俺の狩って来た獲物を見た卸問屋の主人は、驚愕に目を見開くと、震える指先で懐から南蛮渡来だ何だと店先で良く客に自慢している眼鏡を取り出して、俺の仕留めた獲物をめつすがめつして鑑定すると、無遠慮に疑わしげな声で俺に話しかけた。

 

「……こいつぁ、お前が本当に狩って来たのか?あの、二つ名持ちの悪獣を?お前ごときが本当に?」


 こいつ、何でこう何時も商品を取り扱う時だけは、腰が低くなんのに、俺と会話する時だけは無駄に横柄な態度を取るのかなぁ。無性に腹立つなぁ。アァ、今すぐその横っ面をブン殴りてぇ。


「……見りゃ分かんだろ?それとも、こいつを買い取る気がねぇのかよ?どっちだよ?」


「そうは言っていないだろ。金の話しかせん、卑しい小僧だ。しかし、…………信じられん。まさか、本当に狩れる奴が居るとはな。『夜完やかん』の位階は、『ろの上』だぞ……?」


 位階というのは、多くの場合は公家や大名などの権力者が持つ階級のことをさすが、問屋の主人が言うのは、魔物の強さを表すものだ。

 貴族たちが使う位階は数が多いのでこの場では割愛するが、魔物の場合は極力簡略化されており、『い・ろ・は』の三段階に加えて、それぞれに上下の区別がついた全部で六段階の階級に分かれている。

 頂点は『いの上』で、そこから『いの下』という具合に階級が下がり、最低ランクは『はの下』になる。


 通常、『野干』は位階でいえば『はの上』程度の弱い魔物だが、今回俺が倒した奴は二つ名がつく程度には名前の知れた魔物で、位階は少し上の『ろの上』。ランクでいえば中の上程度の強さの魔物だ。

 その狐が来ると、夜が完全なものになる。そんな曰くから『夜完』の異名を持つ『野干(黒狐)』は、この近隣ではここ数年の間住人達に畏れられている魔物だったが、実際にはこんなものだ。

 つーか、同じ読みで字だけが違うとかややこしいんだよ。


 というか、実際に戦ってみた感じでも、別に弱いわけではなかったが、そこまで強いという印象はなかった。


「……割と半端な強さだったぞ?別に弱くはなかったが、そこまでビビるほどの物でもねーだろ」


「……ふん。まあいい。いつぞやのように、嘘とは言え店先で騒がれては堪らんからなぁ」


 俺はその厭味ったらしい問屋の主人の言葉に、小さく眉根を寄せるが、胸の奥に湧き上がる感情を押し殺して、ゆっくりと息を吐く。


 別に今まで嘘を言ったことは無い。ただ、この豚野郎が俺が何週間か前に仕留めた獲物の毛皮だけを見て、毛皮だけだと本物かどうか判断つかん。とか難癖をつけて、いつもよりも安く買い叩いて以降、何かにつけて嘘つき呼ばわりするだけだ。

 その癖、売りに出してた時には、あの名高い何たらかんたらの魔物の本物だ。とかのたまいやがるんだから、やってられねえ。


 無造作な態度で懐から財布を取り出した問屋の主人は、そこから金貨や銀貨を何枚か抜き出すと、まるで石ころでも投げつけるように俺に向かって金を無造作に放り投げ、俺はそれを慌てて引っ掴む。


「ほれ、それで満足だろう。とっとと帰れ、ウチはお前みたいなクソガキにいつまでも構っていられるほど、暇じゃないんだ」


 問屋の主人は、まるでハエか何かを追い払うようにして俺に向けて手を振ったが、一方の俺は換金された金貨を見て、険しい声を出した。


「……少なくねぇか?どう少なく見積もっても、『ろ』の位階に魔物にこの値段は着かねえだろう?」


 確か、『は』の段階の魔物でも、高くて金貨五枚分の価値があるはずだ。

 だが今の俺の手の中に在る金額は、金貨三枚に銀貨三枚。明らかに相場の値段よりも低い金額だ。

 問屋の主人はそんな俺の短い抗議を軽く鼻で笑っただけだった。


「ふふん。確かにこの毛皮は本物だ。だがな。お前さんの両親が昨日、近くの村で何をしでかしたか教えてやろうか?親父もお袋も相当なクズなのに、その血を引いている息子のお前は恥ずかしく無いのか?こうして金を出してやっているだけでもありがたく思えって話なのに、どの面下げて金額を釣り上げるつもりだ?全く、盗人猛々しいとはこの事だな!」


 問屋の主人は、俺を嘲りながらそう高笑いすると、ふと何かに気付いたようで取り出した鐚銭びたせんを俺に向けて投げつけた。


「そんなに欲しけりゃ、くれてやるよ。お前みたいなクソガキは、精々鐚銭でも拾って食いつないでりゃ良いんだよ。ああ、そうだ。ついでに、これもやるよ。うちで飼っている猟犬の餌の余りだ。鹿肉だから、鍋にして食えば美味いだろうよ」


 そう言って、問屋の主人は店の奥から取り出してきた肉の塊を俺の足元に投げつけると、唾を吐きながら店の奥へとそそくさと入って行った。


 俺は問屋の主人の言葉に、奥歯を食い縛り、唇を必死に噛みしめて耐えると、足元に転がる小銭と肉を拾う為にしゃがみ込んだ。


 鐚銭は、決まった通貨の単位ではなく、質の悪くなった貨幣の総称だ。

 金や銀などの含有量が少なく、見た目も錆びたり所々が欠けたりしている、見るからに質の落ちた欠陥品の貨幣。

 

 勿論、それらの貨幣の価値は通常の物よりも一段、時には二段、三段と落ちており、本来の金額よりも安く取引される。

 一般的に暮らしていて、そんな貨幣を使うのは乞食くらいしかおらず、そんな乞食ですらも時に鐚銭は敬遠するほど、鐚銭の価値は低かった。


 そんな鐚銭を使って暮らしていろと言うのは、つまりはお前はまともな暮らしができる様な人間じゃねえだろ。という、遠回しな罵りなのだ。




 つまりは俺は、乞食以下だと罵られたわけだ。




 ……言い返す言葉なら幾らでもあったが、其れを今口にしても何も意味が無い事位は、今までの経験も、前世の記憶が無くても、分かる。

 こんなクソ野郎に何の力も無い俺が何か言ったところで、今以上に鼻で笑われるだけだ。


 俺は、足元に散らばった鐚銭を拾い集め、泥だらけになった鹿肉を拾い上げると、鐚銭は懐に入れ、鹿肉は軽くはたいて汚れを落とす。


 何かの教えなら、そんな道端に落ちた食い物を拾うな。とか、金は捨てても誇りは捨てるな。とか、立派な事を言う所なのだろうが、それでもこれが俺の数少ない収入だと思えば無碍にも出来ない。


 せめて、ワン太の餌くらいは持って帰らねばならぬのだ。



                  

 

 

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