06.「赤眼の死神—其の参」
俺の母親、——基、死神の妻。彼女は、天使に殺されたと言う。
◆◇◇
「っつーことは、天使が俺の母親を殺したって言うのかよ。」
「そうと言えば、そうだし、違うと言えば違う。友花……、君の母親は殺されたんじゃない。消されたんだ。」
消された……?
「天使は死神の成れの果てである僕と違い、命を直接的に奪う、『殺す』なんて行為はしない。」
「消されたってことは死んだってことじゃねぇのかよ……?」
「存在している生き物の命を直接的に奪う。生命活動を行えない状態にする事がつまり、この世界に置いての『死』すなわち『生命』の滅びだ。だが天使にとっての死の概念は少しばかり違う。」
何が違うと言うんだ。
「天使の場合は対象の人間そのものをこの世界のあらゆる生存の可能性から『消去』すること。その魂は霊界に行くことなく一瞬で消滅し、その肉体は細胞一つ残らず消滅し、人々の記憶の断片にすら残らずに『存在』ごと消滅する。」
「そ、存在ごと消滅……だと?」俺の戸惑いの様子に 「それが、天使だ。」と、どこか哀れむように死神は笑っていた。
「ま、待てよ‼︎ もし本当に誰からの記憶にすら残らねぇんだとしたら、どうして俺やお前は母親がいたことを認識しているんだ?」
「なーに、簡単な理由さ。僕と君が同じ死神だからさ。」
……俺が死神だから、母親の顔や声も知らずとも、しっかりと母親を認識しているってことなのか?
「死神の端くれだろうが、これまでずっと人間として生きてきたんだ。理解できなくて当たり前さ」
「だったらあずみさんは、どういう理由で俺を引き取って、俺の戸籍情報なんかはどうなってるんだよ……?」
俺を、母親代りのように今日まで俺の面倒を見てきてくれた母さんの妹。
「君を彼女に引き取らせたのは僕さ、あれから何とか君を抱えてミカエル達をまいたが、天使に復讐するためには、君はお荷物でしかなかったからね。優木 あずみと言う人間の存在は、兼ねてから友花に聞いていたんだ。人間程度、適当な催眠術でも掛けられなきゃ」
「催眠術だと……?」
「君は、訳あって死んでしまった友花の子供だと言う天使に消された虚実を、彼女に再認識させたのさ。まぁ、とりあえず実は姉がいたってことにはできたが、君に友花の話をしないのも、姉はいたが、結局はどんな人だったかまでは記憶にない。そういうことさ」
だから俺が母親のことを聞いてもあずみさんは、一度だって答えてくれたことなんかなかったんだ。
——そもそもどんな人だったかも知らないのだから。
知らない回答には、答える事は出来ない。(解らないのだから。)自分自身、何故母親の記憶がないのか。あずみさん自身、きっとそれがずっと気掛かりで仕方なかったのではないだろうか?
「言っても、たかが死神だからね。天使の超規模の記憶操作には敵わないのさ。戸籍は……そうだな、さて、どうしたんだったかな。でも両親がいないことになってる事実に変わりはないはずだよ。そもそも僕自身に戸籍なんてありゃしないんだもの。
僕と友花が君を授かった時にも僕の存在はひた隠しにしていたのも事実だ。」
なんて、適当なのか。
簡単に納得できる訳がない。納得しようともしなかった。俺はコイツの言う何もかもを受け入れようなんて思わなかった。
◇◆◇
「そ、それが本当だったとしてだ。な、なんで天使はそんなことをした? そういう事は、悪魔がするもんじゃねぇのかよ?」
「天使は君達の想像してるような生易しい概念ではないってことさ。そもそもこの世界に悪魔なんて概念は存在してない。」
死神はキッパリと悪魔の存在を否定した。
「悪魔が、存在していない……?」
だと言うならば、——悪魔とは一体何なのか。案の定、すぐに答えは知ることが出来た。
「そうさ、この世界は全て、全知全能である神が創り出したものにすぎない。それは君達、人間や僕ら死神でさえも。
存在していると思っていたものほど、この世界に存在していないものなのさ。君の両親と同じくね。」
「何が言いたい?」
「神がわざわざ世界の秩序を乱しかねない、悪魔なんか創ると思うかい?あえて悪魔がいるのだとしたらそれは人間の弱い心に潜む存在定義そのものさ。その点に置いては、天使だって悪魔を作りだしかねないってことさ。」
「創りだしかねねぇっつっても今の話じゃ、悪魔は心の中だけの存在ってことだよな?」
「精神が自ら創り出した悪魔によって支配されれば、もはやその人間が『悪魔』そのものなのさ。天使の場合は堕天使に転ぶんだったかな。心を病み、闇に侵食された精神亡者こそが道を踏み外した人間の行き着く果て〝悪魔〟だ」
死神は、付け加えるように「まぁ、悪魔は存在していないって言ってはみたが、最初から悪魔として生まれる者がいないってだけで、人間次第では幾らでも生み出せると言うことかな。」言い終えると、最後にフンッと鼻で笑っていた。
「話が逸れた。悪魔のことはよくわかった。だが天使が生易しい概念じゃねぇってのが分からない。」
「まぁ、天使は言葉の通り“天の使い”所謂、神に仕える絶対的存在。」
神に従える絶対的存在。俺はその言葉を聞き、すぐに察しがついた。
「神の気まぐれ次第では天使はどんな事でも実行する……か?」
「察しがいいね、さすが我が息子だ。そう! だから天使は、僕を連れ戻すために手段を選ばなかった。それが神の言伝だったから。僕とてたった十しか存在していない間借りなりにも死神だからね」
「俺はお前の息子になった覚えはねぇぞ……」
俺は腐肉たっぷりに言うと 「ははは、面白いこと言うよね」と皮肉たっぷりに返された。
「俺を置き去りにした上に死神だなんて、父親と思える訳ねぇだろ。俺より幼い顔しやがって」
「人間以外の万物は神に創造された時点から姿形が変わるなんてことはまずないからね。幼き君を見殺しにせず、優木あずみに君を預けてあげただけ恵まれたと思うんだな。ふふ、まぁいいだろう。僕については大分語れたことだし、君が知りたがっていたことを教えてあげるよ」
「 心優莉のことか……?」
「そうさ、深鈴 心優莉。君の幼馴染だったよね、そもそも僕は、これについて話に来たのだから。」
心優莉の消失した事柄の結論。ようやく俺は知ることが出来る。やはり、死神は知っていたんだ。
「やっぱりお前が天使の復讐に心優莉が邪魔だと思って消したんじゃねぇよな……?」
「いいや違う。僕の復讐に彼女が邪魔だったんじゃない。」
邪魔じゃない?死神が心優莉を殺したことはもう確定的だ。だったらなぜ……?
「———彼女こそが天 使だったからさ」
死神がそう言い放つと、——タイミングよくも学校のチャイムの音が鳴り響いた。
俺は言葉を失いその場に立ち尽くしていた。不意に学校の時計に目をやると、ほんの一瞬ばかり秒針が止まっているように見えた。
「心優莉が……、天使……っつうことか?」
「あぁそうさ、驚いただろ? 僕の口から言うことは、ここまでだ。伝えることは伝えたさ。何が起こってるのか分からないままだなんて気持ち悪かろう」
「ま、待てよ……死神。」
「優木 好翔、君は少なくとも実の息子でもある。敵にしたくはない。このまま、その天使のことは忘れることだな。呉々も僕みたいに復讐心を持って僕に立ち向かわないことをオススメするよ」
「俺が……、引き下がるとでも?」
「死にたいなら好きにすればいいさ、僕は逃げも隠れもしない。最初で最後のたった一人の息子の願いだ。死にたくなったらいつでも迎えに来てやるさ」
次の瞬間、死神は黒い霧を発生させ、その中に姿を消した——
◇◇◆
—— 心優莉が消え、——死神が現れ、——自分の正体を知った。(突然のこと過ぎて)思考が追いつかない。死神は、こんなことを、告げるためだけに、わざわざ俺の前に現れたのか。
「心優莉が天使って、どういうことだよ……」
あいつが今まで、それらしい素ぶりなんか一度だって見せたことはなかった。
見せなかっただけなのか……? 天使であることを隠し続けていた……?( 何のために? )あの心優莉にそんな器用なことが出来るんだろうか?(何をもってして?)それ以前にあの心優莉こそが偽りの姿だって言うのか……? だとしたら俺に手を差し伸べてくれたアイツは、(嘘……?)それでいて何故、俺だけしか心優莉のことを覚えていない? (これも死神か、もしくは天使であった心優莉本人の能力なのか?)
——頭の中はクエスチョンマークで溢れていた。心優莉のこと。死神のこと。自分自身のこと。どこから整理すればいいのか……。
そんなときだった。ふと俺を呼ぶ声がした。
「——好翔先輩、こんな所にいたんですね」
——絆愛だった。それは恐らく、今度は本物の




