05.「赤眼の死神—其の弐」
俺の前に突然現れた、死神と名を名乗ったその少年は『我が息子』と俺に向かって確かにそう、言った。
——俺は、死神の子供……? こんな俺よりも年下にしか見えないコイツが、親……?何がどういうわけなんだ。
「勘違いしないで欲しいのは、今の時点では君を殺さないと言うことだ。 この意味がわかるか?」
兎に角、コイツは自分の事情で話を進めている。俺が理解する間も儲けようともせずに着々と会話は、進んでいく。
「君の行動次第では、実の息子であろうが人間一匹殺すことに、何の躊躇もしないということさ」
「本当に……、本当に俺の中には死神の血が混じっているのか?」
「そうさ、僕としたことが、あろうことか、人間と交わるだなんてね。人間に憧れていたあの頃の僕は、少しどうかしていたみたいだ。」
「今も、何だがな。」とも言った。
人間に憧れていた……?
「だとしたらどうして俺の前から居なくなった……? 母さんは、どうしているんだよ?」
「お前の母さんは死んださ。」
母さんが亡くなったと言うことには、変わりようはないらしい。
「……お前が殺したのか?」
俺がそう問いただすと、——死神は少し口を開くことを躊躇しているようだった。
「天使に消されたんだ。」
「……て、天使?」
(死神がこうして目の前に現れたんだ。)天使がいたとしても驚きはしない。 だが、天使が人間を消すのか?
「僕の目的は天使に復讐することなのさ。存在する全ての天使を、この手で、殺す。」
「そんなことして、どうすんだよ。」
「死神なんて存在は、そもそも、無闇やたらと人を殺しなんてしないんだ。死んだ魂を霊界へ送りだす。ただ、それだけが僕の役目だった。こんな大きな鎌だって僕が天使の復讐のためだけに作ったものだし。」
「復讐……。」
「こうして、息子と再会できたことだ。簡単に昔話をしてやろう、まぁ、そのつもりでもあった訳だし。」
——と、俺の質問を全く無視したようにそう言うと、死神は勝手に唐突に藪から棒に、語り始めた。
◆◇
僕は様々な人間の魂を送りだし、色んな想いを残して旅立って行く魂を何千、何万と見てきた。
——無念を残して死んだ者や、幸せそうに死んで行ったもの。
様々な感情を残した、魂を見ているうちに、僕は次第に、人間に興味を持つようになったんだ。
そして僕は神の許可なくして、死神の役割を放棄して自由に地上を彷徨った。
僕のこの行動こそが全て悪い。それは僕が一番よくわかっている。まさに自業自得と言う言葉がぴったりだ。
人間の世界はこれまでにない刺激で溢れていた。 それは、勿論良くも悪くもだ。
当時の僕は、今みたいに来ている服は、血染めなんかではないし、肌も若干、体温を感じさせる色をしていたさ。
そんな僕は、世界中をこの足で歩き回った。俗に言う旅人みたいなことをしていたんだ。
そんな生活を繰り返し、気付いたらもうすっかり三年が経っていた。
僕にとっての三年なんか、体感、ほんの数日にすぎやしないがな。
そんな人間の世界にも、すっかり慣れて来た頃だった、——彼女と出会ったのは。
「俺の、母親か?」と話を割るよう、俺は入ると
「その通りだ」と死神は答えた。
「『優木 友花』それが君の母親の名前さ」と俺の母親の名前もその時、教えてくれた。
友花は、まだ十八の歳だったっけか。僕は、人間の世界に降りてから、日課のように河川敷で月を眺めていたんだ。そしたらある日、ある時、あの晩、その日から、僕の隣に、突然座ってきたのが、それが友花だった。
「隣いいかな? 月、好きなの?」
彼女の、口ぶりからしておそらく、僕を年下に思ったんだろう?
こんなガキっぽい見た目だが神によって創造された時点で授けられた容姿だ。神が変な介入をしない限り僕達、死神やら天使やらの姿が大きく変わることはない。
スケールをわかりやすくするならば、その時の友花は生まれたての言葉も知らない赤ん坊が、老人に上から話掛けてるようなもの、だ。
最初は特に何も返事はしなかった。それから友花は毎晩のように僕の隣に座ると一人言のように僕に話掛けてきた。
そんな日も長いこと続けば、いつしか僕も彼女に興味を持つようになった。
そもそも人間に興味を持って仕事放棄をして来たというのに人間と話たことがなかったなんて馬鹿馬鹿しい話だ。本末転倒も甚だしい。
「今日も月が綺麗だね〜 アカメくんもそう思うでしょ? 昨日は雨だった分、余計映えるってものですよ!」
「……アカメくんなんて名前じゃない」
「え?」
「だから、僕はアカメなんて名前じゃないってば」
「わぁ〜、やった!やっと声が聞けた‼︎ 思ったよりカッコいい声なんだね! でもまだ声変わりは来てないのかな?」
「……お前、陽気だな。」
「私は、ヨウキじゃなくてユ・ウ・キ!優木 友花って言うのよ! アカメくんは本当はなんて名前なの?」
「僕にオリジナルの名前なんて存在してないさ。死神という概念にすぎない。」
「死神‼︎ えぇ!嘘⁈ 本当に⁈ 」
「……あ、あぁ。」
「じゃあさ、じゃあさ!神様も本当にいるのかな⁈ 天使にもあってみたいな〜」
「人間のクセに僕の言うことを信じるのか?」
「なんで嘘だと思わなきゃいけないの?」
こんな人間がいたものか……と、僕は地上に来て一番驚いた。
——人間という生き物はオカルト的な事は愚か、実際に自らの目で見て、認知したものしか信じない。——非科学的なことは、とことん否定する生き物の筈だ。それを、こうも真に受ける人間が存在するなんて。
それからと言うもの、僕と友花は互いに理解を深めあった。——僕は死神で君は人間。——僕はこの世界に人間という概念が生まれたときから存在していて、——君は僕からしたら、——まだ生まれてもいないような存在であると。
ただ僕と友花は互いに惹かれ合っていたことも、認知していた。
「名字は仕方ないから私のにするとして、名前は優木 赤芽なんてどうかな? 」
「結局、アカメなのか。まぁ好きにすればいいさ」
「でもでもめは目玉の『目』じゃなくて芽生えるの『芽』なんだよ!って言うのもね——」
まさか、——この僕が人間に恋をする日が来るなんて、チリ程も想像したことなんてなかった。——そもそも死神にそんな感情が備わる筈がないんだ。死神は魂を霊界に送るだけの存在。必要以上の感情は要らないんだ。
人間に興味を持ち始めた時から、自分に疑問を感じていたのも事実だ。 そもそも自分に疑問を持つこと自体、死神にとってはおかしな話。
どうやら僕は十いる死神中でも、神にとっての失敗作なのかもしれない。
遥かな時の流れを経て、ようやく欠陥が判明したようだ。ほんの数千年前の僕に自我なんて殆どなかったのも事実だ。死神の仕事を全うする。それだけだった。
◇◆
「そして今から約十七年前の人間世界で言う四月十四日に優木 好翔。君が生まれたんだ」
「俺が……」
「君が生まれてから本の三ヶ月くらいのことだったかな、その時に天使が来たんだ。」
長いこと僕を探していたらしい。神ならば僕が人間以外に認識阻害を施していたとしてもほんの数分、いや、数秒で見つけれたはずさ。
それを踏まえると、どうやらまだ僕が死神の仕事をほっぽり出してふらふらしていることを知らされていないようだった。
僕らの前には、第八階級の大天使聖を先頭にボウリングのピンのように二十人程の天使が並び、迎えに来ていた。
「赤芽くん……、この人達って?」
「九番ですね。貴方を連れ帰りに参りました。」
口を開いたのは一番先頭に立つ大天使聖の一柱、「ミカエル」だった。
「僕には、優木赤芽って名前があるんだ。死神番号なんかで呼ぶんじゃない」
「随分と大口を叩くようになったもんですね。赤芽さん……ですか。」
「あいにく僕はもう、死神なんて概念はとっくに捨てたんでね。」
「天界に戻る気はないと仰るんですね?」
「四年も僕をほったらかしといて今更なんだってんだ」
「放って置いたわけではありませんよ。貴方にチャンスを与えていたんです。」
「チャンス……だと?」
「貴方が居なくなってから一月程で、すでに我々は神様のご指摘の元、貴方の行方を掴んでいました。ですが、自我を持つ死神なんて早々現れない。ですからしばらく様子を見ることにしたのです。」
「な、なんだと?」
「しかし貴方は一向に戻る気配もなく、人間の女性と楽しそうにしているではないですか。そして人間との間に子供まで作り出した。」
天使の表情が変わったのはその時だった。僕をまるで汚物を見るような目だった。少なくとも僕にはそう見えた。
「全ては貴方の妻、優木 友花がいけないのでしょう?彼女さえいなければ死神である貴方はすでに天界に戻って来ていたかもしれない。」
「彼女が居なくたって僕は二度と天界になんか帰らなかったさ……‼︎」
「はて、それは誠でしょうか? 神様はこう仰られました。『どんな手を使ってでも九番目を連れもどせ』と。まぁ、貴方が戻らなくても神様はそのうちに欠番を無くすべく、新しい九番目をお造りになさるのでしょうけど」
やめろ……。
「赤子は見逃して差し上げましょうか。一つの犠牲で貴方が帰るのならば。」
——ミカエルが手を前に差し出した瞬間だった。
——消えたんだ。僕の前から、友花がこの世から




