44.「好翔とアクラシエル—其の参」
言っていた。
イヴが他の死神から訊いた死神三番目の特徴は変わっていた、と。
「そう、死神三番目は、他の死神と違って唯一、感情を持っていた、持て余していた。」
「また、後付けの設定っすか?唯一感情を持ったのは赤芽だけだったと、俺は訊いていたのだが……?」
「事実なのだから、後付けも何もないよ。それに、優木 赤芽が唯一なのは、人間に憧れて役目を放棄し、『天使に対する復讐心で天使を刈り歩いていた』、ということが唯一なわけで、感情を持っていたこと自体、唯一とは言っていないだろう。」
言われてみれば確かにそうだったかもしれない。イヴにも唯一は赤芽ではないのかと、似たようなことをさっきも訊いたが、帰ってきた返事は今回も似たようなことだった。
「それに、優木 赤芽だけが喜怒哀楽を持った、だなんて一言も誰も言わなかったはずだよ?」
言われてみれば……。
俺の勝手な思い込みで、完全に勘違いだったのだ。
「それを踏まえた上で、だ。
死神三番目は、偶然なのか、優木 赤芽のように、当てられた数字の意味とは全く真逆の運命を辿ることとなった。辿っていった。」
「偶然なんて言っちゃいるけど、必然的だった、だなんてことないんですか?」
「現に優木 赤芽と同じような事例だからね。偶然という可能性の線は確かに薄くなる。だとして、仮に必然的に起こったことだとしたら、どうなのか」
赤芽に死神三番目。其々が与えられた数字の意とは全くの逆となる道を歩むこととなった。
「——世界の意向。僕が思うに、この一つの仮説で全ては丸く収まる。どんな複雑な事柄であれ単純な理由であれ、世界の意思がそうさせているのだとしたら、それが答えだからね。」
世界こそが全て、全知全能の神をも超える概念。
「どうして、」
「どうしてかって? 簡単なことだよ。
死神をこの世から完全に消し去るべく、世界が仕向けたのさ。優木 赤芽の場合、与えられた数字は九、本来ならば、死神としての役目を第一に真っ当出来たはずの彼だが、人間に恋い焦がれ、死神というものを捨てた。すでに世界の思う壺だったというわけだ」
「世界が死神を消し去る為として、まず赤芽を死神という存在から遠ざける為に、赤芽自身に、自ら死神の役目を捨て去せた、と?」
「ざっとそんな感じよ。死神をこの世界から除外する、ならば、その死神が死神でなくなれば、それはこの世界から死神が一人消えたとカウントしても間違ってはいないだろう?」
赤芽は死神を捨て、中身だけでも人間のようになった。
天使とのアレコレがあり、再び死神として生きるようになったが、本来の死神としての本業とは全く異なる、天使を刈り歩くことを行い、最終的には、代わりにイヴが生み出され、そして赤芽は地獄へと落ちた。
「確かに、死神としての赤芽は、俺が生まれるずっと前の時点で、終わっていたのかもしれない。けど」
「ふふ、でしょ。そして九のエンジェルナンバーの意味、終わりと始まり、もう一つ、死神としての優木 赤芽が終わり、そうじゃない優木 赤芽が始まった。こうも、捉えられるよね」
「……なるほどな。怖いくらいに良く出来てるんだな。そのエンジェルナンバーってのは。」
「そりゃぁ、僕ら天使が作った数字の概念だからね。幽界以上の魂世界の住人に限るけどね。人間までこの通り、数字に縛られた生き方をしてまった時には何より神様が面白がらないだろう」
そして同時に、人間としての個々の個性も無くなってしまう。
「て、ことは貴方達、天使様にも込められているんすか?」
「勿論だとも。天使の数は九千九百九十九いる。これは元ラビエル様をカウントしないで、の話だけれどね」
心優莉のラビエル席は今は、母さんだ。
「まぁ、どの天使が何番とかなんて、君を含め、人間にこそ教えるつもりはないけどね。まぁ、僕達自身で作った、君の言うスピリチュアルな概念だから、死神くらいにしか効果がどハマりしないのだけれど。一応、番号を付けといた方が何かと不便がなかったりするからさ、天使らにも割振られてるだけさ」
「自分達よりも、下の身分である死神がしそうな行動や、性格を把握するため、か。」
「ほう、流石、鋭いね!伊達に優木 赤芽の息子してないと言ってあげよう」
いや、いらん。
「なんて、長々とどうでも良いこと話といてアレだけれど、別にこんなエンジェルナンバーの話をしにきたわけじゃない」
「じゃあ、なんだよ?
あ、なんすか……」
赤芽やら、イヴやら、幽界の時のラビエル様だった心優莉にも言えることだが、皆んな、本題に行くまでに、余計なことを話過ぎだと思うのだが。
人間に未知の知識をひけらかしたいのか、何なのか。
「なぁに、難しい話じゃない」
と、声色は先程までと変わらぬ、おちゃらけたような感じでこそあったが、目付きが変わった。
只でさえ、糸目で、黒目が見えるか見えないかくらいの目幅ではあったが、先程までの笑顔は、違う種の笑顔に思えてしまうほどに
——「これ以上 僕らの世界に関わらない方がいいよ」
———⁈
不覚にも、鳥肌が立った。
その一瞬だけ、アクラシエルから笑顔が消え、その声の重みは、これまでとは全くの別人のようだった。
俺はこの瞬間、アクラシエルのそのたった一言で、何かを感じた。感じざるを得なかった。
それは決して、良いとは呼べないもので
「身を引くなら今のうちだ。只でさえ、君らはこの世界というものに、たかが人間風情の分際で、干渉しすぎているんだから」
「ち、ちょっと、わからねぇな?」
「言ったろ、これは忠告だって、何かの脅しでもなければ、これは君達のことを思っての言葉だ。」
「俺が、絆愛がこれからやろうとしていることを、アクラシエル様は、やめろ、そう言いたんすね」
「まぁ、父親が死神で、今でこそ母親が天使で、そして幼馴染までもが、天使。
周りがそんな立場だから、関わるな、というのも無理があるかもしれないが、君は優木 赤芽と再び出会うその前と同じように、何にも知らないように生きていけばいいんだよ。行運流水の生活をしていればなんてことないんだから」
自分の特異な身体能力を、何故こんなも馬鹿力なのかを、訳も分からずに過ごしてきた十七年間、しかし、心優莉が消失し、赤芽が俺の前に現れた。現れ、俺は己の正体を知った。
今でこそ、納得し、自分を何とか受け入れようともしている。けど、アクラシエルは、そんな俺に、以前のように何食わぬ顔で生きていけばいいと、そう発言した。
「んなもん、無理に決まってんじゃないすか。
自分が死神だと知っちまった以上、自分の周りで起きる、そういう類の事件には、首を突っ込まざるを得ない。」
アクラシエルは、そうか、と一言呟き
「取り敢えず、僕は忠告したからね。あとは君達次第だ。伝えたいことは伝えたし、僕はここらでお暇するよ」
再び、陽気な口調なアクラシエル。
こいつのことが分からない。コイツの真意が解らない。心優莉とは違う、ミカエル様とは違う、話していて、とてもじゃないが、天使には思えないのだ。
けど、だったら何なのか、と問われても、説明出来るわけでもない。
「元ラビエル様によろしく言っといて、それじゃあね、好翔くん」
アクラシエルは、屋台を閉め、そのまま空の方へと消えて行った。
「よろしく言っといてって……」
先程まで、まるで辺りからいなくなったかのように、静まり返り、気になることもなく、鴉雀無声だった蝉の声が、余計五月蝿く聞こえはじめた。
きっと、今鳴いている蝉の命が尽きれば、今年はもう、この五月蝿い蝉の音を聞くことも無くなるのだろう。
季節は巡る。それ即ち、歳をとる。一歳、また一歳と、一切止まることなく、季節が巡った分、俺は、俺達は歳を重ねる。俺の人生は誰のものでもない。指図されるべきものではない。
こんな人生だったけれど、まだ半分も生きていないけれど ——だったら、この先を有意義に過ごしていけばいいじゃないか。
どん底だった分、這い上がればいいじゃないか。
未来は、自分自身で決めるものだ。切り開くものだ。
一週間しか生きられない蝉だって、それは世間的にそう言われているが、それが一般常識だと認識されてしまっているだけで、それを崩せばいい。実際、自然界じゃ、一か月は優に生きていけるというじゃないか。
何が言いたいのか、
アクラシエルが何を言った所で、俺は自分のやりたいようにやるだけだ。
直接的に頼み込んだわけではないが、イヴが俺達に力になって欲しいと、同じ死神として、先代、初代死神九番目の実の息子である俺の元をわざわざ訪ねてきたんだ。
だったら、俺は助けになる。
言うなれば、イヴは、妹みたいな存在とも言えなくもないだろう。身内と言えるだろう。だから俺は、余計、放っておけない。
それだけだ。
俺は、一息つき、真っ青に、鮮やかな青に染まる夏空を、目を細め、眺めた。
「っていうか、かき氷、まだ買ってなかったんだけど。」




