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追憶の天使  作者: 小河 太郎
【一章】『みゆり≒天使』
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03,「出席簿」


「ん?心優莉?誰だよそいつ」


俺の質疑に対して望夢の応答は予想に反した。


「は?心優莉だよ、みゆり。変な冗談は今はいらねぇよ」


「冗談って……、このクラスに心優莉、なんて名前の子なんかいたか?」続く、望夢の顔は、冗談を言っているようにも嘘を付いているようにも見えなかった。割と真面目な時の表情だ。


「みゆりだぜ?深鈴 心優莉。」


「深鈴……。この学年全体でも、そんな苗字の奴聞いたこともねえけどな。」


望夢の奴は、一体何を考えているんだ?こんな変な冗談を言うような奴でもなかったはずだ。言ったとしても、すぐに顔にでるし、こんなしらを切り通したりもしない。


「俺の幼馴染で、このクラスにいる深鈴 心優莉だってば、お前もよく話してたろ?俺といつも一緒にいたんだからよ……。」


望夢は、相変わらずキョトンとした顔にうっすら戸惑った表情を浮かべている。


俺はつい、途端に焦ったような口ぶりになってしまった。


「——髪が長くて、——いつも左っ側の耳上で束ねてて、——無駄に明るい奴で、——少し天然で、——いつも笑顔で、——胸がでかくて、——勉強は出来ないくせにスポーツは意外とできる奴で、——誰にでも平等に接することができる子で……。」


———っ俺は何をムキになっているんだ……? (心優莉のことになると、こんなにもスラスラと言葉が出るものなのだろうか。)自分でも驚いていた。


「好翔、お前大丈夫か……? 」


悪い夢でも見ているんだろうか。ついそんな気に駆られた。


——冷静になれ、望夢がここまで冗談を貫き通すのなら、出席簿を確認すればいいだけのことじゃないか。——物理的証拠は、どんな場面においても必ずしも仮定を結論ずけてくれる。


「……お前、しばらく話かけんな」 と、俺はそんな望夢に無意識にも鋭く、冷たい視線を向けてしまっていた。


俺に対して心優莉の絡む冗談や、からかい行為は最も許せない。 望夢もそれは誰よりも知っているはずだ。そのことを知っていて、こんな冗談をついているのだとしたら、タチが悪すぎるとは、正にこの事ではあった。


ここは一旦、これ以上、望夢と話すのはやめておいた方が良さそうだ。そう判断する。


「話かけんなって……、おい、好翔、何処行くんだよ?」そんな望夢の呼びかけは、聴こえない。この際だから聴こえないフリをした。どんな理由であれ、しばらく望夢と会話することはしないだろう。俺のためにも。


「ちょ、優木くんっ……、授業中ですよ……」


教育実習生の山口がそう言いかけた。だが知ったこったない。


俺は教卓の上に置かれている書類を掻き分けて黒色の出席簿を手に取る。


「山口。怒るなら望夢……、黒川のことを怒れ。アイツがへんな冗談付きやがるから確かめるだけだ。」


「え、えぇと……」と困った様子の山口先生をよそに、よしとは出席簿を開くと“その名前”を探した。


◆◇


深鈴 心優莉(みすず みゆり)



深鈴 心優莉



—— 心優莉



……⁈



———ない。



名前がない。



『深鈴 心優莉』という名前が、その出席簿には一切書かれていなかった。



「……どういうことだよ。」俺は、戸惑いを隠しきれていないような声色で一人言のように、呟いていた。


「ゆ、優木くん……?」


俺や、望夢の名前は、ちゃんとある。そこには、あいうえお順に心優莉を除いたクラス全員分、二十九人分がしっかり記されていた。


そう、〝二十九人分〟


このクラスの人数は本来、三十人居なきゃおかしいのだ。


「三十人分ねえなんておかしいじゃねえかよ……。」戸惑いに従い、自然と独り言も増していた。


——本当に夢なのか?これは悪い夢なのか? そうだ。そうに違いない。


幼馴染の、クラスメートの、生徒の、名前が出席簿にすら記載されていないだなんて、普通に考えて馬鹿げている。


夢であって欲しいと言う思いに反して口は現実を口にしていた。


「夢じゃ……ないのか?」


夢なんかじゃないのは明らかだった。——俺はたしかに今、現実の世界にこうして立っている。 夢の中だという感覚なんか何一つもない。


案の定、頬を抓る、(自身のその人間紛いな馬鹿力を持ってしても、状況は変わらない。)


「よ、よくわからないけど授業中なんですから早く席に戻ってください……」注意しながらも俺のことを心配そうに見つめる山口をよそに、俺はよくわからない感情で、教卓から教室中に声を発していた。


「お前らっ‼︎ 深鈴 心優莉だっ‼︎ 知ってんだろ⁈ このクラス全員で俺のことをはめようとしてんだろ⁈ なぁっ⁈」


(はめようとしてるとか)、正直自分で言っておいて「何だよそれ」と思ってしまった。 誰が何のためにこんな回りくどい虐めをするのだろうか。それも、心優莉を巻き込んでまで、するようなことなのだろうか。


「ゆ、優木くん……?」

「深鈴?誰だよそれ」

「このクラスに優木以外で不登校なやつ、いないよな?」

「優木の奴どうしたんだ?めずらしく声をあらげて……」


こんなに声を荒げたのも『例の件』以来だろうか。

クラス中がざわめき、各々の小言がシンとなった教室の中で個々の台詞は、余計に響く。夏でもないのに蝉が孵化したかのように、扉の閉められた、狭い密室内には、立体音響を通り越したように、俺の耳の奥を、ひたすらに、その雑音が、振るわせた。


「お、落ち着いて優木くん……、とりあえず一旦保健室にでも」


「……俺を病人扱いすんな」だなんて、そうは言ってはみたが、今の俺は多分、誰から見ても情緒不安定なっ精神病でも患っている野郎にしか見えないのだろう。


この場合の()()()の意味合いは少しばかり変わるのだろうが。


教卓を前として横五列に並ぶ机の縦に六列、廊下側から三列目の後ろから二番目の席。そこがみゆりの今居るはずの席。


ただ、そこに心優莉の面影は、まるで感じさせなくなっていた。


いきなりこんな、漫画やアニメみたいなこと「ありえねえだろっ……」と、俺は、雑音に混じり誰にも聞こえることなくそんなことを言っていた。


———



(そうだ、ありえない。)



そう言うと俺は勢いのまま、勢いよく、教室を飛び出した。


廊下にドタバタと早足な足音を響かせて、今にも階段を踏み外してしまいそうな勢いで、一段、二段飛ばしに、踊り場を通り越して、一フロア下へと降りた。


「絆愛っ‼︎ 絆愛、いるか⁈」


「よ、好翔先輩⁈」


(絆愛は、いた……。)

一年B組一同の視線が俺を一点に見つめた。

不幸にもこの時間のこのクラスの担当は更年期ジジイのようだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「絆愛、少しいいか……?」


言いながら、絆愛のいる席に歩み寄っていく。


「い、いいわけないだろ⁈ 授業中だぞお前⁈」


三枝が怒鳴るが「少し黙ってろ」 と冷たい視線を向けてやると、さすがの更年期ジジイもおとなしくなってくれた。


「先輩、そんなに追い詰められたような顔して一体どうしたんですか……?」


絆愛の表情は、いつにも増して、俺のことを心配している。


「絆愛、お前は絶対に嘘や冗談なんて言わねえよな?」


「は、はい……?」


「……誓えよ」


「えぇ?まさか告白?」

「あれって優木先輩だよね?実はこの学校で一番喧嘩強いっていう」

「あの黒川先輩ですら従えてるみたいだぜ」


今日は、ガヤがよく飛び交う。


一つ下というだけでこうも、乳くさい。

今の俺なら、全員ぶっ飛ばしてしまいそうな程、情緒がコントロールできそうにないため、なるべく聞かないようにした。


(我ながら、何故こんなに荒ぶっているのだろうか。)はっと冷静になった時に随分と思い詰めるのだろう。


「絆愛、正直に話せよ。 お前に深鈴 心優莉って言う名前の一つ上の姉がいるよな?」


「……みゆり、お姉ちゃん」


「そ、そうだ‼︎ 心優莉だ、心優莉‼︎ やっぱ居んだろ? なっ?」


俺は、絆愛が言った『お姉ちゃん』と言う、その言葉に少しの希望を覚えた。


だか、そんなのは束の間だった。絆愛は、静かに口を開いた。


「私にお姉ちゃんなんて一度だって居たことないですけど……?」


口からでた言葉は肯定ではなく、否定だった。


「…は?」


実の妹ですら姉の存在を否定したのだ。


「正直に言えって言ってんだろっ⁈ なぁ⁈」


絆愛の両肩を握り、きっとおっかない顔をしているんだろうか。またしても声を荒げてしまった。


「で、ですから本当にお姉ちゃんなんて……」


本当に心優莉は、この世界から消えてなくなってしまったのだろうか……。


「なんで……、なんで心優莉なんだよ……。」


途端に魔が差したように身体が無意識に歩みだす。行き先は足取り次第だ。



この時のことはよく覚えていない。(絆愛の教室をどうやら後にしたようで、 気がついたら学校の屋上に立っていた)俺の足の到着点が、そこだった。



◇◆



そして俺は



そして俺は、何を思ってかその場から、飛び降りた。



——飛び降りていた。



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