36.「死神九番目」*
「お前、それ……、貰ったって?」
「そう言った。」
俺が、赤芽との戦いにおいて、最も苦戦を強いられた武器。そのものだった。
ただでさえ、赤芽の身長よりも大きかった鎌だと言うのに、死神少女が持つと、その大きさは更にも増して見えた。
「何してくれてんだよ、あのクソ親父……。」
「こんなものに、びびっているの? こう言ってはあれだけれど、私にとってこの鎌は、攻撃の幅を広げるためのものに過ぎない。先代の意思を引き継ぐ、そんな意味も込めて、私はこの大鎌と共に戦う。」
「攻撃の幅が広がるだけで、十分だろーが。」
「好翔先輩、戦うん、ですか?」
「やるしかねぇだろ。武器まで出されちまったんだ。逃げられっかよ。」
そもそも、逃げた所で、何だろうがな。
多分だけれど、死神少女はずっと俺達を殺すタイミングを伺っていた。伺いに来ていたのだろう。
あの日、六月に入った頃だったか、ふと、窓の外を眺めると、明らかに特徴的な格好をした銀髪の少女を見た。今になって思い出したが、あの時点で、コイツは、俺達を殺す気でいたに違いなかった。伺っていたのだろう。要するに、様子を、タイミングを。
だとしたら、今逃げ所で、絶対にまたコイツは、タイミングを見てやってくる。殺りにくる。
「それじゃあ、ルールの説明をするね。」
「ルール、ですか?」
「うん。ただ、戦うってのも、面白くないでしょ」
生死がかかっている戦いに、面白いも面白くないもないと思うのだが……。
「……ルールってどんなんだよ?」
「バトルフィールドは、この公園の範囲のみ。道路に出れば、場外負け。その時は大人しく、死ぬ。時間は無制限。先に死んだ方が負け。」
「特に捻りのねぇ、ルールだな。公園から出たら強制的に死ぬってか。お前にも通用すんだろうな?」
「勿論。私が持ちかけたのだもの。それに、私は、場外負けなんて馬鹿みたいな負け方、しないから。」
場外負けに置いてはかなりの自信があるみたいだった。
けれど、逆に考えれば、力で敵わなくとも、この公園から出しさえすれば、俺たちの勝ちってことになる。
「あとで、そんなルールを提案したこと、後悔することになんぜ?」
「ならない。私をナメすぎ。」
自分が負ける絵面なんか、これっぽっちもないようだ。
「絆愛、援護頼んだぞ。」
「はい」
絆愛は、俺から少し距離を置くように後ずさる。
「あの元ラビエル様が帰って来ないうちに、終わらせよ。」
「簡単には、負けねぇよ。」
ぶっちゃけ、勝つ自信なんて全くない。
寧ろ、赤芽との戦闘に於いて、勝てたという事実は、実力ではなく、殆どが運のようなものだったわけだ。
絆愛が、命がけでスキを作ろうとし、赤芽が上手いことその柵に乗ってくれた。引っかかってくれた。
そして俺は、身体的に一度が限界だっただろう一撃を、見事、赤芽の懐にお見舞いすることが出来た。
そう、運が良かったに過ぎない。
まさか、指輪の力に再び頼ることになるなんて、思ってもみなかった。そして、相手は、またしても死神。
正直、指輪の力を使いこなすための修行みたいなことなんか、全くしてこなかったのが現状だ。
こんな場面、想定していなかったのだから。
「そういや絆愛、そのライフル、弾は十分に補充されてんのか?」
「残念ながら、フルだと三十発なんですが、まだ十発分しか弾が無くて……。」
たったの十発……。
あの時、赤芽と戦った時、ライフルの弾数は残り僅かに二発だったという。絆愛が底をつく前に動きを見せたおかげで、全弾使わずしてケリがついたわけではあったのだが、絆愛のライフル、本人呼称で言うならば、後方支援型損傷治癒アサルトライフルは、どうやら完璧なアイテムとまではいかなかったようだ。
銃弾が体に命中すれば、どんな傷も痛みも治ってしまう、そんな上手い話でこそあるアイテムではあったが、どうやら、弾の回復に相当の時間を要するようだ。
一年。それが死呪聖守の指輪により設定された装弾数、三十弾が完全に補完されるまでの時間。そして何より、自己治癒専用の小型拳銃は、たった一発に同じく一年を要するようで、当分の間は、赤芽との戦いの時のようなことを絆愛は出来ないし、してはいけないということになるのだ。
にしても、あれから約三ヶ月で、たったの十発とは、中々のペースだな。
「俺が本当にやばい時にだけで構わねぇから、無駄遣いはすんじゃねぇぞ。後は見守ってろ。」
「は、はい!好翔先輩」
「私が、物理的な力を持たないあの女の子に、手を出さないとは限らないからね。あの子も守りつつ、だよ?」
全く容赦しない気か。
「あんなチビ助の一人や二人くらい、庇いながら戦えなけりゃ、先輩として失格だよ。」
この場ばかりは、チビ呼ばわりされたにも関わらず、いつものような絆愛からの反論はなかった。
「それじゃ、お互い、戦闘配置についたみたいだし、始めましょうか。」
公園の広さは、視認で大体、七十メートル×五十メートル程の、狭くはないが広いとも呼べないような敷地面積だ。狭い方、か。
先程も述べたように、この公園の中心には噴水があり、その裏に潜むように絆愛が構え、俺はその噴水を背に、公園の入り口横の、俺たちが先程まで座っていた、死神少女も座っていた、ベンチの上を、今度は立ち上がっている死神少女がいる。
死神少女との距離は五メートルもない。
「そういや、こんな所で戦いなんかして、人目は避けられないんじゃねぇか?」
「大丈夫だよ。私は、他の死神と違って、何もかもが、優れているからね。先代みたいにわざわざ人目の付かない場所に行かなくとも、日常的に認識阻害くらい出来る、から。」
あんなに慕っていた赤芽を軽くディスりやがった。
けど、それなら、同級生やら知り合いに目撃されるようなこともなくて済むみたいだ。
意外と気配りは出来る奴なのだろうか。本来の死神と言うものは。
「何より、元ラビエル様が戻って来る時間稼ぎにもなるし、貴方達の死体が散乱している所なんか見られたら大変でしょう?」
ではなかった。
「……あくまで俺らが、殺される前提かのかよ」
「あの雪が地面に着いたら始めよ。」
あの雪。どの雪のことを指しているのか、全く分からなかったため、死神少女がその場から動き出すタイミングを伺うことだけに神経を張り巡らせる。
微かにベンチの軋む音がする。
死神少女の厚底なブーツのかかとがほんの少し浮き上がる。
死神少女はそのまま、やや前傾姿勢をとる。
いくらかの雪が落ちた。
——落ちた。
「初手を防ぐだなんて、先ずは期待通り、かな。」
「ちょっと意外そうな顔してっけど?」
「嘘。私に表情はない。」
確かに。
「あのクソ親父に散々と言わんばかりに、この手の攻撃はされて来たからな。防げなきゃ。経験則だ。」
雪が落ちるや、すぐ様、獲物を捕らえたハヤブサの様に勢いよく、振り絞った脚力で、俺に直進して来た。
振ってきた右拳を俺は左手で防御した。
左手に握り直したあの忌々しい大鎌にも注意は、しとかないとな。
「経験則、ね。でも、これは経験したことなかったでしょ?」
「?」
「好翔先輩!ダメ、離れてください!」
絆愛が気づいたように遠方から指摘する。
その声を聞き、俺もすぐに理解した。
「……やべっ⁈」
俺は、左腕を強く振り、死神少女を振り払い、少し、後ずさんだ。
「手答え無し。案外、臨機応変なのね。さすがは、あの先代のお子さん。」
凍った。
左手の手の平から人差し指なかけて、俺の手は内側から凍っていた。
「好翔先輩、大丈夫ですか⁈」
「あ、あぁ、少し手が凍っただけだ。まだ治癒はいらねぇ。」
「強がりね。あと五分もすれば、そんな強がりも言えなくてなるよ。」
死神少女は、言った。そして、その無機質な声色で、人形のような眼差しで、片目真っ赤に云った。
「文字通り、口も開けないくらい、凍らせてあげるから。」




