34.「炎天下の不条理」
「そうか、放課後っつっても、始業式だけだったから、まだ昼過ぎなんだよな。」
「うん!美味しいね〜、かき氷はやっぱりブルーハワイだよ!」
「私は、やっぱりイチゴかな」
全く訊く気なし!
本当、二人だけでUFO呼んで、二人だけでかき氷食べてろよ。
公園の、二つある入り口の道路の広い側に佇んでいた、屋台氷屋。屋台と言っても、昭和臭いリヤカーやら、ワゴンではなく、キッチンカーだった。まだ、この歳ではあるにしろ、時代を感じるものではあった。
それを三人で、一つずつ購入。一杯百円というお手頃価格な上にシロップは選び放題、かけ放題というサービス精神たっぷりな屋台だった。
そうして、入り口から一番近い横長のベンチに左から、絆愛、心優莉、俺、と座っていた。
「小豆氷も美味しいぜ。」
「お姉ちゃん、一口ちょうだい!」
「良いよ〜、私も一口貰っちゃう!」
俺のも、貰ってくれ!
(せめて、返事しろよ。)
小豆は今時JKには、渋いチョイスだったのだろうか。俺は割と好きなんだけど。
花咲公園という、この公園の名前を示す標識が立てられてはいたが、別に、花が咲いている様子はない。まず、花壇が、殆どない時点で、花が咲く気は全くないのだろう。夏花がないから、と、言うわけでもなさそうだ。おそらく、持ち主の名前か何かなんだろう。遊具もブランコと像を模した滑り台のみ、ただ、花壇の代わりに、と言ってはアレだが、公園の中心には、噴水があった。 そこは、花壇であれよ、とは思った。と、俺は、二人楽しむ姉妹を横目に、一人でそんなことを考えるだけだった。
何で、俺、いきなりこんなぼっち感出てんだ?正直、この二人に見捨てられたら、——俺、やっていけないのだが。
「ふふ、もういいか」
心優莉が、唐突に笑いだすと、絆愛に向けていたその顔を、こちらに振り向く。
「どうだった?好翔!」
「ど、どうって、何が?」
「好翔先輩が、ちゃんとUFO呼ぶ儀式をしてくれなかったので、私とお姉ちゃんで、好翔先輩をいじめちゃおう!って感じで、シカトしてみたのですよ。」
シカトしてみたのですよ。じゃねぇよ!
うわ、タチ悪……。この二人にまさか、こんなことされる日が来るだなんて。心優莉が共犯とは言え、こんなことをするのは、珍しいかもしれないし。
「いつも好翔に言われてばかりだからね!それも込めての仕返し、みたいな」
えへへ、じゃねぇよ。
「好翔が、私ときぃちゃんに構われなくなっちゃっうのが、一番嫌だってのは、五月の一件で立証されたからね!」
知っててとか、タチ悪……。まぁ、知ってて当然の案件なのは、隠しようがないのだけれど。
「提案したのは、私なんですけれどね。いつも好翔先輩にからかわれていたと言うこともあったので、ほんの仕返しも込めて、と言いますか」
だろうな。絆愛からなのは、薄々感づいてはいたが。
こんな言い方をしてしまうと、絆愛に腹黒疑惑が立ってしまいそうなので、一応訂正しておくならば、あくまでも純粋に、なのだろう。見た目もだが、基本的に姉に似ているのだから、正確もまた、裏表なく無邪気なのだ。絆愛が心優莉にも負けて劣らず、人のことを思いやれることは、それこそ五月の一件で、十分にわかったことだ。
「好翔、ゴメンね、怒らないでよ!ほら、私のかき氷あげるから!」
言うと、心優莉は、自身のスプーンに一口分のかき氷をのせて、俺の口に突っ込んだ。
「好翔先輩、私のもあげます!」
絆愛まで、かき氷を自身のスプーンですくい、俺の口に突っ込んだ。
イチゴとブルーハワイの香りが混ざり合う。
「二人して、続けざまに俺の口にかき氷を放り込むな……!」
あ、ていうか、これ、間接キスだ。
絆愛はそこまでだが、心優莉も、と、なると少々意識してしまった。
「ねぇ、水風船やらない?昔よくやったでしょ?三人でやったことはなかったし、こんなにも暑いわけだし、楽しそうでしょ!」
「唐突だな。突然すぎだな。」
心優莉自身、もう、自分が天使であること忘れてんじゃないかとすら思えてしまう。昔からのノリ、そのままなのだ。肉体と魂が馴染まないから、と言っていたが、馴染まなすぎだろ、と言ってやりたい。
「それじゃぁ、私、買ってきましょうか?」
「大丈夫!ここは、言い出しっぺであり、姉であり、元ラビエル・ユリシオンである私が馳せ参じよう!」
(自覚は、あったようだ。)
てか、なんだよその口調。
「すぐ、戻ってくるから〜!」
走り出すや、そんな言葉が距離を感じさせつつ投げかけられ「おーう。」と、俺はとりあえず返事をする。
先程までとは、違う雰囲気になった。真っ青な空に真っ赤な太陽、心優莉に変わってか、蝉の声がより一層その五月蝿さを増した気さえした。
「好翔先輩、お姉ちゃんのこと、どう思いますか?」
「どうって?」
絆愛は、真ん中の空いたベンチ、心優莉の分を詰めることなく、そんな夏空を見上げて問うた。
「私は、良かったなって思っているのですが、—–その、なんと言いますか、お姉ちゃんが帰ってきてくれたのは、本当に嬉しかったのですが、天使だった頃の記憶を取り戻して、と、なると、これまでのお姉ちゃんとは、変わっちゃうんじゃないかって」
俺と、二人きりになった絆愛は、俺のよく知る、少し大人しめな奴に戻っていた。(姉の前だと、大分明るい方だよな、本当。)
「なるほどな、——それは、俺も少しは思ったさ。いくら元ラビエル・ユリシオンだった頃も、どの天使よりも天使らしい、無邪気な天使だったとはいえ、知識量と経験量がまるで違う。しかも、上から俺達、人間のことを見守っていた存在だ。」
だから、——心優莉は変わってしまうと思っていた。
純粋に人間だった頃の心優莉と、純粋に天使だった頃の記憶のあるようになった心優莉。どちらも、本人が言ったように、内面的、性格的には殆ど同じような人柄だったとしても、この世界に存在していた時間という振り幅がもはや、違うのだ。
実際に、俺と絆愛が、幽界に迷い込んだあの時ですら、表向きではいつもの心優莉でさえあったが、内にある知識と、どこか落ち着いた雰囲気は、確かに、感じていたのだから。
「でも、何にも、変わらなかったな。寧ろ前よりも抜けた性格になったんじゃないかって、心なしか、思うよ。」
「はい、前よりももっと、明るくなった気はしますよね。元々十分なくらいでしたが、前よりも、更に、周りを笑顔にさせてくれるような、そんなお姉ちゃんになった気がします!」
——良い意味で、人間味がなくなった、と言えるのだろうか。
五月の一件以前の心優莉は、確かに俺に、クラスメイトや、はたまた先生達にまで、あの笑顔を向けていた。
そして、自分が天使だったことを思い出し、使命を憶い出した今の心優莉は、これまでにも増して、その相手にまるで分け与えるように、いつも笑顔を向けていた。それは、——誰にも平等で見下しもせず、見上げもせず、良くも悪くも、今も、昔も平等だった。
心優莉が、あんなにも天真爛漫で、無垢で、無邪気で、明るくいたのは、天使だったから。この一言で説明がつくものだ。
人間なんて、中を開けば、誰しも、醜い一面があるのだろう。けれど、——心優莉はそうではないのだ。そして、それは、自分を憶い出してより一層、確実なものとした。
「今、ばっかりは、大分暑苦しいなぁ、とは思うけどな。現状においては、天使なら、それなりに落ち着いてくれても、良いんだけど。」
「お姉ちゃんですからね!」
絆愛は、俺の前ではすっかり心優莉にも負けない笑顔を見せるようになった。けれど、やはり何処か控えめなのが、絆愛らしい。
多分、絆愛もあんな姉の妹なわけだから、中を開いても、真っ白なのだろうな。なんて勝手に思ったりした。
「全く、どこかの川が黒くなるこを望んでいるような名前の奴とは、大違いだよな。アイツの腹ん中は、多分、真っ黒だぜ?」
「黒川先輩は、……ううん、確かに、そうかもしれないですけど。」
(お前だけは、否定してやらないと、望夢はもう、弁解の余地がないから否定してやってくれ。)
「ん?好翔先輩、今、私かよそ見したのを良いことに、かき氷、飛ばしましたね?」
「俺が、そんな地味な嫌がらせするかよ。」
絆愛は、俺の手元にある空のカップを見るや、おかしいな、というような表情をした。
「確かに、ほっぺに冷たい感触があったんですけれど……」
「気のせいだろ。暑さのあまり、冷たさを求める欲求がそう錯覚させたんだろ。」
なんて、言ってはみたが、不意に、俺の鼻にも、そんな感触を感じた。
絆愛も、完食済み。
「好翔先輩、やっぱり、気のせいじゃないですよ!とても冷たいものが、素肌にぽつぽつと!」
ぽつぽつ、確かに俺も、段々と感じはじめていた。
——ぽつぽつ
俺は、空を見上げた。
「なぁ、絆愛、今は夏、だよな?九月の一日、だよな?」
「何言ってるんですか?好翔先輩」
そう言うと、絆愛も俺と同じように空を見上げた。
「好翔先輩。」
「な?ありえねぇだろ?」
東の空から風に乗って流れてくる黒い雲が、それを運んできたのだろう。太陽も段々と隠れていく。ただ、気温は相変わらずの暑さである。
暑さである。
—–はずなのだ。
俺と、絆愛が見た光景。
それは、UFOでも宇宙人でもなければ、この季節には絶対にあり得ない、この暑さでは、絶対にあり得ないものだった。
——雪




