30.「一期一会—其の参」
———?!
「お姉ちゃん⁈」
「み、心優莉⁈」
背後から、俺と絆愛を手繰り寄せるように、抱きかかってきたのは、他でもない。まさしく天使に戻ったはずの深鈴 心優莉、その人だった。
「また、会えたよ……!」
「泣くか笑うかどっかにしろよ……!て、てゆーか、そんな濡れた顔で頬ずりすんなっ!」
「お、お姉ちゃんどうして、ここに?」
「そこにいる、現ラビエル様のおかげなんだよ!」
「か、母さんの?」
「ふふ、好翔には、その子が何よりも必要でしょ?だから、私達でどうにかして、人間のままでいさせてあげようと思って、ミカエル様やアウリエル様やジブリール様に協力して貰ったんだ!」
母さんは、とても楽しそうだった。
どうやら、四大天使聖様が揃い踏みで天使を人間に戻してくれたようだ。
(てか、あのチャラ神はどうした……?)
そんな俺の疑問は、そっと胸の奥にしまった。
「好翔も、ラビエル様も、お互い一緒にいられることを何よりも望んでいたはずでしょ?だから、頑張ったんだよ!元通りの肉体を作って魂を移してって結構大変だったんだよ」
「えへへ」と笑いながらも誇らしげに話す、母さんはやはり、何処か心優莉に通づる何かがあった。いや、ただ話し方や明るい感じが似ているだけなのか。それとも。
「これまた、友花らしいことを。どこまでお人好しなんだよ、本当に」
死神が、呟くように言うと母さんは、少しばかりムッとして 「元はと言えば、赤芽くんが、好翔の大事にしてた子を殺しちゃったのが悪いんでしょうが!全く」そう言った、母さんと死神は、新郎新婦が軽く、痴話喧嘩するような光景だった。
こんな光景こそが、俺が生まれる前の様子、そのものなのだろうかと、とても幸せそうだった。
「どっちみち、私がまた天使に戻っても、今のラビエルは友花さんだからね。どうやら私がまたラビエルに戻れば、折角、今のラビエルになれた友花さんが、格下げになっちゃうみたいだったし」
現ラビエルである母さんと、元ラビエルである心優莉。
心優莉が、あのまま天使に戻っていれば、心優莉は再びラビエルに戻り、母さんは別の天使としてラビエルの名を心優莉に返すことになるのだと言う。天使界も厳しい世界なのだな。
(と、いうか、やはり優先順位は心優莉なのか。)
「私には、ラビエルなんて大層なもの全然合わないから、それは全く構わなかったんだけど、何よりも、好翔や絆愛ちゃんや、ラビエル様が気の毒で……、だから、なんとかラビエル様をまた人間に……」
母さんは、少しだけ俯きがちだ。
「今の私はもう、『深鈴 心優莉』ですよ。ラビエルはあなたです!」
そんな母さんに心優莉は、元気を分け与えるかのようにキッパリとそう言い放った。
「そ、そうでした。ラビ……、心優莉様が、また天界に戻って来るまでは、ラビエル・セラニエムとして、しっかりと勤めさせて頂きます!」
母さんの気合いも増し増しだった。流石は前ラビエル様だ。「『様』は堅苦しいから『ちゃん』でいいよ〜、今は貴方の方が断然偉いんだから!」なんて、心優莉は友達と会話するかの様だった。
これでも、俺の母親なんだが……。
てか、『貴方の方が偉いんだから』とか言いながらその態度なのか。
心優莉の次期役を、母さんが務めるだなんて、そもそもが不思議な感覚だ。母さんが心優莉に敬語な時点で、全く持って不思議だ。心優莉が敬語を使われるような人だと言うこと自体、不思議だ。言うなれば、心優莉という存在そのものが、もはや、不思議だ。
「そういや、会話してる感じだと、今のお前には、天使の頃の記憶があるのか?」
俺は気づいたように心優莉に問いかけた。
「うん!今度はミカエル様に、ちゃんとした詠唱をかけてもらったからね!記憶もそのままだし、皆々様のおかげで、赤ん坊からじゃなくて、ちゃんと、セーブポイントからのリスタート!深鈴 心優莉、その人であります‼︎」
そのノリは、俺のよく知る、心優莉だった。
てか、中身が戻ってこれなのか……? 心優莉は、やはり、はるか前世、昔から変わらずに、こんなような性格だったのだと、俺は確証した。
「つーかもう、ミカエル様を直ぐにでも神にした方がいいんじゃねぇの……?」
神に最も近い天使と、さっき天使の誰かが言っていたが、今までの話しを聞いた限りだと、圧倒的にミカエル様が神に向いているのは歴然だった。
「それに関しては、僕も一理ありだ。」
死神も、こればかりは、首を縦に振った。
「いくらミカエル様とはいえ、神様に一番近い天使ってだけで、神様には敵わないからね。唯一、代替えを用意することの出来ない存在にして、この世の全ての創造主、全知全能を司る概念にして我意な存在。それが神様ってお方なのだよ」
「待て、最後悪口入ってたぞ?」
我意にしてチャラ男ナルシスト。神はやはり、ろくな人物ではないのだろう。
「さて、それじゃあ、私達もそろそろ行こうか、赤芽くん」
話に一区切りつくや、母さんは立ち上がった。
「あぁ、」
死神は、地獄に行くと言うのに嫌な顔一つせずに、母さんの言葉を聞き入れると、母さんに支えられながら同様に立ち上がる。
「もう、行っちまうのか?」
「私達が、これ以上地上にいる理由はもうないからね。何よりここは人間、人々の世界だから」
人間……か。
俺は、純粋な〝人間〟ではない。
「俺は……、人間ってことでいいのかよ?」
俺は自分が死神だと知る以前から、ずっと抱いていた自分自身への疑問をぶつけていた。
「好翔は、十分に立派な人間。母さんが言うんだから間違いない!」
「私も、好翔先輩は、誰よりも、人間だと思いますよ?お姉ちゃんに対しての異常なまでの、前向きな想いは人間にしか備わらないです」
「好翔は好翔だからね!人間じゃなかったら何なのさ〜って感じだよ。勿論、事実上は半分死神でも、好翔が思う分だけ、貴方は人間になれる。貴方は貴方、だよ?」
そんな俺の言葉に、母さんに絆愛、そして心優莉は、全く悩むことなく、即答だった。
半分、死神であるこの俺は、本当に人間として、このまま生きていけるのだろうか。今でこそ心優莉に貰った指輪のおかげで、絆愛が近くにいる時だけは、下手に馬鹿力を出さずに済むのだろうけど、それは、絆愛有ってのことだ。
「でも、俺は——」
「たしかに、君は僕の血を引く、実の死神の子だ。でもな、息子。君は人間以上死神未満だってことを忘れるなよ? 人間よりも、肉体的に勝りはしても、死神には負けて劣る。その事実は覆らない。」
少々食い気味に、俺が話し終えるのを待たずして、死神はそんなことを言い掛けた。
「な、何が言いてぇんだよ?」
「ふふ、精々、その人間離れした身体能力を有効に使えってことだよ。プロレスラーなんか目指したら負けなしだよ?きっと」
「ば、馬鹿にしてんのかよ。それこそ不良の天辺なんか取っちまってるけど、俺は暴力で誰よりも上に立つなんて、望んじゃいねぇ。」
「本当にもったいない。ガキの中だけで威張っていても、将来何の役にも立たないだろう。まぁ、だったら精々、その力を善意に向けたらどうだ?」
「スーパーマンにでもなれと……?」
「ふふ、悪くない発想だ。それも良きだろう。人間いたるところ青山あり、だ。」
嘲笑っていない。普通の笑みだった。
「ま、僕みたいに、折角の〝強さ〟を悪用しないことだな。地獄に落ちたくなかったらね。——まぁ、将来、君が地獄に来た時は、僕がみっちりこき使ってやるんだけど。」
「絶対ゴメンだ。少なくとも生まれ変わりくらい出来るよう、生きるさ。」
「僕が、人間に興味を持ったばかりに、君にはこれまでの人生、丸々迷惑をかけてしまった。だから、これからは、良い人生にしてくれ。肉体的には、死神に劣っていたとしても、死神にはない人間特有の喜怒哀楽を、君は持ち合わせているんだからな。」
死神が俺に向けて言ったその言葉は、初めて向けられた、父親らしい言葉だった。
「お前に言われなくても、そうしてやるさ。お前に至っては、喜怒哀楽ありまくりだけどな。」
「ふふ、かもね」
そして俺は、——もう二度と言えないであろう、言う機会すらないであろう、ずっと言うことさえ出来なかったそんな言葉を、両親である二人に云うことにした。
せめてもの、親孝行。
「それと、……俺をこの世界に生んでくれて、今でこそ感謝はしてる。あんな人生だったけど、生まれさえしなきゃ、じゃなきゃ、心優莉にも絆愛にも、出会えなかった。その、——ありがとな。母さん、親父。」
物心着いたときには、両親の顔さえ知らず、小一の頃のあの一件以来、人間関係はずっと上手くいかなくて、自暴自棄になって気づいたら不良の天辺取ってて、それでも不良中でさえ仲間なんて呼べる奴はいなくて、けど、ずっと心優莉が、支えてくれていた。そして今は心優莉と同じくらいに、十分に支えてくれた、絆愛もいる。
俺は、この姉妹がいなかったら本当にどうなってたんだろうな。そう思うと、自分がどうにも情けなくて。
「ふふ、こちらこそ、私達の子供に生まれてきてくれて、ありがとう、好翔!貴方とは、本当に少しの間しか過ごせなかったけど、掛け替えのない時間だったよ。何より、これからもずっと見守ってるから!」
「最後まで、生意気な口ききやがって。僕も地の底からいつでも君が来るのを待っているよ。息子。」
そんな二人の顔は、とにかく、幸せそうだった。この数分だけの間だけは、何処にでもいるような微笑ましい『家族』でいられたようだった。母親は頭に輪っか浮かべて羽生やして、父親は真っ赤な目に大きな鎌を抱えて、その時点で普通とは、呼べないのかもしれないが。
けど、それでも、俺にとっては、掛け替えのない両親なんだ。
「一期一会という言葉がある。精々、これからは、大切な幼馴染を僕なんかに殺されないよう、大切にするんだな。」
死神は、最後の最後まで、俺を嘲笑った。けれども、その真っ赤な瞳には、これまでにはない、温かみすら感じた。
昨日の敵は今日の友、ならぬ昨日の敵は今日の父、かな。
母さんだけが一礼すると、終始、笑顔を浮かべたままで、そのまま振り向き、歩くように何処かに消えていった。
——終わったのだ。
廃ビルは、さっきまでの激しい戦闘の緊張感や、天使らの見る影も淋しく、沈みつつある太陽が全ての終わりを告げるかのようだった。
「帰りましょ、好翔先輩」
「帰ろ、好翔」
「あぁ、帰ろう。」
俺は、取り戻したんだ。それでも良かったような日々を——
「良かったね、明日は日曜日で!二人とも疲れたでしょ」
「そうか、幽界にいた時は四日も意識失ってたんだったか。全く、疲れたの域を越えてるぜ……。明日は、俺はもう、家から出ねぇ。」
——俺は、取り戻したんだ。大切な幼馴染を




