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追憶の天使  作者: 小河 太郎
【一章】『みゆり≒天使』
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29.「一期一会—其の弐」


「久しぶりだね、——赤芽くん」


「あれが……、母さん?でも……」


他の天使同様に、頭に輪っかを浮かばせ、翼こそ生えてはいたが、その姿を見るや、死神はこう言った。


「とも……か。間違いない、友花だ……」


あの人が、俺の、母親……。


セミロングのストレートな髪を揺らすその姿は、とても若い女性の姿だった。年齢は見た目から察するに二十歳前後と言った所だろうか。どちらかと言うと、童顔で、同い年と言われても違和感はない。

曰く、天使になった時点で魂含め、見た目の年齢が固定されたのだとか。


しかし、何故だろう。

不覚にも、何故だか俺は、一瞬、母さんを心優莉と錯覚してしまったのだ。


◆◇◇


「立てる?赤芽くん」


母さんは、死神の方へと歩み寄り、ずっと仰向けに寝ていた死神を起こしてやると、死神も、残りの気力を振り絞り、なんとかあぐらで座り込んだ。


「友花、ずっと会いたかったんだ……」


「うん、 私も……。私の勝手な判断で消えちゃうフリなんかして本当にゴメンね。でも、そうしないと、赤芽くんが消されちゃうなんて言われちゃったから……」


そんな言葉をかける母さんに、死神の表情はとても柔らかく、これまでの様な狂気染みた顔が、まるで嘘のようだった。


「もう、いいよ。この世界に居てくれただけで、僕は良かった。」


その時、ふと、母さんと目が合った。


「好翔、大きくなったね。うん!やっぱりお父さん似だ!ふふ。好翔にも随分迷惑掛けちゃったね。我が子をずっと放って置くなんて、母親失格だよ、私は」


「そんなことねぇよ。母さんは大切な人の為に、天使であることを決めたんだ。」


死神の体を支えながら、俺の方をじっと見つめて来ると、母さんはそう言った。正直、母親なんていう自覚なんかなかったけれど、妙に懐かしくて、胸の奥にじんわりと来るものがあった。


アクラシエルは口を開き 「ま、優木 友花のせっかくの行動も結局は、うまく行かずに、逆に九番目を刺激することになってしまったのだけれどね。

こちらの計算ミスだ。てっきり、気を落として大人しく帰るとばかり、思っていたからね。」と、陽気な態度で言った。


「僕を舐めすぎだ、アクラシエル。にしても、たかが、第七階級の似非(えせ)天使が出しゃばり過ぎじゃないか?」


「誰に口聞いてるんだい? 曲がりなりにも〝第七階級の大天使〟だ。たかが死神、それも、もはやただの人間に成り下がったような奴に言われる筋合いはない。」


あのアクラシエルという奴は一体、どういう奴なんだろうか。他の第七階級の天使とは違い、ミカエルのような第八階級の風格も感じられる。

死神が発した、〝似非天使〟という台詞が少しばかり、気になる所ではあったが、今はそっと頭の片隅に置くだけだった。


「お辞めなさい、アクラシエル。赤芽くんにそれ以上言うことは、私が許しません。」


今度は母さんが口を開き、第七階級のアクラシエルに対して、命令するように死神への中傷を止めるよう云った。


「全く、僕らよりもずっとずっと後輩だってのに、天使になった途端、早々に第八階級を任されたものだから……。

地位って言うのは、どうも嫌いだ。部長とアルバイト生の関係性だったのにも関わらず、気づいたら部長と社長の関係になっていたようなものかね。君こそ、何の功績も残していなかったと言うのに。———()()()()



ん、今、なんて?



「ラ、ラビエル……だと?母さんが……?」


聞き間違い、ではない。確かにアクラシエルは母さんのことを『ラビエル』と、そう呼んだ。


絆愛も、疑問をぶつけるように「ラビエルってお姉ちゃんじゃないんですか?」と問うた。


「友花が……、第八階級の大天使聖、ラビエル……?」


死神も、わかりやすく驚いていた。


死神を含め、驚きを隠せない俺達に向け、ミカエルが補足するように話出した。


「時期的にも素質的にもピッタリだったんですよ。前ラビエル。『ラビエル・ユリシオン』が人間となる事を決め、転生した時がちょうど我々が九番目を見つけ、地上を訪ねた日の十日程前だったのです。」


「純粋で無邪気で明るい感じが正に前ラビエルにそっくりだったんだ。神様も直ぐにお決めになられたのさ。僕は大反対だったけどね。いきなり天使の頂点、だなんて、おかしな話だよ」


「全く」と、呆れるように言葉を添えアクラシエルも述べた。


時系列を整理するならば、心優莉は、その日生まれる赤ん坊に直接転生したようなことも言っていた。心優莉の誕生日は七月十六日。その十日後に、七月二十六日に天使達は地上に降り、死神を連れ戻しに行った。そしてそこで母さんをスカウトした。

俺の誕生日は四月の十四日。となると、母さんや死神とは、本当に三ヶ月ほどの付き合いだったんだな。


「ラビエル・セラニエム、それが今の私の名前なんだよ。」


母さんは、自分の天使名を名乗った。


通りで心優莉と似たような気配を感じたわけだ。確かに、話し方や声色も、何処と無く心優莉と似てなくもない。だが、そんなものではない。俺が感じたのは、心優莉が、俺たちを幽界から送り出してくれた際に感じた気と、全く酷似していたようだったのだ。


「心優莉が、第八階級になるまで、すげー苦労したらしいってのに、母さんは天使に成り立てで、天使のてっぺんに上り詰めたってのか……」


「何もかもが、イレギュラーでしたよ。我々も最初は第三階級くらいは考えてましたよ。こちらの勝手な都合で天使になって貰うことになったわけですし。ただ、次期ラビエルの最有力候補もなかなか現れず、そんな時に優木 友花を見て、ピンと来たのです。」


ミカエルの話に毒を吐くように俺は「天界の天使も駄目駄目じゃねぇかよ。」なんてことを言った。


「前ラビエルも、現ラビエルも、共通しているものが、あるのです。それは、純粋さ。天使の中でも特に必要とされるものです。天使だって、根っからの純粋無垢な者は、早々にいないものなのですよ。友花さんは、人間にも関わらず、堕天の可能性を何一つ、感じさせなかった。それだけで、十分にラビエルの資格は、あったのです。」


成る程な。最高位にして、堕天使になんかなられた時には、とんだ大迷惑で汚名な話なのだろう。

そう考えると、本当に心優莉は、天使の頃から、裏表のない、純粋な性格だったんだな。


「感動の再会も済んだことだ。そろそろ引き上げてはどうだい?」アクラシエルが相変わらずのひょうきんさで提案した。


ミカエルも「そうですね」そう言うと、続けざまに言う。


「ラビエル。九番目……いえ、優木 赤芽を頼みましたよ。」


ミカエルが、母さんにそう言うと「分かりました、ミカエル様。責任持って私が赤芽くんを連れて行きます。」今度は、天使としての責任に満ちた表情で母さんは言った。


ミカエルが、背を向けると、他の天使も一斉にそれに続くように背を向けた。そして狭かった団円は、徐々に面積を広げていき。気がつけばこの場所にいたのは、俺と、絆愛、母さんと死神だけだった。


「良かったね、赤芽くん。消されるなんて事にならなくて。」


母さんの表情は先程とは打って変わり、緊張感やら使命感の気は全くなかった。


「全く、天使どもが……」


死神は、天使に存在ごと消されることも無かった。そして失ったはずの人にも逢うことが出来た。なんて運の強い奴だ。


「結局、君らは、僕を殺しはしなかったね。まぁ、消されずに地獄落ちなら別に、結果的には何にも変わらないようなものだったけれど。」


「お前を殺す理由は、俺たちには、なかっただけだ。倒すとは言っても殺すなんて一言も口にはしなかっただろ?」


「ふふ、確かにそうかもしれないね。僕に重傷を負わせるほど、とは言え、死なない程度なのはわかったさ。全く、それでも僕の血を引いてるのか……。お人好しな所は、まるで友花そっくりだ。」


確かに、母さんはお人好しそうだ。


「『好翔(よしと)』って言う名前はね、皆んなから好かれるような、優しい心で何処までも飛び立ってほしいって意味を込めて、私が付けたんだよ?」


初めて直接、親から聞く、名前の理由だった。


「だったら、期待はずれだぜ?俺は皆んなから好かれる所か、避けられてるような野郎だ。言葉遣いも気がつけばこんなんだし、優しくなんかねぇ。髪までこんな色してる。」


「ふふ、そうかな?少なくとも側にいる可愛らしい女の子は、そうは思ってないはずだよ」


母さんは、目線を俺の横に立っている絆愛を見る。


「はい。私は好翔先輩が、いくら周りから好かれてなくても、どんなに不良でも、口が悪くても、私は好翔先輩のこと、好きです!」


「はっきり言ったな。そういやお前、あの時も、いっぺん死んだ時にも、俺のこと、好きだとか言ってたろ……?」


「あー……、あれは忘れください!死んじゃえばもう好翔先輩に会えないと思ったからこそ、出た言葉ですよ!先輩に気を持ったことなんてこれっぽっちもないですから!」


「お前、以外とさばさばしてんな。まぁ、俺も別にお前に興味はないけど。」


「それに、好翔のこと、好きって人は、そこの女の子だけじゃないでしょ?」


母さんは、微笑ましく笑いながらサプライズを発表するかのように、無邪気な趣きで俺にそう告げた。


「——? それって」


「よしとぉー‼︎」


その時、どこからともなく、聞き慣れた声がした。馬鹿みたいに明るくて、聞いただけで、元気になれたり時にイラッと来たり、心が落ち着いたり、安らいだり。そんな気にさせてくれる——


「——みゆ、り?」


とんでもない勢いで、背後から、俺と絆愛を手繰り寄せるように抱きついて来たのは、まさしく天使に戻ったはずの深鈴 心優莉その人だった———


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