02.「兇変の予兆」
———いつもと、何ら変わらない日。今日という日もきっとそんな日なのだろう、この時はまだ、そう思っていた。
◆◇◇
小鳥の囀りが聞こえてくる。おそらくもう朝なんだ。
大きくあくびをした俺は、チッチッと静かな部屋に秒針の音を響かせる時計に目をやり、時間を確認した。
「九時十分……」
今日も起きれなかったみてえだな。昨日よりかは、三十分くらい早えか。 まあ、初めから学校なんぞ朝から行くつもりなんて、さらさら無いんだけどな。
昨日のパフェがまだ腹に残っている。
絆愛のやつが残すからデラックスなんて名の付く、でけーやつを結局一つ半食べることになっちまって…… 元々特別スイーツ好きってわけでもねえし。
「仕度する……か」そんなことを一人で無意識に呟いていた。
人間関係。人と関わらまいと思い立った『例の件』以来、学校自体も、何かと不登校気味だったのも事実だ。
学校に行かないことが、人と関わらない最善の策と考えたからだ。
中学二年まではずっと、ほぼ週二しか学校に通わないような形だった。 中学三年は、受験生ということもあり渋々、しっかり登校していたものの、長いこと続いた不登校グセは抜けず、高校に入ると同時に週二日程休むなんてことを今だに続けている。
それでも最近はよく登校するようにはなった方で、先週なんか遅刻は、かなりしたが一度も休むことはなかった。
——火曜日って言うものは、どうも、やる気が起きないものだ。
月曜日はゆっくり休んだ後ってのもあったりで、然程、俺は気が重くはなかったりするが、火曜日に関してはあと三日も学校があると思うとかなり萎えるのが本心だ。
世間的には、月曜日を嫌う人の方が多いみたいだが、俺は火曜日をこの上なく嫌う。
自殺率も月曜日が多いなんてことを聞いたことがある。
朝御飯は食べないもんで、軽く顔を洗って歯を磨いて制服を着ればあとは家をでるだけだ。
若干髪が伸びてきて、寝癖もあるが、直すのもめんどうなのでいつも放って置いている。 (どうせ午後には自然と落ち付いてることも多いし。)
家から俺の通う学校までは、歩きでも十五分程のかなり近い所にあり、偏差値は高くもなけりゃ、低いというわけでもない、ごくごく一般的な高校だ。家から近い方が通いやすく、何かと不自由しないから、選んだだけは、あるのだが。
幼馴染の心優莉は、かなり頭が悪く、最も今の高校に入るだけでも、かなり勉強したらしい。
それと言うのも、俺と一緒の高校にどうしても行きたかったようで、らしくもない程に頑張ったようだった。
心優莉の努力が報われたのかは知らんが、クラスも高校に入ってからは二年連続で同じだ。
「小中高、好翔と同じ学校になれて私は本当に嬉しいよ〜」
高校生活が始まった当初、心優莉は、口癖のように、そんなことを毎日のように言っていたほどだ。
本当に心優莉は、(どうしてこんな俺なんかを好いてくれているのか。)本当に今でもさっぱりわからない。心優莉と仲良くなる前に何かしてやった恩も何もないはずなのに
◇◆◇
耳元から頭の中に流れ込んでくる、心地よく愉快な音楽に気を取られているうちに、気がつけば、目線の先には、見慣れた校舎が佇んでいた。
イヤホンを外すと、聞き慣れた鐘の音を模した電子音が聞こえてきた。 タイミング的にはちょうど二時限目が始まった頃のようだ。
正門はとっくに閉められているため、来客用の裏門から入り、下駄箱で靴を履き替えら俺は教室のある三階を目指してダラダラとずり足で歩いていく
「ここの問題がわかった人いますかー?」三階に上がり自クラスの二年E組の扉の前に立つと、いかにも頑張って声を張っている感が伝わってくる、女性教師の声がした。
ラッキーなことに二時限目はどうやら教育実習生で今現在、数学を担当しているみっちゃんこと、「山口美智子」先生のようだ。
俺は普通に、山口と読んでいるがクラスのほとんどからは、みっちゃんと言う愛称で呼ばれている。五つ、歳が上なだけだからだろう。で、全く先生って気もしないので皆んなからは、やたら馴れ馴れしくされている。
(本人も戸惑いつつも少々、満更でもなさそうな、そうでないような……。)
まぁ、何にせよ、ゆるゆるな先生で良かった。
なんせ昨日は、うっかり更年期じじいこと三枝の授業の時に遅刻しちまったかんな……。どれだけ怒鳴られたことか……、ったくよ。
「これからは、時間割くらいは、見るようにしよう」そう自身に誓った日であった。
「ういーっす、遅れましたー」
俺は、扉を開けると全く悪気のない態度で堂々と教室に入る。
「ゆ、優木くん。『おはようございます』ですよ……!またそんな堂々と遅刻してきて……」
「はいはい、悪かったよ。おはよーございまーす」
「ま、全く。服装も相変わらずちゃんと着てないし……、ワイシャツも第二ボタンは閉めて、ネクタイもちゃんと閉めてくださいよ!パーカーもちゃんと着たらどうです?……」
(チャック閉めず、腕まくりしてるだけであって、パーカーにまで言われる覚えはない。)
「ったく、余計なお世話だっつの。出席に丸は、付けとくんだぞー、山口ぃ」
「遅刻にも丸付けますからね……!あ、あと私のことは、山口先生と……」
もはや、どっちが目上なのやらな光景、だ。
そんな風に先生に、悪態つきながら窓際の席、後ろから二番目の所に腰を下ろす。
まぁ、察しの通り俺は、不良だ。
だが、正確には違う。根っからの悪でもなければ、格好つけたい、粋がりたいわけでもなく、人に寄りつかれない方法の一つとして、生まれ備わった口調の悪さや、(口の悪さは家庭環境にあるのだろうが)目付きの悪さも相まって、中学に入った頃から髪も染め、そういう様に振る舞うようになった。
一言で、まとめると、なりきりヤンキー、所謂『なりヤン』だ。
まぁ、力は人並み以上にあるので、弱いからこそ強く見せようとしたわけでもない。
(それならわざわざ、不良の真似事をしなくても良かったのでは?だなんてことは、禁句だ。)
子供心に、若気の至りって奴であり、今じゃ若干あの頃の自分を悔いている。
わざわざ、不良を作らなくとも、立場は殆ど変わらないはずなのだからな。
だったら、せめて格好付けたいなんて欲があったかどうかと言われれば、完全に否定は出来なかった。
「へへ、相変わらずだな好翔は」
気持ち悪い笑みを浮かべて真後ろから俺に話掛けてきたのは、中学ん時に知り合った「黒川 望夢」だ
「お前にだけは言われたかねえよ」
「失礼だなー、俺はお前と違って小学校の頃から今尚、無遅刻無欠席の皆勤賞なんだぜ? まぁ、授業は全然まともに聞いたこたねえけどなっ」
「そこまでやるならまともに授業聞いたらどうなんだ。」と言いかけたが、わざわざコイツに向けて口にするのも面倒だった。
望夢の場合は、自身の身体能力と一十木の気の迷いのせいで、隠れヤンキーかぶれとなったこんな俺とは違い、根っからの不良である。
と言っても普通に話す分には、全く悪態付いてくることも、自分勝手な言動なんかもせず、意外と好青年感が否めないような、よく分からん奴なんだがな……
不良の割に、髪は俺が赤茶染めしているのに対し、一度も染めたことがないらしく、少し長めの前髪を真ん中で軽く分けたようなヘアスタイルだ。
ただ耳には、イヤリングが両耳に付けられていたり、ガラの悪いネックレスを首から下げてたり、変なアクセサリーを腕に付けている。
俺は、不良ぶっていても、そういう装飾品は一切付けてないからな。いや、訂正する。腕にブレスレット的なものは付けてはいる。だが、ミサンガのような感覚だと思ってくれれば言い。(金属面も端と端を繋ぐ金具程度だし。)
それと言うのも実は、恥ずかしながら金属アレルギーだったりするからだ。
どっちみち、自分を着飾って悪目立ちするような奴には、なりたかないので、装飾品を付けることはしなかったのだ。
望夢の場合は髪色も相まってかそこまで派手派手な見た目だけで威張ってるような、不良とも違う感じではあるな。 本人曰く「日本人は黒髪でこそだろ!」とかいう不良の割にはよくわからん持論を語っている。
「なぁ、三時限目は更年期じじいの授業っつーわけで、隣の高校と喧嘩しに行くんだけど好翔も来ねえか?」
喧嘩しに行くだなんてよく笑顔で堂々と言えたもんだ。それでこそ不良くん。
「だから俺は、喧嘩なんか興味ねえってば……、行くんならお前一人で行って返り討ちにあってこいよ。」
望夢の方を一切振り向くことなくそう言ってやった。
人を傷つけなくない一心でわざわざ、近寄られないようにずっと振舞ってんのに、自分から喧嘩し始めれば、元も子もない。
「言うとは思ったけどよー……。 本当、勿体ねえよなー好翔は、そんなに強えのに全くその拳を振るおうなんてしないんだもんな」
中学二年生の頃、相変わらず不良オーラを漂わせ、近づくなアピールをしていた俺に、突然望夢は突っかかってきた。 不良に絡まれるのも大分慣れた頃で、いつものように軽く脅して立ち去って貰うつもりだったんだが……。
「るせーなぁ。俺に関わるなってずっと言ってるんだが? 本当しつけーよなお前も。」
「中学んときから親しくしてんだから今更固いこと言うなよー!俺は自分より強えって確信した奴にはとことん付きまとうやつだかんな!」
と、言うわけだ。
「こ、コラっ、優木くんも黒川くんも授業中です‼︎……」
「あ?」と、望夢の表情は山口の注意する声がした途端に別人のようにコロッと変わった。
望夢の格下を見る目は相変わらず鋭い。山口の注意を受けるやいなや、さっきまでの好青年感が一気に一変したではないか。あくまで自分よりも強い奴か認めた奴にしか親しく接しないらしい。
「お前本当、柄悪いよな。」
「好翔程じゃねえよ!」
「……はは。」
◇◇◆
ここで俺はふと気づく。気づかざるを得なかった。
教室内に感じていた、違和感。
「なぁ、望夢、今日、心優莉はまだ来てねえのか?」
いつも真っ先に声を掛けてくれる心優莉の姿がない。風邪でも、引いたのだろうか?
そんな、俺の質疑に対して望夢の応答は予想に反した。
違和感の正体は、誰もが認めるムードメーカー的存在の、心優莉がいないのだ。
「ん?心優莉?誰だよそいつ」
「は?」
一瞬その言葉に耳を疑ったが、望夢の軽い冗談だと、その時は思った。
「は?ってこっちの台詞なんだけどよ。」




