23.「追憶の天使」*
俺と絆愛は、それぞれ左薬指に淡いグリーンをしたエメラルドの宝石が散りばめられた『死呪聖守の指輪』をはめた。
「これで、いいのか?何にも起こらねぇけど。にしてもキラッキラしてんなこれ。」
「入るだけ、エメラルドの宝石詰め込んだからね!可愛いでしょ!心優莉になる以前に、いつか役立つかなって作ったものなんだけどね」
俺が身に付ける場合は、かわいさなど全く持っていらないのだが。
まぁ、変に固まりがポツンと付いてないだけマシ……か。
「せ、先輩!ほら、抜けませんよこの指輪……!」
「ま、マジだ。指、ちょん切ったらどうなんだろうな。」
「指輪の加護でそんな簡単に指もなくならないから……!」
そうか。
「ところで、俺たちは、もう生き返っても大丈夫なんだよな?」
「そうだね。肉体に戻ると同時に指輪もちゃんと肉体の方に移ってくれるし、後は此処から出るだけ!」
「そういや、俺たちは結局どれくらい意識を失ってたんだ?時間感覚が全く掴めねぇ」
「四日って所かな?五月二十四日の日から数えて、四日。」
「よ、四日だと⁈」
「そんなに過ぎてたんですね、先輩……」
「つうことは、五月二十七日の土曜日か。軽く行方不明じゃねぇか。」
てっきり死神と戦ってから、数時間くらいしか経ってないとばかり思っていた。だとしたら心優莉消失事件が起きたのも、一昨日ではなく今日を入れて五日も前になるのか。
「兎にも角にもこの場所から出ないと何も始まりませんよ、好翔先輩!お姉ちゃん、どうやったらこの場所から出られるの?」
何故か、絆愛の口調は気合いが入っていた。あの内気な性格の絆愛も、この数日で何やら成長したのだろうか。
「簡単な方法だよ!私が、送り出してあげるの」
「お姉ちゃんが?」
「うん! そのためには天使本来の姿に戻らないとダメなんだけども」
「元の姿……か」
「正直、言うと今も心優莉の姿でいるのは、好翔ときぃちゃんに会うためだけにとっといたわけで、本当ならラビエルに戻ってるはずだったんだ」
「と、言うと?」
「神様との約束で『死後、魂はラビエル・ユリシオンに帰す』ってあったでしょ?だから本当は魂自体もすでに、ラビエルのはずなんだけども、なんとか残った深鈴 心優莉の断片を形にして今の姿を維持してるの。二人には、またこの姿で会いたかったから!こう見えて結構無理してるんだよ」
流石は四大天使聖様だ。そんな事も出来てしまうのか。俺たちのために、いや、自分の為でもあるのだろうか。俺と絆愛に、何一つ変わらない姿でもう一度会いたいと思ってくれたんだ。心優莉らしいと言えば、心優莉らしいのかもしれない。
「なるほどな。つーことは俺と絆愛をこの世界から送り出すには、ギリギリで保っている今の体じゃ無理があるって言うわけか」
「その通り!だからこれでいよいよ〝私〟とはお別れになっちゃうのかな……」
「——そんな、お姉ちゃん……」
別れか。だよな。知っていたさ。
死んだ人間は戻ってこない。子供でも分かることだ。
——あぁ、わかっていた。
「二人には何だか、たくさん迷惑かけちゃったね……。私が天使として、もう少しちゃんとしてればこんなことにはならなかったかもしれないのに……」
「そんなことないよ……、お姉ちゃんがいたから……、お姉ちゃんがいたから、こうして好翔先輩とも出会えたし、何よりお姉ちゃんが私のお姉ちゃんで本当に良かった……、明るくて、いつも笑ってるお姉ちゃんとの毎日はとても楽しくて……」
「もう、きぃちゃん、あんまりしんみりした感じにしないの……! こんな時こそ笑顔だよ!」
「笑顔……、無理だよ……そんなの……」
絆愛は涙を堪えようと必死に笑顔を作ろうとはしていたが、その瞳は正直で、見る見る涙色に染まり、大粒の雫が頬を伝って行くのが目に見えていた。
心優莉に会えた所でいつもの日常が帰ってこないと言うことは。わかっていた。心優莉にもう一度会えただけでも、良かったじゃないか。そう自分に言い訊かせた。
けど、こうして本人の口からお別れだなんて言われてしまうと……。
「ん?せ、先輩?も泣いて……」
「るせなーなっ……。ゴミが入ったんだよ。全く。どうしてこんな……」
——こんな魂だけの空間で目にゴミが入るわけなんかないはずなのに。こんな俺の目にも、涙が溢れてきてしまった。
「好翔、ありがとうね。私、好翔にあの時、話し掛けて本当に良かったって思ってる!天使じゃなくってもきっと話し掛けてたよ!」
「最初はお前なんか、邪魔でしょうがなかった。なんで、話し掛けてくんだよって……、うざくてしょうがなかった……、けど、俺がお前にどんなに酷いこと言っても、お前は相変わらずの笑顔で、いつも俺に笑って見せてくれた。だから俺も——」
どうしても言葉が詰まってしまう。
「そんなお前が、——心優莉が居てくれたから、俺は今日まで、こうしてやってこれたんだ。心優莉が居なかったら、俺は今でもずっと一人ぼっちで、きっと……」
「そんなことないよ、好翔」
心優莉は、俺の手を優しく握ってきた。
「好翔が誰よりも優しくて、本当はいい人だってこと!私が誰よりも知ってる!目付き悪いのは生まれつきだからしょうがなくとも、口が悪いのは照れ隠しのつもりなんだものね!喧嘩だって本気でしたことなんかなかったでしょ?」
「そ、そう言うこと口に出して言うんじゃねぇよっ……!そう言う所が無神経なんだ……!全く……。」
心優莉の優しさが、ずっと心の奥底で我慢していた感情を呼び起こさせる。
——俺は
「俺は——俺はもっと……、もっと、お前と一緒にいたかったんだよっ……‼︎」
とうとう胸の奥に抱いていた感情が口から溢れ出してしまった。俺らしくもない……。
「好翔……。私も——」
言葉を溜め込みはした心優莉だった。——ただ俺同様に、その感情を隠しきれはしなかったみたいだ。
「——私も好翔や、きぃちゃんとまだまだたくさん一緒に居たかったよ! もっとたくさん、遊んで、お喋りして、パフェ食べに行ったりしたかったんだよ〜……‼︎」
——初めてだった。心優莉がこんなにも感情に任せて泣いている所なんて……。
どんな時でも笑顔しか見せなかった心優莉が。
「馬鹿野郎……、お前まで泣くことねぇだろうがよ……。それでも神に仕える天使なのかよ……」
「だって、だって好翔があんなこと泣きながら言うから……! 私だって泣く時は泣くんだから……!ほんの十六年ぽっちでもその間はずっと人間だったんだから……‼︎」
「俺の知ってるお前はいつも笑顔だったぜ……? いつもみたいに笑ってくれよ……なぁ。」
こういう時こそ、心優莉には笑っていて欲しい。いつもの、——あの天使のような笑顔で見送ってほしい。
「……私、今でも思うんだよね、もし、あの時、好翔と出会った時に今みたいに天使の記憶があったらって—— 同じように接していたのかな?ってもしかしたら、今ほど深い仲にはならなかったんじゃないかって——」
「心優莉……。」
「多分、きっと私は私だったから、こんなにも好翔のこと、大切に出来たんだなって!天使の記憶があったら使命とかのせいで、一人をこんなにも大切にするなんてこと、出来なかったかもしれないもの。だからね——」
心優莉は、言い終わると一瞬、俯いた。——それでも、すぐに顔をあげてくれた。——笑顔を、あげてくれた。
「———私、『深鈴 心優莉』で本当に良かった!よしとのこと、こんなにも好きでいられたから!」
そうだ——
この笑顔に、俺は救われたんだ——
お互いに、出会った日のこと、今日までのかけがえのない日々を懐かしんだりなんかしていた。
心優莉は絆愛の手もそっと握り、俺と絆愛の顔をじっと見つめた。
「二人とも、しっかりやるんだよ! 私は空のずーっと上から、いつまでも見守っているから!」
「……うん!」
「……あぁ!」
最後に見た心優莉の顔は変わらず、笑顔で、我が子を送り出す母親のような目すらしていて、俺たちに何かを託すような、——そんな表情をしているように見えた。
「それじゃぁ、このままじっと前だけ見ててね!目を逸らしちゃダメだからね!これから来る現実にも絶対に向き合わなきゃいけない」
心優莉は、俺と絆愛の背後にまわると、ポンッと背中を押した。
何やら詠唱を唱え始めると、心優莉の気配がまるで変わった。
恐らく、天使の姿に戻ったのだろうか。俺は、心優莉にただ単に、翼が生えただけのような姿を想像こそしてはみたが、もしかしたら、実際の姿は今とはまるで違うのかもしれない。女ですらないかもしれない。
見てみたい気持ちと見たくない気持ち、そんな心情でこそあったが、振り返ることはしない。前だけを見る。
心優莉の本来の姿を知った所で、ということだ。だから俺はもう、——今はもう、振り返らない。
追い風が吹くとそれは段々と勢いを増し、羽のようなものが飛び回っているのが見えた。
視界が真っ白に変わった——
淡い光に包まれる。
追い風が段々とその勢いを弱めると、風はやがて止んだ。
俺たちは帰ってきたんだ。
肉体世界に——
現実に——




