01.「それでも良かった日々」
◆◇◇
「うぅ……、疲れたよぉ。勉強に全く身が入らない……。」
小学校一年生からの幼馴染。深鈴 心優莉が片方、左をサイドテールにした長い髪を揺らし机に突っ伏し俺の隣で、呟いた。
「ったく、こんな簡単な問題もわかんねえのかよ。相変わらずアッタマ悪いよな、お前。」
「好翔が羨ましいよ〜。全然勉強なんかしないのにそんなに頭が良くて。きっと今回の中間テストも学年トップ決まりだよ!」
「俺はお前と違って一応、授業はちゃんと聞いてるんだかんな。学校なんてそんくらいしかすることもねぇし。」
俺にとって、学校に来るなんて理由は、他ならない、勉強を学ぶためだけにある。
青春なんてものは、とうに遠いどこかに捨ててきてしまった。
「好翔なんか学校こそあんまり来ないのに……!私なんかいつも学年順位、下の方だからとーっても羨ましいよ〜……!」
心優莉の、頭の悪さは俺も良く知っている。どこか抜けたような性格も災いしているんだろう。ただ、悪いのは頭だけで、体育の成績は良く、何より顔はまだ幼さは残るがそこそこ美形で、スタイルも上から出、引、出だ。性格さえ大人びていれば、間違いなくモテるに違いない。俺が断言する。
「……お前はもう少し頑張れな?」
毎期の恒例のように俺は、そう言ってやった。
◇◆◇
五月二十二日。春も終わり近づき、もう時期梅雨がやってくる頃。中間テストが一週間後に迫っていた。
無造作な赤茶けた髪に長い前髪を邪魔くさそうにいじる俺、優木 好翔と、その幼馴染の深鈴 心優莉。
二人は、放課後、二人きりの教室で全く捗ることを知らない、テストの課題に勤しんでいた。
いや、勤しまされていた。
「ねぇ、よしと!一緒に帰ろっ!」
思い付いたかのように言う。
「課題は明日にでもして、パフェ食べ行かない?! 駅前にすごく美味しいパフェのあるお店見つけたんだぁ」
子供が嫌な勉強から逃れる言い訳を思い付いたように唐突に彼女はそう話を持ち出した。
課題をそっちのけて、パフェを食べに行くだなんて、こいつは一体何を考えているのだろうか。
だが、「心優莉……お前なぁ。」と口ではやれやれと言う感じこそ出した俺ではあったが、別に悪い話ではなかった。
「よく言った心優莉、そうと決まれば早速、食いにいくぞ」
すぐに提案に乗った。
「わーい!好翔ならそう言ってくれると思ってたよー!」
別に俺は、心優莉を甘やかしているわけではない。
みゆりは勉強が全くできないがために課題に全然身が入らないようだが、 俺は、勉強は自分でもできる方だと思っているが正直、勉強するという行為が全く持ってめんどくさかった。
「後で後悔しても俺は知らねえからなぁ。」
「明日から、ちゃんと勉強するから、大丈夫だいじょうぶ!」
「あした……、な。」
心優莉の勉強関係の「明日」は、殆どが実行されずいつもテスト一日前になって、俺に泣きついてくる面を何度見てきたことか。
——そして、その明日は
この通り、心優莉は言ってしまえば子供のまま成長したような奴である。
いつも無邪気で、明るくて前向きで、後ろ向きな言葉は一切吐かない。少々天然だったりもする言動がたまに頭にきたりもするが……。
まさしく、天真爛漫、純粋無垢、なんて言葉がぴったりだ。
そんな彼女は、俺にとって唯一心の休まる「存在」でもあった。
俺が小学校に入学したばかりの頃だった。訳合ってクラスメートに重傷を負わせてしまってからというもの、俺は自分から誰かと関わることもしなくなれば、それ以降怖がられるようになり、必然的に誰からも近づかれなくなった。
俺は、この時のことを『例の件』とそう、呼んでいる。
俺の今後の人生を狂わせたこの一連の出来事を、——俺は片時も忘れない。——忘れられないのだ。——そして、自分を嫌うキッカケにもなった出来事である。——自分の人ならざる面を初めて実感した瞬間だった。
そんな俺に唯一気軽に接してくれたのが、心優莉だったのだ。
最初の頃は正直放っておいてくれだなんて思ってはいたものの、言うなれば今はすっかり自分を晒け出せる。
そんな存在だった。
◇◇◆
「あれ?お姉ちゃん!」
学校を少しばかり行った曲がり角だった。
俺と心優莉の前を通りかかったのは、くせ毛気味な髪をショートボブできめた小柄、というかチビな女の子が話しかけてきた。
「あれ?好翔先輩も一緒でしたか」
「一緒にいちゃ悪いかよ。」
格好を見た感じだと、同じく、学校帰りか、又は家に戻ってはいないのだろう、みゆりの妹の深鈴 絆愛だった。
「一言もそんなこと言ってないじゃないですか。放課後に二人でデートですか?」
「それこそ、そんなこと一言も言ってねえじゃねえかよ。」
珍しく絆愛から、からかわれた。
冗談ですよ、とか添えられても可愛いくねぇ。
「好翔と二人でパフェ食べに行くんだよ〜、きーちゃんも一緒に来る?」
心優莉のお誘いに
「ちょうど今、自習ノート買って帰るとこだったけど行きたいな」
と、絆愛は少しばかり嬉しそうな表情を浮かべた。
(心優莉の奴、余計なことを。)
絆愛のことは別に嫌いではない。寧ろ心優莉の妹な訳だし、そこらのクラスメートなんかよりかは、好印象に思っているし、何より貴重な心優莉以外に心を開いている人でもある。
ただ、絆愛が加わることによって 起こる事象。
「余計に心優莉が、騒がしくなるじゃねえかよ」
俺は不満げに言う。
「大丈夫ですよ、先輩。私はお二人の邪魔にならないように静かにパフェ食べてますから」
絆愛がそんなことを口にするが
「そんなこと言わないでさ!三人でぱーっと盛り上がろうよ〜」と心優莉は小さい子供が母親におやつを買って貰おうとおねだりするかのように、絆愛に言った。
心優莉は妹のことが大好きでたまらないらしい。
いつも明るく、無駄に元気な心優莉をより一層輝かせてしまう。それがきずなっていう奴だ。
俺は嫌味とばかりに「ほれ見ろよチビ。」絆愛に向けて大人気なくもいつものようにチビ体型を揶揄った。
「ち、チビじゃないです……‼︎ 周りの人たちが大きいだけなんですよ……‼︎」
絆愛は、落ち着いた声色を一転させ、それこそいじめらた時の子供がムキになって言い返す様だった。
そしてなんて御託だろうか。チェ・ホンマンだらけかこの世は。
「お前のどこ見たらチビじゃねえってんだよ?俺の顎にも頭届いてねえじゃねえかよ。オマケに胸もチビだし、髪の毛なんかもチビ……」
「か、髪の毛がチビってどういうことですか……!短く切ってるんです‼︎ お姉ちゃんと違って癖っ毛なんですから」
小さい口をこれみよがしに開き、目は零れ落ちない程度に浮かぶ涙を俺に感じ取らせないためか薄く瞑り、眉間にはシワよりだ。
普段内気な、絆愛でも、自分のチビさでからかわれると意外とムキになって言い返してくる所が必死で面白い。(可愛いとは思わない。)そしてこんな風に俺に対して、心を開いてくれていることに、同時に嬉しさも覚えていた。
「本当にお姉ちゃんが羨ましいな……。身長もあって、胸も大きくてスタイルいいし、髪の毛もサラサラで……。」
完全に嫉妬心だな。
ちなみにそれぞれの身長というのも、俺が百七十四センチ、心優莉が百六十センチ、んで、絆愛だが、本人は百五十五と頑なに豪語してはいるが、実際は百四十五センチだそうだ。(鯖読みすぎだ。)
心優莉は能天気に
「私ってそんなにスタイルいいのかなー、えへへ案外この胸も時々邪魔だったり」と無自覚に絆愛を煽る始末だ。
天然とは時に、これほどに恐ろしくもあるのだな。
明るい姉に対して、内気な妹。ただ、心優莉は絆愛よりも中身は子供っぽい。
そんな無邪気な心優莉が絆愛に向けて、全く悪気なく言うと、絆愛は、少しばかりムッとした表情をしていた。
——ロングヘアにショートヘア、——ストレートにくせ毛、——巨乳に貧乳、——平均くらいに低身長、——明るく人なつこいのに対し内気で人見知り
と、このように真逆だと捉えて貰えればいい。似ているのはそれこそ顔くらいだろうか。
どちらも割と美形なのは俺でなくとも感じるだろうと言うような、そんな感じだ。
「心優莉お姉ちゃん……、私に嫌味でもあるんですか……」
気を落としたきずなに対して追い討ちを掛けるように俺は
「まぁ、安心しろ絆愛。お前みたいなのが好きな所謂ロリコンも世の中にはうじゃうじゃいるんだからよ」空の方を見て俺は、言う。
怒ることもせず「私なんか所詮お子様なんですよ」としゃがみ込み完全に落ち込んでしまった。やや言い過ぎたらしい。
しかし、にしてもだ。一学年しか違わない姉妹でこうも見た目や性格に差が出るものなのか……。少なくとも去年の今頃でも心優莉は、もうすでに、色々としっかりしていた。そう、色々と。(中身以外な。)
「小学生です!なんて言っても普通に通せそうだもんなぁ。絆愛」
「好翔先輩しつこいですよ、全く……!今にびっくりしますからね……! 来年にはお姉ちゃんよりも背も高くて、スタイルも抜群なんですから……!」
なるほど、もう一つ共通している部分があった。
内気な絆愛でも、前向きに捉えられる所はやはり姉妹だった。
俺と無自覚とは言え心優莉に、ダブルパンチを食らっても立ち直る様。
「きーちゃん凄いね!私より大きくなっちゃうんだっ!」
「うん!お姉ちゃんよりお姉ちゃんになる!」
(なんだこの馬鹿姉妹は。)
真逆なんだろうけど、結局は姉妹なんだとつくづく感じた。
「ほれ、遅くなんねぇうちにとっとと行くぞ、アホ姉妹」
結局、絆愛が、落ち込んでこのまま帰ってもらう作戦は失敗に終わった。(こんな作戦を俺は密かに実行していたのだ。)
「な⁉︎先輩今なんて言いましたか」
「いいの、いいの、きーちゃん!アホって言った人がアホなんだから!」
「お前らなぁ。」
こんな日々が俺にとっての日常だった。
俺には、幼馴染である心優莉が隣にいてくれるだけで、隣で無邪気に笑ってくれているだけで、
それで良かったんだ。




