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追憶の天使  作者: 小河 太郎
【一章】『みゆり≒天使』
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17.「栄華の夢」


◆◇◇


「……ぱい、……先輩、」


朦朧とする意識の中で遠くから微かに声が聞こえた。


「……しと先輩、……よしと先輩、」


段々聞き取れ始めたその声は、どうやら俺の名前を呼んでいるようだった。


「好翔先輩!しっかりしてください!」


今度は、はっきりとそう聞こえると、俺は、はっとして目を開く。


すると瞬間、世界から閉ざされれたような、真っ暗闇からいきなり抜け出したかのように、眼前には真っ白な光が広がった。


徐々に明確に見え始めた視界の中には、絆愛が瞳を少しばかり潤ませ、安堵した表情を浮かべながら心配そうにしていた。


「好翔先輩。良かった、このままずっと目を覚まさないのではないかと、心配したんですよ……?」


地面? 水みたいな感触がある。ただ、濡れてはいない。


「心配掛けちまって悪かったな。俺は、どのくらい意識を失ってた?」


寝起きで詰まる声を絞りだし、俺は絆愛に問う。


「私の感覚だと、三、四時間くらいでしょうか? 私も意識を失っていたみたいで、起きたら隣で先輩も倒れていたんですけど、先輩、全然目を覚まさなくて。」


「お前は、この場所が何なのか知っているのか? そもそもこんな場所、現実に見たことも聞いたことも、ないのだが……」


俺はゆっくりと体を解しながら立ち上がると、辺りを見渡した。



◇◆◇


——その景色は絵に描いたような真っ青な空に、所々にのんびりと浮かぶ綿雲や一際大きな入道雲があり、まるで鏡のようにそれらを写し出す地面には、くるぶし程の水面が地平線の彼方まで波一つなく広がっている。


そんな場所に、どこまでも果てしなく、馴染みのある、赤茶けた一本の線路だけが伸び、こんな景色の中では、見慣れたそのレールはやけに目立って見えた。


希代不思議な現状と、そして光景だった。


「怖いですか?先輩……。」


唐突に絆愛は、俺に問うと更に続ける。


「正直、どうしてこんな所に居るのか、意識を失う前のことを全く思い出せないんです……。」


そう俺に話す絆愛の声色からは、今にも泣き出しそうな感情を必死に抑えてるように感じられた。


「怖くねぇっつったら嘘になるな。こんなに浅い湖か水溜りかも分からねえような地面が、どこまでも広がっていて、そんな場所に、ただ一本の線路だけがどこまでも伸びているだけ……。」


改めて目の前にある光景を口に出すと、そんな場所に自分達だけがぽつんと立ってる現状に、少々身震いを覚えた。


「 俺も言われてみりゃどうしてこんな訳のわからねぇ所にいるのかさっぱりなんだ。確か学校にいた筈だった気はするんだけどな。」


「学校にいた」たったそれだけのことしか記憶になかった。何か夢を見ていたような。


こんな非現実的な場所に立っていること自体、夢なのかもしれないがな。


「絆愛、とりあえずこのまま此処に居てもあれだ。移動しよう。」


「え、でも移動すると言っても三百六十度ずっと同じように地平線が広がっているばかり、ですよ……?」


「少し先に線路みてぇのがあるだろ?あれを辿って行けば何かあるかもしれねぇ」


——なんて言ってはみたものの、自信は全くなかった。


ここに至るまでの記憶がない以上、何でもいいから手がかりになるようなものを見つけ出すしかなかった。


「冷静ですね。やっぱり先輩はすごいですよ!私だけだったらきっとパニックになってましたもの。起きたら何も覚えてなくて、こんな訳も分からない場所にいて……」


「所詮、口先だけだよ。俺だって怖えーよ。こんな作り物みたいな世界にいきなり飛ばされてんだ。」


俺と絆愛は、互い内心を気にするようにどこまでも続く一本の線路を歩く。


「にしても妙だよな。まるで疲れを感じねぇ。腹も減らなきゃ喉も乾かねぇ」


「かれこれ体感だと三時間くらい歩きっぱなしな気がしますけど……、たしかにそうですね」


「それに太陽もずっとてっぺんだ。ピクリとも動かねぇ」


「そんなこと言ったら雲なんかもずっと同じ形ですね。風も感じませんし」


薄々勘付いては居た。もしかしたらここは俺たちの居た世界とはまるで違う世界。


言うならば——


「なぁ、やっぱり俺たち死んじまったのかな?」


「死後の世界……、という事でしょうか……? けど、それしか考えらないですよね。」


「線路の上にこそ、掛かっちゃいねぇが、さっきまで一面水浸(みずびた)しな所に寝転んでいた。でも全くと言って濡れていない。何よりの根拠だ。触れても濡れない液体なんかこの世にねぇ。」


もしそうだったとして、だ。死後の世界とはこんなにも何もない世界なのだろうか。迎え人的な人すらいない。


それに、——何故俺たちは死んだ?


それが一番の謎だ。


それも絆愛も一緒に、だ。事故かなにか?交通事故か、はたまた何かの事件に巻き込まれたか。


——どうやっても思い出せない。


最後の記憶は……、恐らく昨日、学校に行って、望夢と何かの会話をしたところでまで。


そもそもアレが、昨日の出来事なのかも怪しい。俺たちが記憶を失くしていた間、眠っていた間にどれほどの時間が流れたのか。



———



◇◇◆


「ここはね、すごく簡単に説明すると、あの世と現世の中間に位置する場所。要は、三途の川みたいな所なんだよ。えへへ、やけに広大なんだけどね」


突然、聞きなれた声が、俺と絆愛の背後から話しかけてきた。


俺と絆愛は、振り返って声の主を見やった。


その瞬間、突然バットか何かで思い切り頭を殴られたような感覚に、俺は見舞われた。



俺の脳みそを抉るような、そんな酷い感覚。


——記憶を掻き出されるような。そんな痛い感覚。



———そうだ



「思い……出した———」



——俺は全てを思い出す。

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