15.「追想の過日—其の弐」
笑顔以外は、見た覚えがないくらい、やたら明るくて、誰にでも優しくて、下げて見るなんてことは絶対にしない。
そんなクラスの中でも人気者で俺とはまるで対称的な彼女がどうして俺なんかに話しかけたりしたのか。
「で! カブトムシとクワガタ!どっちが好きなの?」
「か、カブト……? 」
「おぉ!同じだね!カブトムシこそ日本の虫って感じがするよねー!なんてったってカブトの虫だよ⁈」
「は、はあ……。 」
その勢いに押されたのだろか、つい答えてしまった。 別にどっちもどっちだと思うんだが。良くも悪くも。
「君とは気が合うみたいだ!うん! お友達になろう?」
「なんで威張ってんだよ……」
「あ、あぁ、えと、ダメ……かな?」
先程までのテンションとは裏腹に途端に自信がなくなったように声色とともに、表情も小さくなる。
喜怒哀楽が出過ぎだろ。
それだけ馬鹿正直ってことなんだろうか。「純粋無垢」なんて言葉はコイツのためにあるようなものだな。と、俺はこの時、確信した。
「どうして俺なんだ?」
一切の迷いもなく深鈴 心優莉は答えた。
「だってよしとくん、いつも一人で寂しそうだったから……!」
寂しそう……か。こんな性格でも同情って奴か。所詮、同情でしか話しかけられない。それが今の俺なんだろう。
「ほっといてくれ。お前も見ただろ? 俺のあの力。もしかしら殺せてたかもしれないんだぜ?怖くねぇのかよ……?」
「怖くなんかないよ! よしとくんにもあんなことしちゃった理由があるんでしょ⁈ それに男の子は強い方がモテるんだってよ‼︎」
なんだその理屈。
「それに、ずっと一人ぼっちじゃつまらないでしょ……? お友達が居なくなっちゃうなんて私だって嫌だもん!」
一人ぼっちか。 今の俺は、こんな能天気な奴にもそう見られてるんだな。事実に変わりはないのだけれど。
「一人が好きな奴だっているってことだよ。わかったら二度と俺に近づくな。お前みたいな、人気者には、分かっても解らねぇよ。」
せっかくあの一件以来、まともに会話をしてくれる子が、現れたというのに俺は本当に素直じゃない。
いや、これ以上仲良くなって、ひょんなことで物理的に傷つけてしまう事を恐れているのだろうか。
あんな事は二度とあってはならない。人殺しのレッテルなんて貼られたら、それこそもう俺の居場所はない。(牢屋と言う居場所なら有るだろうが)
この歳ならまだしも、成長するにつれて自然と力も追って更に強くなるだろう。そしたら、今の本気が本気ではなくなっているのかもしれない。それが自分でも怖くて堪らなかった。
ましてや純粋な女の子だ。勝手な持論だが、こんな子には、傷ついてなんか欲しくない。
「よしとくんがお友達になってくれるって言うまで私、ここをどかないから!決めたもん!」
深鈴は、俺の机の前に立ったまま、両手を横腹に添えると堂々たる佇まいだった。
「はぁ? 何言ってんだお前。馬鹿なんじゃねえの?」
つい、キツくなってしまう。構わないで欲しいかったんだ。
「よしとくんとお友達になりたいの、だから。」
「なんでそこまで俺にこだわるんだよ? 頼むからほっといてくれよ。」
「お友達になるのに理由なんて要らないでしょ?一人ぼっちなんかより、ずっとずっと楽しいよ!」
なんでコイツ……、 こんなに笑顔でいられるんだよ。それも全く裏のない無邪気で純粋で心の底から笑っているような……。
「わかった……、あんまりしつこいのも逆に嫌われちゃうから今日はこの辺にするね……! また明日、お話しよ!」
変な奴に目を付けられたもんだ。 意味は違えど竹杉と同じくらいの面倒くささだ。
まぁ、直ぐに夏休みがやってくる。それまでやり過ごせば夏休みが終わった頃には、もう、——俺のことなんかどうでもよくなってるだろ。
夏休みまでの約一週間は案の定、休み時間になると深鈴が俺に駆け寄ってくる毎日だった。
「今日は何のお話しようか?よしとくん!」
「なんもねぇよ……」
「今日寝て、明日また学校に来たら夏休みなんだよ!夏休みってどんなだろうね!宿題がたくさん出るみたいだけど一ヶ月以上お休みだからね!」
俺にとっては絶好のイベントだ。誰にも文句言われることなく家に居られるからだ。
「皆んなに会えなくなっちゃうのは少し寂しいけどね〜。でも!沢山遊べるよね!」
「そうだな。」
「もう、よしとくん冷たいんだから〜! だから一人ぼっちなんだよぉ」
「だから、好きでこうしてるんだからお前もいい加減、構うの止してくれねぇか? 」
次に口を開いた時に、——俺は、言ってしまった。
「——ウザいんだよ」
と、そう言ってしまった。
流石の深鈴もストレートに言われて傷ついたようで、黙りすると、「わかった」とだけ呟き、何処かに行ってくれた。
言い過ぎた感は否めなかったが、これくらい言って置かないと一生付きまとわれてしまうだろう。
——それから深鈴が話しかけてくることはなかった。
それを望んでいたはずだったのに、いざ話しかけて貰えなくなると、なんだか複雑な気持ちでもあった。
最初から話しかけてなんかくれなければ、こんなにモヤモヤすこともなかったはずなんだ。
一学期最終日は、それこそ一言も会話をすることはなく、その日は過ぎさった。
——そして、夏休みが来た。
長いようで短かった、そんな小学校初めての夏が。
別に、思い出なんか何一つ出来やしなかった。
あずみさんが、気にかけて、海やら、プールやらお祭りやら、花火大会を提案してさえくれたが、俺は、部屋にこもり、聞こえないフリをした。
朝、起きて、朝、昼、晩とあずみさんが忙しい中で用意してくれたご飯を、貪り、眠くなれば眠る。そんな毎日を只、過ごした。当然、日焼けなんかこれっぽっちもせずに、寧ろ肌は夏休み前よりも、より白に近くなっていた。
今思うと、あずみさんには、本当に迷惑をかけてしまったんだな、と。
そして、そんな夏休みも幕を閉じる。何の思い出もなかった初めての夏休みは終わった。
——二学期が始まったんだ。
嫌々、俺は登校することにした。
教室のドアに手をかけると、どうしてか、俺は、——深鈴の顔を一番に頭に浮かべていたのだ。
もう、深鈴と関わることなんてないのだから、忘れろ。
俺は、一人で十分なんだ。孤独で
——けど、深鈴の意向は、どうやら違かったようだ。