13.「死。そして」
絆愛……?
嘘……だろ?
◆◇◇
「ほほう、 なかなか面白いことをしてくれる」
絆愛は、俺を突き飛ばした。死神の大鎌の攻撃を身代わるようにして。
そして、その行動通りにその刃は絆愛の体を切り裂いていた。
「絆愛……! お前、下がってろって言ったろ⁈」
「スミマ……セン。でも、私、何かの形で先輩の役に立ちたかった、んです。」
絆愛に正面から軽く突き飛ばされ、尻餅をついた俺の懐に倒れこんだ絆愛の背中からは、大量の血が溢れ出している。傷もかなり深いようだった。
「こんな、こんな形でなんか望んでなんかねぇよっ……! 死んじまったら意味、ねぇだろ……!」
片腕だけの手で、なんとか絆愛の頭を支えて抱き起こす。
「そ、そうですよね……。私、先輩を困らせてしまいまし、た。」何故か絆愛は微笑んでいた。
致命傷なのは確実だ。死んでしまうのも時間の問題だろう。
どうして……。
「心優莉だけじゃなく、お前まで居なくなったら俺は……」
「先輩……、最後に一つだけ、聞いてほしいことがあるんです……」
「な、なんだよ……」
必死に絆愛の頭を起こす。けど抱えた絆愛は、口を開くのも精一杯のようだが、それでも話を続けた。
「私、そんなでも、好翔先輩のこと……、好き、だったんですよ……」
「それって、どう言う……。」
絆愛は、こんな時だと言うのにクスクスと笑いながら俺を小馬鹿にして見せた。どこからその力が出てきたのやら、頑張って笑って見せていた。
「勿論、先輩として、ですよ……。もしかして……、期待、しちゃいまし……た……?」
「ば、馬鹿言うなよ……!お、俺だってお前なんか女として見たことなんて一度だって……、こんなチビ助……!」
言葉とは裏腹に視界がぼやけて行く。
「そんな風にからかって来るのも、好翔先輩くらいですから。それでこそ、好翔先輩です……。安心しました……。 その元気があれば、大丈夫。ですね……」
「おい、絆愛……。」
「……しと、よしと先輩……。死なないでくださいね……! 絶対に……お姉ちゃんを……取り戻して、くだ……さ———」
「絆愛……?」
その言葉を言い切る前に、絆愛は息を引き取った。
俺の腕の中で。——息を引き取った。
◇◆◇
「心優莉だけじゃなくて、絆愛まで……。そんな。」俺は自分自身を問い詰めるかの如く、自分の不甲斐なさをただ、そんな台詞を吐き捨てては、——ただ、噛み締めることしか出来なかった。
「こんなつもりじゃ……。 俺はただ、また心優莉に会いたかっただけなんだよ……。」
それなのに、絆愛まで失っちまうなんて……
俺は……。俺は……。
「なんでだよ……。」
静かな悲鳴だった、静かな怒りだった。静かな無念だった。
そんな俺に対して、待ちきれんばかりに
「もういいか? 普通はバトル中にこんな待ってくれる奴なんか居ないんだからな、全く。
こうなることは想定して置くべきだったんだ。僕を相手にするってことは、そういうことなんだよ。」
と、死神は、言葉でも俺に傷を負わせる。
絆愛をそっと寝かせて、俺は、よろつきながらもなんとか、立ち上がってみせた。
心優莉の仇。絆愛の想いも無駄にするわけにいかない。
そう。
(左手がまだあるじゃねぇか……。)
心身ともに、今にも壊れてしまいそうなのにも関わらず、俺は自分を慰めるためにそんな言葉を自身に訴えかけた。
しかしながら、もはや何のために戦っているのかさえ、解らなくなってきていた。
——どう足掻いた所で、結果は目に見えているはずなのに、どうやら俺は、負けず嫌いだったようだ。力で負けたことすらなかったから、気づけなかったんだ。
「死神っ……、お前だけは絶対に許さ———」
———
——! ?
なんだ。
—— 胸が熱い。燃えるように熱い。
——心臓が……燃えるように。
——違う。これは……。
「許さない、と、でも言おうとしたのかな?でも、残念だったね。君の心臓、僕の立派な鎌で貫いてあげちゃったよ」
「——⁈、っっっ……」
「さっきは、少しアングルに失敗してね、鎌の形状を意識せずに上から斬り込みいっちゃったからね。だから深鈴 絆愛は、背中を縦に割く形になっちゃったけど、おかげで、僕も学習できた。」
死神は背後に回り、その大きな鎌で俺の胸元をぐっさりと、突き刺していた。
「横向きに鎌を振るったんだ。そうしたら、若干カーブした、鎌の刃先は、君の心臓を突き破ることが出来たよ。あの娘には、今度、例を言わなくてはね。」
「いつ……のま……に。嘘……だろ……?」
胸元をえぐる刃先からは、大量の赤い液体が流れ落ちる。
「形成逆転だなんて主人公みたく上手くいくと思ってた? でもそう簡単にはいかない。現実は甘くない。」
「 ……心臓はやべぇって。はは、全く。こんなにもレベルが違うだなんて。正直甘く見過ぎていた。」
「深鈴 絆愛は無駄死に以外の何者でもなかったようだね。 君も、もう少しやってくれると期待していたんだが、所詮は死神モドキ。人間と変わらなかったね」
「へへ、言ってくれる……じゃねぇか。クソ親……父。」
「クソ親父って呼ばわりされる覚えはないさ」
死神は最後まで俺を嘲笑っていた。
絆愛……、すまねぇ。何にも出来なかった……。
これでもかと「なぁ、親父に殺される気分はどうだ?好翔。」死神は、そう言い、俺の息の根が止まるまで煽りに煽る。
……死ぬんだな、俺。 死んだら心優莉に会えるんだろうか? あの世でくらい充実した生活を送れたらいいんだがな。
後悔先に立たず。
いや、心優莉を取り戻せるのなら何だってしてやれる覚悟だった。……そうだろうが。
「へへ……、最悪だぜ、まっ……たく……」
生前の遺言に選んだ言葉は、精々、こんな言葉しか見つからなかった。
今日まで、生きてきて自分の人生に納得したことなんか、一度だってなかったんだ。
言うなら、せめて心優莉が居てくれたことだけが、俺の生き甲斐だったな。
——そういや、心優莉って、誰だっかな? 俺、なんでこんな必死に。
何で、こんなことになっちまってんだ?
(……あれ?……なんで俺、死にそうなんだろ……)
視界が霞んで行く。
意識が朦朧として行く。
体の感覚がなくって行く。
————
◇◇◆
「最後の最後に記憶がなくなったみたいだな。優木 好翔。君の悲惨な人生には、父親として同情してあげるよ」
大量の血を流して倒れる二人がその現状を物語っている。
外から賑やかな話し声が聞こえ始めたようだ。
「一時間目とやらは体育館を使うのか。 全くまだケリが付かなかったとしたらどうするつもりだったんだか。こんな所、観衆の目に晒されたらさぞ、後始末が面倒くさそうに。
とりあえず、集まって来る前にそこで寝ている二人の死骸を片付けるか。」
死神は、二人を持ち上げると両肩に抱えた。
「……あー。腕も転がってるな。血痕も凄いし、床はヒビ入ってるし。ん〜…… いいや、死体さえどこかにやれば、なんとかなっか!」
二人を抱えた死神は、好翔の切断された右腕を拾うと早足で体育館を後にした。
「さて、後は来たるべく時を待つだけ……か。僕の運命も終わる日近し、だな。」
——
これで良い。これで良かったんだ。
これでやっと全てが終わってくれる。
何もかもが、終結へと向かってくれるんだ。
「今度は、期待はずれじゃない事を、期待しているよ。」
死神は、そう心に思っていたと言う。