六話
突然だった。
自分の本名を赤の他人から呼ばれ、三人とも呆然としてしまった。
0歳からの付き合いがある三人同士でも実名は教えることなく、本名を隠して生きてきた。
この世界において、本名で相手のことを呼ぶことは禁忌とされていて、学校や他の場所でも番号やニックネームで呼び合うのが当たり前。本名は隠さなければならない。
では、何故赤の他人のNon NAMEのメンバーがシグナルたちの本名を知っていて、その本名で呼んだのか。
考えても答えは出ない。
「あぁ。私たちの名前は言ってないね。私は齋藤遥香。向こうが宇野仁。私はNon NAMEの副リーダー、仁は実行部隊のメンバーだよ。」
相手もあっさり本名を明かした事に戸惑いながらも、ようやくやり取りするための言葉が浮かんできたシグナルはNon NAMEの二人に言葉を返す。
「まずは助けて頂きありがとうございます。齋藤さん、宇野さん。その点は感謝してますが、一体何が目的なんですか?」
質問しても二人とも何かに驚いた表情でシグナルを見つめるだけなので、シグナルは続けた。
「ワニとはっぱの様子からも二人の本名も合っているみたいですし、いきなり僕たちを禁忌とされる本名で呼んだ上、『もっと世界を知りたくはないか、少年』とか言い出すなんて。僕たちに何をさせたいんですか?」
するとNon NAMEの二人は同時に微笑んだ。それを見て、シグナルはムッとした。
「ごめん、ごめん。予想以上に言葉が達者だったから少し驚いちゃった。私たちの目的は上から目線で言えば三人の保護。本心を言えばNon NAMEへの勧誘、かな。『もっと世界を知りたくはないか』。これは言葉通りの意味だよ。Non NAMEは民間人から知る権利が剥奪されたその日から今までずっと、過去の記録の保護と未来へ繋ぐ、現在の記録をやってきた。君たちは博識のようだけど、Non NAMEになればもっと細かく、もっと膨大な資料で世界を知ることが出来る。Non NAMEに入って、もっと世界について知りたくはない?」
簡単に他人を信用してはならない。
そう理屈では分かっているのに、本能的に三人はもっと世界を知りたいと思ってしまった。
追い討ちをかけるようにNon NAMEが続けた。
「脅しみたいになるかもしれないが、このままただの民間人でいればエレクトに処刑されるのは時間の問題だ。Non NAMEに入ることは絶対に君たちの損にはならない。保証しよう。」
三人はほぼ同時に決心した。
「僕たちはNon NAMEに入ったら何をすれば良いんですか?」
シグナルの返事とワニ、はっぱの表情を見たNon NAME二人は再び微笑んだ。
「Non NAME本部で詳しい話はしようか。手を貸して。」
三人が二人に手を差し出す。二人が三人と手を繋いだ瞬間、そこは畳の間ではなかった。