五話
政府が理想とする『人間の路線』というものから大きく外れてしまった三人に、今の学校は必要ない。
ただ邪魔な存在だ。学校で教わること全てを超える知識を有してしまった三人は、空いた時間を有意義に過ごした。
政府が消し去り損ねた書物から得た知識に基づいて世界について語り合った。
自分が思い描く理想の世界を。自然が溢れ、人と人とが繋がり合い、本当の意味での笑顔が存在する世界。
今の世界とはかけ離れている。だから嘆くのだ。自由でありながら、全く自由の存在しない今の世界を。
話は尽きなかった。これほど楽しい時間を未だかつて経験した事がなかった。いつまでも続いて欲しい。
そう思った。しかし、現実は厳しい。
事は突然起こった。三人が畳の間で語り合っていると、玄関が大きな音と共に灰燼と化す。
それが爆発したことによるものだと三人には理解出来たが、玄関を見つめ、ただその場に留まることしか出来なかった。
「こちら丙隊。対象者潜伏先に潜入。捜索を開始する。」
頭まで真っ黒な鎧のようなものを身につけた5、6人の集団が流暢であるがしかし、機械のような日本語を話しながら中に入ってきた。その手には武器もある。逃げなくては。
三人とも頭では理解していたが、体が動かない。言うことを聞かないのだ。逃げられない。畳の間の真ん中に固まって座っていた三人はすぐに見つかってしまった。
「丙隊から各局。対象者発見。繰り返す。対象者発見。」
黒装束の集団はおそらく銃であろう武器を三人に向けながらゆっくりと接近してきた。
「大人しく手を挙げろ!我々は政府軍『エレクト』だ。今からお前たちを連行する。」
遂に来てしまった。正体が分かって、少しだけ冷静に戻った三人はそう思った。
と、同時に現状の打開方法を必死に考えた。
しかし、今までこの様な状況に巡り合ったことのない三人に打開案は当然浮かばなかった。
妥協案としてシグナルとワニは同じ選択をした。今は大人しく連行されて、どこかで隙を見つけて逃走するという選択だ。しかし、はっぱは違った。
「八十万神に畏み畏み申す!」
合掌するとシグナルやワニにも分からない言葉を口にした。
次の瞬間、三人の周りを半透明な膜のようなものが包み込んだ。
それを見て、集団の先頭に立っていたエレクトの一人が手にした武器を三人に向かって投げつけた。
勢いよく飛んできた武器は膜に触れた瞬間、虚しく畳に落下した。
「くそ!こいつら、まさか神の加護を…」
1番後ろにいたエレクト隊員は呟いたが、最後まで言い終わる前に倒れてしまった。
突然の出来事にエレクト隊員達は状況を理解出来ずに慌て始めた。また一人、もう一人と畳に倒れる。
「背後に何か…」
先頭に立っていた、この集団を率いているエレクト隊員はこの状況を起こしているものの存在に気づいたが、その時にはもう遅かった。最後の一人も成す術なく倒れた。
「ふぅ…。片付いた、片付いた。」
「ギリギリ間に合わなかったねぇ。」
正真正銘流暢な日本語の呟きが聞こえた。
よく見ると、エレクト隊員らの背後には、青い刀身の剣のようなものを片手に持ち、かつて軍服と呼ばれていた装いをした若者が二人立っていた。シグナルたち三人は何が起こったのか、全く状況をつかめていない。
「ごめんごめん。自己紹介遅れた。私たちは『Non NAME』。一言でいうと、エレクトと対立している民間人による結社。助けに来たつもりがギリギリ間に合わなくて……。ゴメンね!」
若者の一人が三人に歩み寄って自己紹介をした。いまいち状況は飲み込めていないものの、三人とも『Non NAME』という名前を知っていた。三人が読んだ書物に記されていたのだ。
若者の胸元や肩についている紋章も載っていた物と全く同じだ。
若者たちは紛れもない本物のNon NAMEであると三人は判断した。
しかし、Non NAMEならば信用出来るとは限らない。
未だ黙り続けていた三人に、Non NAMEの一人が手を差し伸べて告げた。
「古賀拓也くん。川後凛くん。御坂崇史くん。……もっと世界を、知りたくはないか、諸君。」