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四話

0歳から15歳まで一括で育てられたシグナルたちの話す言葉は決して流暢とは言えない。

日常生活では全く困る事なく通じるが、抑揚がなく、まるでアンドロイドが話しているような言葉なのだ。

それも当然の事。彼らはアンドロイドから言葉を教わったのだから。

かつて、アンドロイドが全国に普及する前まで、人間は言葉を親から、人間から教わっていた。

親が話す言葉を聞きながら覚えていたのだ。その親がアンドロイドと取って代わったのだから人間が話していた抑揚のある言葉は失われてしまった。

しかし、はっぱは抑揚ある言葉を口にした。失われたはずの日本語を。

はっぱもシグナルたち同様、共同生活をしていたから、今まではアンドロイドのような言葉を使っていた。

今朝突然変わったのだ。シグナルはもちろん自分が今現在話している言葉が、かつての日本語と大きく違う事も、はっぱが口にした言葉がかつて存在した日本語と同様である事も知らない。

それでもはっぱが口にした言葉が自分たちと違ったことに違和感を感じ、だんだんと恐怖を感じるようになった。それは理屈じゃなく本能で。

一体どんな話が待ち受けているのか。放課後はあっという間に訪れた。

「じゃあ……行こうか。」

はっぱを先頭に学校を出た。三人は登校こそバラバラなものの、帰宅はいつも一緒だった。

しかし、未だかつてこんなに気まずい帰宅はなかった。

いつもと変わらない会話の一切ない帰宅路でも雰囲気が違う。ワニもはっぱに何らかしらの違和感を感じているようだ。

はっぱの家までは短くて遠かった。見た事もない大きな門をくぐると、シグナルの家の数十倍はあるのではないかと思われる大きな建物がそびえ立っていた。

「ようこそ、わが家へ。」

必要以上に大きい玄関から中に入ると、シグナルとワニは見たことがない、知らない世界が広がっていた。

奥の方まで広がる畳の部屋。100畳近くあるだろうか。もちろん、シグナルとワニに『畳』の概念はない。

「適当に座って待ってて。」

はっぱは二人にそう言って部屋を出ていった。シグナルとワニにこの時あった感情は恐怖だった。

知らない世界への驚きよりも、未知への恐怖が優っていた。すぐにはっぱは大荷物を抱えて戻ってきた。

その荷物を足元に置くと、シグナルとワニに向かうように座った。静寂が訪れる。

「はっぱ……話って?」

耐えられなくなってシグナルが口を開いた。質問の相手はうつむきながらゆっくりと息を吐く。

「今からする話はこの世界の事だ。必要最低限の知識を超える内容ももちろんある。つまり…この話を聞いたら軍の処刑対象になる可能性がある。嫌なら立ち去ってもらっても私は何も言わない。知りたいなら…その覚悟があるなら聞いてほしい。」

『軍の処刑対象になる可能性がある』という言葉が頭の中で反芻する。

それ以上に『この世界の事』をシグナルは知りたかった。ワニも同様のようだ。

「ありがとう。まず、この荷物が何か説明すると、これらは私の両親が命と代えて私に残してくれた、かつてのこの国、日本についての様々な事が記されている書物だ。」

シグナルは知っている言葉、『日本』という言葉に反応した。

「はっぱ……それは本当の話か?その本たちには日本についての書かれているのか?」

ワニには全く分からない話で、キョトンとした表情で二人の会話を聞いていた。

そんなワニを他所(よそ)に話は続く。

「日本の始まりとされる頃から私の両親が亡くなる直前までの日本についてが事細かに記されてるよ。これらを読めば、日本がどんな道を歩んできたのか全て分かる。どうして今のような日本になってしまったのか、何故私たちは必要最低限の知識しか知る事を許されていないのか。…私はこれらを読んで本当の世界を知ったよ。」

正直、シグナルにもワニにもはっぱが何を言っているのかよく理解できなかった。

それでも、はっぱが現状を一変させるほど重大な事を言っていることだけは理解出来た。

「どうして…こんな話を俺とシグナルに?」

単純な疑問だった。はっぱが前置きとして言っていたように、はっぱは話すことで話した自分も聞いた二人も法律に違反し、軍の処刑対象になると自覚していたのだ。

通常ではあり得ない。0歳から15歳まで政府に管理され、洗脳されていたといえる生活をしていたはっぱに『法律を意図的に破る』という概念は存在しないはずなのだ。

「どうして…か。…誰かに話したかったんだと思う。私一人の心の中では抱えきれなかったんだ。私はずっと学校の教室の沈黙が嫌だった。何でも良いから話をしていたかった。でも話せなかった。話せる事がないから。ようやく話す話題が出来たんだ。…話したかったんだ。」

シグナルも同様の気持ちだった。

ずっと自分の知っている事を話し、誰かに意見を聞きたかった。

しかし、誰にも話さなかった。話そうともしなかった。シグナルの心に複雑な心情が渦巻く。

言葉に出来ない。こんな経験は初めてだった。言葉で吐き出せないこの気持ちをどうにかするために、シグナルは考える事をやめ行動に移した。

「その書物…。日本の始まりから読ませて。ここで全部読むから。」

それから三人は生まれて初めて読書会を開いた。

彼らに『時間の概念』はない。読み慣れない書物に最初は苦戦しながら外が暗くなろうが、明るくなろうが関係なく書物を読み進めた。

どれほどかは分からない。全ての書物を読み終えた時に広々とした畳の部屋に座った三人の思想にかつての【純粋さ】は存在しなかった。

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