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三十九話

八重兼憲は久しく「死」への恐怖を忘れていた。

生まれて初めて死ぬかも知れないと思ったのは、Non NAME前リーダー衛藤守と戦った時だ。それ以来、死を覚悟するのは決まって守と戦った時だった。悲劇の日でさえ死ぬかもしれないないなんて思わなかった。しかし、今、戦っているのは一兵卒のエレクト。有り得ない。あってはならない。兼憲は無心で銃を構えたエレクトを刺し倒し、残りを殴り倒した。真っ白の手袋に敵の血がにじむ。ようやくエレクトの司令がいつも通り恐怖の表情で兼憲を見つめた。動く気配はない。兼憲は一瞥すると、インカムに向かって大声で怒鳴った。

「全員即時撤返!退け!」

 遥とミサ組。インカムから兼憲の撤退命令が聞こえた時には既に遅かった。ミサの軍服は流れ出てくる血で黒ずんでいく。

「ミサ!ミサ!しっかりして!」

取り乱す遥と地に伏すミサの様子を見て、当の状況を作り上げた本人たちであるエレクトは呆然としていた。まさか自分たちの攻撃が効くとは思っていなかったのだろう。しかし、歓喜に沸く事はなく、冷静に、次の標的である遥へと銃口を向けた。

「……さない。許さない!」

遥は素早くミサの応急処置だけを行い、本部へ飛ばす。

「本部。作戦行動中に重傷者一名。治療をお願いします。……ごめんなさい」

「待……」

遥は本部からの返答を聞く事なく、インカムを耳から外すとNon NAME加入以来、初めて隊長の命令に反逆した。

 仁と悠組。二人は撤退命令を聞いた時、エレクトの元へと向かっている途中だった。

「どうしてだ?何かあったのか?」

「そういうことでは……ないでしょうか」

いつもの仁なら素直に兼憲の命令に従っていただろう。しかし、今までに経験した事のない驚きの事態に直面した直後である。冷静さを欠いていた。

「目の前の光景を無視出来ない。俺は一通り片付けてくる。お前は命令通り撤退しろ。すぐ戻る」

「は……はい。了解です」

悠は仁の指示通り本部へと帰投した。それを確認すると、仁はエレクトの小隊の元へと加速した。

 結衣と凛組。二人はずっとゾンビのように蘇り続けるエレクトと戦闘していた。

「撤退?そんな事、出来るはずがない。ここの人たちを見捨てるなんて」

結衣の言う事は通常時ならばNon NAMEにとっては至極真っ当だ。エレクトを、それもNo NAMEが手こずるような存在をそのままにして退く訳にはいかない。

「それでも結衣、今回は……」

「諦めろって?冗談じゃない。……私はここら一帯の奴らを倒してから戻る。先に行って!」

延々と続けてきたエレクトとの戦闘を今ここで自らの撤退という形で終わらせる事を結衣のプライドが許さなかった。説得を試みている凛も心の中では同じ想いである。しかし、Non NAMEという一つの組織に属している以上、その長の指示を無視する訳にはいかない。

「……分かった。きっとすぐに戻ってきます。だから……気をつけてください」

結衣の怒号と共に凛の姿がその場から消えた。

 拓と御坂組。エレクトの対処を終え、異常を本部に伝えようとした瞬間、二人は兼憲の撤退命令を聞いた。二人は考える事なくすぐに本部へ帰投した。

「一体、何事ですか?」

本部の作戦司令室に着くと同時に拓が疑問を投げかけるが、問う相手はモニターの向こうだった。

「全員揃ったら説明する。待機だ」

部屋には司令である桜井、友理奈、そして二人の補佐をしている七瀬と九鬼。他の組はまだ帰ってきていない。しばらく待っても一向に戻ってくる気配がない。

「兼憲。命令が伝わってないんじゃ……」

耐えかねて拓が口を開くと同時に作戦司令室に悲鳴と共に誰かが現れた。一瞬、誰なのか判別出来なかった拓と御坂だが、聞いた叫び声は聞き覚えのある声が乱れたものだった。

「ミサっ!」

軍服が血で染まったミサに二人はすぐに駆け寄った。ミサは遥と同じ組だったはず。では、遥は一体どうなったのか。ほぼ皆無である最悪の可能性が二人の頭を過ぎる。しかし、それ自体は無駄な心配だった。

「本部。作戦行動中に重傷者一名。治療をお願いします。……ごめんなさい」

「待て!本部に即時撤退しろ!」

連絡してきた遥に桜井が再び撤退命令を伝えるが、返答がない。

「遥め。インカム外しやがったな」

誰に対して、何を謝ったのか。桜井と友理奈は遥の真意に気がついていた。

「撤退するつもりはない……てか。拓、御坂。早く医務室へ」

二人は頷くとミサを抱えて医務室へと走った。遥が施したのだろう。適切な応急処置がなされている。それでも傷が深いのは明らかだ。一秒でも早く医者に診せなければ危険である。向かう途中で医務室から作戦司令室に向かってきてくれていた医師と合流したので、二人はミサを医師に託した。

「お願いします。絶対に助けて下さい」

「はい……最善を尽くします」

 拓と御坂が作戦司令室に戻ると、凛と悠が帰投していた。

「結衣と仁はどうしたんだ」

御坂の問いに二人は答えない。

「おい、どうしたんだよっ!」

ミサの件で気が立っている御坂は口調を強めるが、それでも二人は目を逸らして答えない。その二人に代わって友理奈が答えた。

「二人とも命令無視。連絡もつかない。遥と同様にインカムを外しちゃったわね、多分」

明らかな異常事態。未だかつてこんな命令無視が行われた事はない。

「仕方ない。お前らだけにまず説明する。と、言っても私自身も詳しく把握している訳ではない」

「御託は良い。早く説明を」

拓も苛立ちを隠せていない。

「分かった。今回のエレクトの作戦は恐らく実験を兼ねたものだった。いや。主たる目的が実験だったと考えられる。その実験内容は守が力を付与した武器がNon NAMEに効くかどうか。守が力を付与した防具がNon NAMEの攻撃を防げるかどうか。それを確かめるものだったと思われる。ニチノ条約は破られた訳だ。我々はまんまと罠に嵌められたという事だ。あんな無意味な条約を結ぶんじゃなかった。全く状況が変わらないどころか、よりひどくなってしまったじゃないか……」

兼憲が説明した内容に作戦司令室の職員は驚きを隠せない様子だったが、帰投してきた実行部隊は悠を除いて至って冷静に受け止めていた事から、各地で兼憲の説明が信用に足ると思える異常事態が起きていた事を作戦司令室にいた一同が悟る。

「兼憲の所感はどうでも良い。これからどうするつもりなんですか」

一向に結論を述べる様子のない兼憲に痺れを切らして凛が問う。

「あぁ、悪い。我々Non NAMEの力が相手に通じない上、防御もままならない状況で危険なことは出来ない。幸い、加護自体は有効だから身体強化はされている。また、歌で加護を強化すれば防げる可能性もある。今後は武器で相手の攻撃を直接防ぎながら、歌で加護を強化した時の状況を探ってもらう。以上、各員元の……」

突然、兼憲と作戦司令室の通信が途切れた。代わりに聞こえてくるのは肩で息をする声だった。

「インカムによる緊急通信……?」

作戦司令室にしばらく荒い呼吸の音が響く。

「副長、遥……よ。最期に……伝えるわ……。エレクトの……謎の力は……歌で……かごを強化しても……防げない……私たちの……攻撃と……防御は……無力よ……。あとは……任せたわ―――」

悲鳴と不快な破壊音と共に遥からの通信は途絶えた。

「遥……遥!遥香っ!」

友理奈が叫ぶように呼びかけても答えは返ってこない。状況は作戦司令室にいた全員が想像出来た。

「遥香さんが……負けた?」

実行部隊の四人はじっとしていられなかった。

「待って!」

しかし、友理奈の一声で四人は足を止めた。

「こんな時こそ冷静に。隊長の指示を聞いて」

兼憲との通信が回復する。隊長の元にも遥の通信は届いていた。

「……作戦中止。我々の負けだ」

拓、御坂、凛、悠は現実を受け入れられなかった。Non NAMEが負ける事なんて。そんな事が起こり得るとは思っていなかった。

「拓は私の元へ。御坂、凛、悠は本部で待機。後片付けをする」

兼憲との通信が切れる。作戦司令室は沈黙に包まれる。うっすらと響く機械の稼働音だけが時が動き続けている事を証明している。誰も口を開けなかった。

 本部との通信を終えた兼憲は深くため息をついた。Non NAMEの総意を考えれば、ここは絶対に退くべきではない。だが、隊長としてこれ以上Non NAMEに犠牲を出す訳にはいかない。

「我々は正義の味方ではないんだ……」

自分に言い聞かせるように呟く。間もなく、本部から拓が移動してきた。その表情は当然ながら暗い。兼憲は拓に掛ける言葉を持ち合わせていなかった。

「……行くぞ」


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