三十七話
条約。
それはかつて戦いが絶えない時代に争い合っていた者同士で破ることの無い約束事を文書で交わすことを意味する。
二人によってあっさり提案され、簡単に実現してしまったが、今まで両者が歩んできた道を考えれば終戦にも匹敵するほど衝撃的出来事である。
「お互いの要求を言い合いましょうか。我々、Non NAMEからの要求は二つ。一つは作戦のNon NAMEへの事前通告。内容は場所・時刻・目的の三つを必ず示す事。一つはNon NAME実行部隊以外への武力行使の禁止。すなわち一般民間人や武装していないNon NAME職員、エレクト隊員への攻撃禁止。以上だ。」
「では、こちら側の要求も言おう。日本政府およびエレクトの要求は四つ。一つは防衛専念の宣言。元からNon NAME側からは手を出さないというNon NAME側の心掛けは存在したが、改めて明確にして欲しい。一つは実行部隊以外の武力行使の禁止。こちらとしては、神の加護を受けている者と兼憲が実行部隊であるという認識だ。一つは戦場においてお互いの組織の長同士の戦いは間接的であっても禁止する。戦う状況になった場合は、互いに完全撤退する事を義務付ける。つまりは俺と金は戦ってはならないって訳だ。最後に一つ。戦闘終了後の後処理はその戦闘の勝者が行なう事。つまり、そちらが気絶させたエレクト隊員はこちらの本部まで全員送り返せ。こちらもNon NAMEの死体は責任を持ってNon NAME側に送り届けよう。」
守の要求をすべて聞き終わった兼憲は要求の中に落とし穴がないか、頭をフルに回転させて思考した。
「日本政府およびエレクトが我々の要求をどの程度飲んでくれるかによってこちらの対応も変わってくる。」
その言葉を聞いた守は全く迷う素振りもなく即答した。
「我々、日本政府およびエレクトはNon NAME側からの要求を全面的に受諾する。」
「全……面……的に?」
兼憲にとって予想外の回答だった。
何故なら、Non NAMEの要求はエレクトの存在意義を問うものであったからだ。
前者の要求である通告に関しては正直なところ通告されようがされまいが、Non NAME側はエレクトの動きを掴む事が可能だ。通告による利益はあくまでも二重チェック、保険に過ぎない。しかし、エレクト側からすれば国家の機密を敵組織に明かす行為。軍として有ってはならない。
後者の要求であるNon NAME実行部隊以外への武力行使の禁止に関しては、現在のエレクトの形こそ異なるが、エレクトとは本来民間人を取り締まる、言わば治安部隊のようなものであり、厳密に言えばNon NAMEと戦闘するのは仕事ではない。しかし、代わる組織がないためにエレクトが便宜的にNon NAMEと戦闘している。そんなエレクトが一般民間人や武装していないNon NAME職員(=娯楽推進過激派一派)に対する武力行使の禁止となってしまえば、本来の役割の方法を失い、存在意義が揺らぐ。
却下せずとも改善案を示してくると思いきや、全面的に受諾するという。
これは一種の暴挙だ。
これでNon NAME側は日本政府およびエレクトの要求を拒否しにくくなってしまった。
そもそも、日本政府およびエレクトの要求はこちらにとっても決して悪いものでは無い。
多少、表現に頭が来るところが見受けられたが、内容に全く問題は感じられなかった。
「我々、Non NAMEも日本政府およびエレクトの要求を全面的に受諾しよう。」
「宜しい。では、我々は作戦の事前通告、内容としては行う場所・開始時刻・執行理由を作戦開始前にNon NAME側に通告する。そして、執行の際にも駆けつけたNon NAME実行部隊、つまり以外へ武力行使を行わない。それで宜しいかな。」
「然るべく。こちらは思想を侵される善良な市民の敵となるエレクトから市民を守るために防衛することだけに努めて、決して侵略することはしない。そして、武装するのは私と神の加護を持つものに限定する。長同士が遭遇するようなら完全撤退の徹底、戦闘後処理は処理した隊員を責任を持って日本政府側に引き渡しましょう。」
双方の手が差し出される。
「両者一致。ここに『ニチノ条約』締結を宣言する!」
衛藤守皇国神皇の宣言はNon NAMEによって人々に届けられた。
二人の会議の音声は全て日本全国に放送された。
「他に何かあるかね、Non NAME。」
「いえ。では失礼しますね。」
「皇宮の外までは送ろう。次会う時はNon NAMEが壊滅する時だ。」
「日本政府大改革の時の間違いでは?ここで結構。それでは。」
兼憲が立ち上がり、一歩踏み出した瞬間、そこは皇宮の門前だった。
エレクト隊員が二名立っていたが、何もしてくる気はないらしい。
「本部、応答願う。」
「こちら本部、桜井だ。無事で安心した。本当に良かった。」
インカム越しに聞こえてくる桜井の声は涙ぐんでいるように思えた。
「そちらに戻った他のメンバーは無事ですか?」
「ああ。遥が負傷したけど命に別状はない。」
兼憲は守との条約締結の瞬間よりもホッとした。とにかく仲間が無事で良かった。
「誰か手の空いている隊員寄越してくれます?私が帰る為に。」
「分かった、今向かわせる。」
本部との通信が切れた瞬間、かつて幾度となく聞いた声がインカムから聞こえてきた。
「おーい、金。聞こえているかぁ?」
「朱師ぃ⁈」
突然聞こえてきた守の声に流石の兼憲も驚いてしまった。
「おお。通じた、通じた。旧式だからお前としか連絡とれないみたいだな。一つ言い忘れていたというか、謝らなければならないことがあってな。途中で離脱した副長さん。あんまりにも素晴らしい動きだったから手が抜けなかったわ。つい本気になっちまった。多分、怪我させた。誤っといてくれ。本望じゃなかった。」
わざわざその為にだけに連絡してきたのか。
兼憲は苦笑した。
「それでは私も一つ。四條家を継ぐ宣言しましたけど撤回します。私は八重兼憲です。」
「元から認めていないよ、八重兼憲。今後、何か話し合うべき事があったらまた連絡しよう。」
守との通信が切れると同時に仁が本部から迎えに来た。




