三十四話
金属が激しくぶつかり合ったかのような大きな音と共にNon NAME五人と七瀬、九鬼が出現したのは大きな扉の前だった。
「結界は破れなかったか…。いけると思ったんだがな。どうするか。」
何かに突き飛ばされたかのように、みんな地に転がっているなか、兼憲だけが立って扉を見つめている。
「七瀬家、九鬼家。確か両家がここの結界に関しては管理していたはず。何かこの先に進む手立てはあるかね。」
結界が破れなかった今、兼憲にとって両家が頼みの綱であった。
「馬鹿を言うな。この結界は遥か先代が張ったもの。我々は綻びがないか確認していたのみ。私たち如き力ではどうにも出来ん!」
「恥ずかしながら七に同じ。」
不機嫌そうに答える七瀬と頭を抱える九鬼。
大扉を前にして沈黙が広がる。
「あのぉ……。こんな時になんだが……同世代なんだ。私のことは”七瀬家”なんて仰々しい呼び方でなく、普通に呼んでくれ。七瀬……とか、飛鳥……とか。」
恥ずかしそうなその様子からは、十氏家の一角、七瀬家当主という役職を除けば、普通の女の子である事が感じられた。
その一言で緊迫とした場が和み、一同から笑みが出る。
「え?あぁ。そうだな。そうしよう、七瀬さん。」
「そういう事なら私も”九鬼家”などと仰々しく呼ぶ必要はない。かつては敵でも今は仲間。気軽に行こうではないか。」
「はい、九鬼さん。」
Non NAMEと両家当主の距離は縮まったが、肝心の皇国神皇までの距離は縮まっていない。
しかし、この融和も無駄ではなかった。
「あのぉ……。恐縮ながらよろしいでしょうか。」
手詰まりの中、一人発言した者がいた。
「遠慮するな、拓。何か良い案でも思いついたか?」
兼憲の問いに頷くと、所感を述べた。
「この扉、ざっと見たところ鍵穴が無いんですよね。案外普通に開けられるのでは?」
これに九鬼がすぐ否定した。
「いや。詳しくは無いんだが、この扉は科学技術とやらで人物識別をしているそうだ。その上、神の加護を受けている我々は結界に触れる事は出来ても、扉に直接触れる事は出来ない。七と我々を除く、他の十氏家なら可能やもしれんが……。」
九鬼の指摘を拓は咀嚼する。
「神の加護……。十氏家……。なら、八重家当主なら?」
七瀬、九鬼には理解出来なかったが、Non NAME一同は喜びの声をあげた。
「いやいや。八重氏は今やNon NAME。神の加護を……」
七瀬の言葉を八重が自ら遮った。
「私は加護を受けてないんだな、七瀬氏。」
そうすると兼憲は七瀬の肩にそっと手を載せる。
「なっ……何を。」
その瞬間こそびっくりして兼憲を睨みつけた七瀬だったが、すぐに驚きのベクトルが向きを変える。
「神の加護を……一切感じない。まさか!有り得ない!」
「そのまさかなんだよ、七瀬氏。私はNon NAMEを名乗りながらしっかり十氏家が一角。八重家当主なんだよ。」
現実を受け入れられない様子の七瀬に兼憲が説明を重ねる。
「血筋で加護を受けられる七瀬家、九鬼家は十氏家となっても加護を失わなかったけど、十氏家は神の加護を受けられない。つまり、私は神の加護を受けられないんだ。」
七瀬と九鬼に驚きの目を向けられながら、兼憲は大扉に近づく。
息を整え、扉に手を差し出した。
結界に遮られる……と思いきや、何にも邪魔される事なく触れる事が出来た。
兼憲は徐々に力を加えていく。
すると、ゆっくりではあるが扉が動き始めた。
「動いた……。」
「動いたぞ……。」
七瀬と九鬼が簡単を漏らす後ろで、Non NAMEは微笑んだ。
しかし、歓喜に浸ってられる時間はそう長くなかった。
扉を開けていた兼憲が突然跳躍して扉から距離を取った。
「警戒!敵襲だ!」
叫ぶ兼憲の言う通り、敵は突然出現した。
数十人がNon NAMEと七瀬、九鬼を囲む。
半分以上開いた扉の奥にも何人かいる。
現れた者達の服装は七瀬や九鬼と似ている。
味方である可能性も頭の片隅にあった拓だったが、手にした刀や錫杖はNon NAMEと七瀬、九鬼に向けられている。
「何のつもりだ……。」
七瀬の殺気にも近い感情が込められた言葉にも返答する気配はない。
「当主に刃を向けるとは。一体何をしているのか分かっているのか!」
九鬼の問いにも答えない。
次の瞬間、大きな扉が完全に開き、重たい音が周りに響く。
奥から七瀬、九鬼の服装と酷似した者が二人歩いてきた。
扉側の者達が道を開けるように移動する。
周りを警戒しながら、Non NAMEと七瀬、九鬼も二人の方を向く。
「七瀬飛鳥。八重兼憲。九鬼正人。そしてNon NAMEども。御首級頂戴!」
九鬼と似た着物を着る覡が刀を構えて切りかかって来た。
一番扉の近くに立っていた七瀬と九鬼に刃が迫る。
二人の後ろに立っていたNon NAMEは反応出来たものの、二人を守るには遅かった。
間に合わない。四人がそう確信して立ち止まってしまったなか、一人だけ動いた者がいた。
襲撃者と七瀬、九鬼の間に立ち塞がり、刀の側面を手刀で弾き、何と刀を真っ二つにへし折った。
半分に折れた刀を虚しく振り下ろした襲撃者は再び距離を取る。
「Non NAME諸君。油断するな。ここは戦場だぞ。」
兼憲は手刀を構え直して冷たく告げた。
「七瀬氏、九鬼氏。これは何事か。」
「分からない。ただ一つ言えるのは裏切りだ……。」
「この者たちは七瀬家と我ら九鬼家の者たちだ。間違いない。」
日本政府は完全なる上下関係が成り立っているはずだ。
絶対的権力を持つ十氏家の当主にその家の者が刃を向けるなんて有り得ない。例え皇国神皇に命令されたとしても。
「我々は七瀬家、九鬼家などではない。そんな下等な者どもと一緒にしないでもらいたい。」
突然襲いかかって来た覡と並んで現れた年増な巫女が九鬼に反論した。
「我々の仕えしは一家のみ。我々は皇国神皇直属のエレクト、一近衛隊なり。」
七瀬は右手で頭を抱えていた。元々白いその表情は真っ白だった。
「そんなはずはない……。嘘だ!有り得ない、そんな事は……。」
七瀬が冷静さを失ったところをNon NAMEは初めて見た。
隣に立つ九鬼もとても平常な状態ではない。
「んーと、何となくだが状況は分かった。」
一近衛隊に囲まれ、Non NAME側に絶望の感情が広まるなか、兼憲がふとつぶやいた。
「よし。NonNAME諸君。行くぞ。拓と凛は七瀬氏と九鬼氏を守る事を重視で来る敵だけ相手にしろ。遥、結衣は私と敵を掃討する。全員、頭の脳幹を狙え。一度倒した後でも良い、脳幹に刃を通せ。分かったな?」
Non NAMEのインカムから小声の指示が聞こえる。先ほどの油断を反省し、Non NAME一同、いつ何が起きてもすぐに対応出来るよう身構えていたので、今度はすぐに動けた。
「Tulta(突撃)!」
兼憲の合図と共にNon NAMEが動き出す。
とうの昔に失われた言語は状況に絶望していた七瀬と九鬼を我に返した。
「八重氏は何をする気だ!七瀬家の者を、我々の家族を斬ろうというのか!」
七瀬と九鬼を守る拓と凛の背後で七瀬が叫ぶように訴える。
しかし、その間にもNon NAMEは一近衛隊を斬り捨てていく。
「やめてくれ……もう、やめてくれ……。」
九鬼も嘆願するが、Non NAMEの勢いは止まらない。
斬り続ける事でしか勝機は見出せないからだ。
一近衛隊は身体を斬っても倒れることはなく、武器を失っても立ち向かってくる。
これほどの乱戦。Non NAME側も相手を傷つけないための威力調整しかしている余裕はない。
斬られるたびに傷はなくとも身を裂かれる激痛に襲われているはずだ。
狂人の如く。
兼憲の言葉通り、ここが戦場である事を実感させられる。
「七瀬さん、九鬼さん。ここは既に戦場。情けをかければこちらが殺される場。兼憲にはきっと考えがあります、抑えてください。」
どれほどの効果があるのか分からないが、拓は迫り来る敵を斬り倒しながら二人に落ち着きを促した。
必死の攻防の中、無意識のうちに避けていた敵の脳幹を拓の刃が捉えた。
瞬間、斬られたものは事切れて壊れた人形のように力なく崩れ落ちた。
その様子は身体を斬られた時の気絶する様子とはまるで違う。
何か大切なもの失ったように倒れたのだ。
しかし、罪悪感に囚われている暇はない。
そもそも、何が起こったのか、拓は十分には理解していなかった。
身体をペンの剣で斬ると斬られた者は一時気絶するが、しばらくすれば何事もなかったかのように回復してしまう。
攻撃の強弱によってその時間は変動するが、目覚めなかったり、後遺症が残ることは絶対に無い。
しかし、脳幹を斬った場合は例外である。
引き起こされるのは脳の機能の停止。つまり、相手を脳死状態にするという事だ。
植物状態。生きながらに死した状況。
どれほど言い逃れしようが、完全なる殺人行為である。
ただ、この効果にも例外がある。
脳幹を斬られた事によって引き起こされる現象は複雑であり、正直何が起こっているのか不明である。
唯一分かっている事は、神の加護がまるで糸の様に斬られた者の脳に絡まっているという事だ。
その神の加護の糸を解けば意識が戻る。
攻撃の強弱によって変わるのは、意識回復後の状態である。
大前提として、脳幹を斬られた者は人格が変わってしまう。
攻撃が弱ければ全くの赤の他人に変わる程度で済むが、攻撃が強ければその者は斬られた者に服従してしまう。
まるで操り人形のように。
そんな事は全く知らない拓は、狂人たる一近衛隊の鎮圧方法を見つけたと喜びの声を上げた。
「身体を斬っても効果はありませんが、兼憲のいう通り、脳幹を狙えば確実に鎮圧出来ます。」
「……予想通りか。ありがとう、拓。諸君、再度指示する。敵の脳幹を狙え。」
一息ついてからさらに指示を重ねる。
「持久戦だ。威力は弱くて良い。確実に脳幹を捉えろ。」
兼憲の指示を合図に掃討隊は戦略を変更した。
一近衛隊は皇国神皇直属を名乗るだけあってかなり手強い。
退けるのは容易だが、いざ倒そうとすると精鋭たるNon NAME掃討隊でも手間取っている。
Non NAMEの敗北は万に一つもないが、持久戦は望ましくない。
完全に硬直していた戦場だったが、戦略変更後、鎮圧まではあっという間だった。
Non NAMEを包囲していた一近衛隊の中では最も強かったであろう二人の覡・巫女はいつの間にか消えている。
Non NAMEと七瀬、九鬼の周りには大勢の気絶した覡や巫女が転がっている。
その中の適当な一人の近くに兼憲はしゃがむ。
「これから一人ずつ起こしていく。私の予想では全員の敵意が取り除けているはずだが、あくまで予想に過ぎない。襲いかかって来たら遥がもう一度脳幹を斬ってくれ。」
遥は静かに頷くと、手にしてる剣を握り直す。
兼憲は倒れている一人に手をかざして、何か唱えようとするが、言い忘れた事があり、再び遥の方を向く。
「先に刀と錫杖を片付けよう。七瀬氏と九鬼氏に一つずつ渡して、後は消してくれ。」
兼憲の指示で、結衣が祝詞を唱える。一瞬であちらこちらに転がっていた刀と錫杖が消え、拓と凛が倒した覡と巫女が持っていた物ひとつずつのみ残った。
「よし。いくぞ……。」
かざされた手は次第に光を帯びていき、一瞬強く輝くと、兼憲の手は元に戻っていた。
「こんにちは。大丈夫ですか。」
目を覚ました覡に兼憲が優しく声を掛ける。
「あぁ。えっと。大丈夫です。あなたはどなたですか?」
「私はNon NAMEの八重兼憲です。」
兼憲が名乗った瞬間、覡が細めていた目を見開いた。
一瞬あたりに緊張が走るが、それは驚きの表情だった。
「八重さま!?」……七瀬さま、九鬼さままで!何事でございましょう。」
この反応に満足した兼憲は微笑んだ。
「大丈夫みたいだな。どんどん起こしていくぞ。遥と結衣もどんどん起こしてくれ。拓と凛は二人について、万が一襲ってくる様なら対処してくれ。起こした人たちの対応を七瀬氏と九鬼氏、頼む。」
Non NAME一同は兼憲の指示に頷く。
拓と凛の背後でずっと頭を抱えていた七瀬や絶望の表情をしていた九鬼も弱々しながら応じた。
「了解した。」
「任された。」
二人とも戦闘前までとはいかないものの、充分冷静さを取り戻していた。
拓と凛は心配する事なく自らの役目へと向かった。
全員起こすのにはなかなか時間がかかった。
結局全員正常な状態に戻っていて、襲いかかってくるものは誰一人としていなかった。
Non NAMEに対して嫌悪感を抱いている者は何人かいたが、七瀬と九鬼の説明で納得してくれた。
「さてと。これで七瀬家と九鬼家両家と和解出来た訳ですが……」
次の方針を話そうとする兼憲の言葉を七瀬が遮る。
「いや。全くもって和解など出来ていない。」
ここまで来てまさか戦をおっ始めようというのか。
拓には展開が読めなかった。
「先ほどの戦闘で二名、別格の様な者がいただろう。あの者は二名とも先代の側近であった者。七瀬家、九鬼家両家共に当主は実力至上主義で決まる。つまり、我々は先代を殺めて当主の座に就いているのだ……。」
七瀬が言葉を足してようやく拓にも理解出来た。
「七瀬家と九鬼家両当主は謀叛にあった訳だ。」
刹那、七人の周りに突然障壁が出現した。
「流石はNon NAMEと七瀬家当主、九鬼家当主。私の攻撃、それも奇襲でも効きませんか。」
声の主を一同見据える。
「……皇国神皇!」




