二十五話
地上から二人の悲痛な叫びが聞こえる。
青年の男女がエレクトに撃たれたのだ。命はある。まだ二人を助けられる。拓たちは全力で降下を続けた。
「拓から本部。応答願う。」
インカムからすぐに返事が返ってくる。女性の声だ。
「はい、本部。」
「友理奈さん、現状報告です。現在、青年二人がエレクトとエレクトに協力する民間人に包囲されています。相手はその民間人二人に対し発砲。命はあるようですが危険な状態かと。戦闘の許可を。」
「エレクトに協力している民間人たち、武器は持ってる?エレクトと同じ様な銃とか。」
以前にもエレクトに協力する民間人が武器を持っていた事案があったのかもしれない。
「はい。銃を持ってます。」
「やっぱりそうか……。」
友理奈は拓が報告した情報と地理的要因などを考慮して予想していた。
しかし、それは是非ともはずれて欲しかった。
「戦闘を許可します。ただし、民間人自体に刃を向けることは禁止します。いくら気絶で済むとしても民間人を傷つけてはいけません。武器を破壊して無力化してください。」
「了解。」
「気をつけて。神の御加護を…。」
本部との通信が切れるのを合図に拓たち三人はボールペンをノックする。
「凛は僕とエレクトを相手にする。民間人対応は御坂任せた。」
「了解だぁ!」
「承知した。」
一瞬で青い刀身の剣へと姿を変えた武器を握り直す。
エレクトと青年男女二人の間に、二人を囲むよう舞い降りる。と、同時に拓と凛が向けられていた銃を真っ二つに切り裂いた。
エレクト隊員の手元で暴発により軽く爆発のようなものが起こる。
拓と凛はもちろん、鎧を着込んでいるエレクト隊員も無傷だ。
「豊国の神々に畏み畏み申す。」
御坂が手を合わせて呟いた刹那、他のエレクトや民間人の武器も分解されたかのようにバラバラになった。
御坂の技術には味方である拓、凛も驚かされる。二人は着地した場所へと軽く跳躍して戻る。
背中合わせで円陣を組んだ三人は正面に立つエレクトと民間人たちを静かに見据えた。
「我々はNon NAMEだ。」
突然のNon NAMEの出現、武器喪失、圧倒的不利な状況。
エレクトは冷静さを失い、慌てふためき、指揮系統は完全に崩壊した。
元々規律なんてあるはずもない民間人たちはさらに酷い。一瞬にして収拾のつかない状態になってしまった。
そんな中でもエレクトの使命を忘れずに、何人かはNon NAMEに攻撃を仕掛けてきた。
エレクト隊の長も場を収めることは早々に諦めて、Non NAMEに立ち向かったが、来る敵全て斬り捨ててやった。
「豊国の神々に畏み畏み申す。鎮め給え、鎮め給え。」
ある程度エレクトの相手をして、もう襲って来るものがいないとみると御坂か祝詞と唱える。
すると次第に周りが落ち着き始め、いつの間にか民間人はいなくなり、拓たちと男女の周りにはNon NAMEに切り捨てられたエレクトだけが残った。
Non NAME三人は大きく息を吐くと、振り向いた。そこには男女二人が座っている。
治療は周りが荒れている時に既に済ませている。
たとえ傷跡は綺麗に消えたとしても撃たれた時の痛みは脳裏に刻み込まれ、消えずに記憶として残る。
着ている服も血で染まり、拓は正直見ているのが辛かった。
しかし、悲惨な状態になる前に救えなかったのは拓たちだ。
Non NAMEが間に合っていれば傷つくことなんてなかった。
「僕らはNon NAME。この村な人々を助けに来た。……全然間に合っていないけど。
男女二人は驚いた表情をしている。無理もない。
あらゆる事が突然すぎて何一つ理解出来ないかもしれない。驚き怖がられても仕方がない。
しかし、その驚きは拓たち予想したものと全くの別物だった。
「あのNon NAMEですか?」
「会えて嬉しいです。」
二人は喜びながら拓たちに駆け寄ると手を取った。今度は拓たちが驚いた。
Non NAMEへの態度と彼らの話す流暢な言葉に。
「君たちは何者だ…。Non NAMEを知っているみたいだし、しかもその流暢な言葉。いったい誰に教えてもらったんだ?」
警戒と驚きと好奇心の入り混じった拓の質問に、二人はそれぞれ答えた。
「僕は衛藤悠輝。政府の管理番号はない。番号なしだよ。」
「私の名前は衛藤実彩。悠輝の姉よ。私も悠輝と同じく番号なしよ。」
Non NAMEとして多くの人たちと出会ってきた拓たちだったが、政府に番号を与えられていない、生まれた時から番号なしである人物に出会うのは初めてだった。
「私達二人はいつ生まれたのか、いつからここで暮らしているのか覚えていないの。気がついた時にはここで暮らしていた。私達にないものを持っている他人たちから奪って必死に生きていた。彼と出会うまで。私達は彼に世界を教わったの。読み書き言葉やこの世界の自然の摂理や歴史とか。そしてNon NAMEについても。」
彼女、衛藤実彩が「彼」と呼んだ人物が今の二人の人格を作り上げたようだ。
政府の思想に染められた世界の真ん中で。そんな事を成し遂げた「彼」とは一体何者なのか。
拓はさらに質問した。
「その…彼とは誰なんだ?名前は知らないのかい?」
間違いなく「彼」という人物は一般人ではない。また、政府側の人間とは思えない。
かと言ってNon NAME側と断言することも出来ない。新たなる第三勢力の可能性だって十分にある。
緊張の面持ちで拓たちは衛藤実彩の返答を待つ。
「彼の、あの人の名前は衛藤守。Non NAMEのリーダーでしょ?」
少し身構えて聞いていた拓たちは知らない名前の登場で呆気にとられる。
その上、衛藤実彩は三人の知らない人物がNon NAMEのリーダーだというのだ。
Non NAMEと呼ばれている組織に所属している人の名前は三人とも一応全員把握している。さらに本部から遠く離れた僻地まで来れるほど権力を持つ人物なら確実に知っているはずだ。
「その衛藤守という人物はNon NAMEのリーダーではないんだが、今はここの村にいるの?」
会うのが一番手っ取り早いと判断した拓だったが、思惑通りにはいかない。
「あいつは僕と実彩姉を置いてどっか行っちゃったよ。もう何年も前にね。僕らに名前をつけて、村での生活の仕方を教えて、僕らだけでもこの村で生きていけるようになってから消えちまったんだよ。」
知らない人物について、本人がここにはいないなら考えていたって仕方がない。
「拓から本部。応答願う。」
「こちら本部。そっちも終わったか?」
今度は桜井だった。その声からは少し疲れが感じられる。どうやら兼憲たち本隊の方も片付いたようだ。
「はい。無事解決しました。その過程で二人の子供を保護しました。本部に連れていって大丈夫ですか?」
「その前に素性を確認する。そいつらの情報、分かるだけ教えろ。こちらで調べる。」
「はい。会話が成り立ったので結構分かっていることがあります。二人の名前は衛藤実彩と衛藤悠輝。年齢は不明ですが見た目だと二人とも僕らと同じくらいです。出生地も定かではありませんが、今我々がいる村で育ったそうです。管理番号は驚くことに二人とも無いと言っています。これは忘れている可能性もありますが。以上です。」
知り得た情報を報告し終え、次の指示を待つが一向に返事がない。
「桜井さん、応答お願いします。本部、本部」
「うるせぇ。通じてるよ。」
拓がもう一度呼びかけるとすぐに反応があった。なにやら何か考え事でもしていたようだ。
「拓。復唱して確認するが、二人の名前は衛藤実彩と衛藤悠輝。年齢、出生地不明。管理番号無しだな。」
「はい。そうです。」
「そいつらの親に関する情報はあるか?」
インカムから聞こえた桜井の声は怒鳴り声だった。
しかし、その声に込められていた感情は怒りではなかった。
まるで遠くにいる思い人を呼ぶような優しさが込められていた。
「いえ…。そもそも、いつどこで生まれたのかも分からないそうですからねぇ……。あ、でも育て親なら分かります。Non NAMEの衛藤守という人物だと言っています。僕らは知らないんですけど、桜井はご存知ですか?」
どうにか桜井の思いに応えようと、拓が絞り出して導き出した答えは桜井の望むものだった。
桜井は二人の育て親の名前を何度も復唱してからしばらく黙り込む。
「おい、守はそこに、その村にいるのか?」
再びインカムから聞こえた桜井の声はいつも通りに戻っていた。
しかし、先ほどまでの様子から桜井は「衛藤守」という人物を知っていて、その人物に特別な感情を抱いていると安易に想像できた。
「今はいません。何年か前に二人の元から消えてしまったそうです。…桜井さん。衛藤守とは一体何ものなんですか?」
聞かない方が良いのかもしれない。拓たち三人が衛藤守という人物を知らないままでも良いのかもしれない。
そう思いながらも、拓は恐る恐る桜井に質問した。
答えてくれないかもしれないと思った。しかし、桜井は前置きなく、衛藤守という人物について語り始めた。
「随分前の話だ。俺がNon NAME職員になったばかりの頃。兼憲も入ったばかりで、友理奈さんが副リーダーを務めていた。当時のNon NAMEのリーダー。それが衛藤守だ。入ったばかりで緊張していた俺に真っ先に声をかけてくれた。リーダーで忙しいはずなのによく構ってくれたよ。実際に戦えるメンバーは三人、しかもうち一人は神の加護を持たない子供。そんな状況だったのに戦闘力は今のNon NAME以上だったのは間違いない。化け物じみていたよ、守は。でも、一人の力には限度があった。当時のNon NAMEは今に比べて情報戦が苦手で、エレクトの動きに気づくのが遅かった。だから本部を特定されたのに奇襲を受けるまで、エレクトの存在に気づけなかった。」
拓たち三人は桜井が話そうとしている戦いを知っていた。Non NAMEが神の加護を与えられてから唯一敗北した戦い。その戦いが起こった日をNon NAMEは「悲劇の日」と呼んでいる。友理奈が教える兵学の授業で研究したが、あの戦いだけはどれだけ考えても勝ち目がなかった。たとえどんな奇跡が起ころうとも。友理奈が元々実行部隊だったことは知っていたが、まさかあの戦いに友理奈や兼憲が関わっていたとは三人とも思っていなかった。
「悲劇の日の戦いの結果自体は知ってんだろ。大敗だったよ。守や友理奈さん、兼憲は必死に戦った。だが、その場にいたNon NAME職員全員を守りながら戦うのは不可能だった。本部にいた職員の半数近くが処刑され、友理奈さんは戦闘の過程で両脚の自由と神の加護の多くを失った。そしてNon NAMEリーダーだった衛藤守は行方不明。連絡すらつかなかった為、しばらくして死亡扱いとなった。」
拓たちは言葉を失った。何を言ったら良いのか分からなかった。
「そんな暗くなるなって。もう昔の話だよ。とりあえず保護した二人は本部に連れて来い。」
拓は気持ちを切り替えるために自らの頬を両手で叩いて、元気な声で返事をした。
本部と拓たちのやりとりが聞こえていなかった衛藤姉弟には何があったのか分からず、二人ともキョトンとしていた。
「実彩さん、悠輝さん。二人の身の安全の為にNon NAMEが保護します。本部に一緒に来て…」
拓の言葉の途中で、拓、凛、御坂はほぼ同時に振り返る。
次の瞬間、四方八方から突然刃物が飛んで来た。
「八百万の神に畏み畏み申す。」
咄嗟に御坂が祝詞を唱え、障壁で防ぐ。
刃物は障壁に当たると虚しく地に落ちたが、次に御坂に向かって振り下ろされた長剣によって障壁は砕け散った。
辛うじて御坂はペンをノックして現界した剣で長剣を受け止めていた。その斬撃の重みで御坂は膝をつく。
ここで耐えきれなければ実彩と悠輝も斬撃に巻き込まれてしまう。
そうはさせまいと拓と凛が左右から長剣の操り手に反撃を仕掛けるが、二人の剣の刃は空を切った。
操り手は後方に跳んで回避したのだ。
長剣の斬撃をなんとか防ぎきった御坂はふらふらと立ち上がりながら、今度は決して破られぬように祝詞を唱える。襲撃者は再度襲ってくる気配はない。拓と凛は長剣の操り手を警戒し続ける。
「流石はNon NAME。我々の奇襲に気づいたのみならず、攻撃を防ぎきるとは。見事。」
口を開いた操り手は聞いたことのない声だった。その口調はNon NAMEが話す流暢な日本語と、民間人が話す機械のような言葉のが混ざり合ったような感じで気味が悪かった。
「誰だ。」
影に潜んでいる長剣の操り手に拓が怒鳴る。
「私かい?私は日本政府軍エレクト隊大将、十氏家の一角、六義なのだ。」
拓たち五人はいつの間にか通常エレクト隊よりも豪華な装備のエレクト先鋭部隊に包囲されていた。




