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二十三話

彼女はいつもの空き家でふと目を覚ました。

いつもと同じなのに雰囲気が違う。そこに知らない男がいたからだ。

一瞬襲いかかってしまいそうになったが、気を失う前のことを思い出し、男に触れる直前で止まることが出来た。

男は襲われそうになったのに避けようともせず、彼女に微笑んでいた。

「おう。おはよう。元気になったか?お腹が空いただろう、これでも食え。」

そう言って男は彼女に食べ物を差し出した。しかし、彼女は受け取らなかった。

受け取れなかったのだ。

今まで生きている中で誰かに何かを差し出された経験のなかった彼女はどうしたら良いのか分からなかった。彼女の行動を男は別の意味と勘違いした。

「そうか。他人からもらった食べ物なんて、何が入ってるか分からんから食べないのが普通か。…悪いことしたなぁ。この子には強引に食べさせちまった。」

男が視線を後方へ向ける。そこには彼女の弟がすやすやと寝息を立てながら眠っていた。

「だいじょうぶ……なのか?」

彼女の問いに男は振り返ると、また微笑んだ。

「もう大丈夫だ。安心しろ。助かった。」

男の言っている事すべてを理解した訳ではないが、彼女は自分の願いが叶った事は理解した。

すると、目から何かが溢れ出てきた。

「おいおい、泣くなって。俺の言ってること分かってんのかなぁ。不安だ。とりあえず、ほら食いな。食って泣き止んでくれ、お願いだから。」

今度は差し出された瞬間、奪うように食べ物を男の手から取って口に入れた。

未だかつてこんなに美味しいものを食べたことがなかった。

「どうだ?甘くて、美味いだろ。」

「あまい、うまい、あまい、うまい。」

意味のわからない言葉を繰り返して感動を伝える。

彼女はあっという間に完食した。

しばらくして彼女の弟が目を覚ました。ゆっくりと開けられた瞳は完全に開く前にすでに殺気を帯びていた。

しかし、弟がいくら手を出しても男は動じなかった。正確には動じる必要がなかった。

その様子はまるで子供と父親が戯れているよう。

彼女が弟に説明すると、すぐに弟は手を引っ込めた。襲われていたにも関わらず、全く抵抗せず、怒りの表情も見せることなく微笑み続ける男に、彼女はわずかながら恐怖を感じた。

「そういえばお前ら、名前聞いてなかったな。俺は衛藤守。『まもる』って呼んでくれ。二人は?」

「なまえ…?えとうまもる?」

意味が分からず、二人の頭に疑問符が浮かぶ。

「あぁ悪い。言い方を変えよう。お前ら何番だ?」

「なん…ばん?」

またしても守の言っている意味が分からなくて、二人の頭に疑問符が飛び交う。

「えーと、まさかお前ら自分が何者か分からないの?」

二人は平然と頷いた。自分のことを知らないのが彼女たちにとっての当たり前だから。

「そうなのか……。これは世紀の大発見だな。生まれた時から政府に染まってない子供とは…。」

この時初めて彼女たちは守の真剣な表情と微笑み以外の、驚きの表情を見た。守はそのまましばらく黙って何かを考えていた。彼女たちは守の口から次はどんな言葉が飛び出すのか興味津々で待ち構える。

「よし!俺がお前らの名前をつけよう。」

そう言って、守はまず彼女を指差した。

「お前の名前は衛藤実彩えとうみさ。」

次に彼女の弟を指差す。

「お前は衛藤悠輝えとうゆうき。」

最期に守は二人を抱きしめると優しく呟いた。

「そして今日から俺がお前らの親だ。実彩、悠輝。二人は俺が守ってやる。」

それから実彩と悠輝は守から本当に色々なことを学んだ。

言葉を教わった。生き方を教わった。常識を教わった。歴史を教わった。守のおかげで物を盗みに行くだけだった村で生活することも出来るようになった。

大変な事も少なくなかったけれど、楽しい日々だった。このままずっと続いて欲しかった。

しかし、そんな幸せな日々は突然終わりを告げた。

実彩が目覚めると村にある三人の家に守はいなかった。

時々散歩に出かけている時があるので、その時はすぐに帰ってくると思っていた。

だが、いつも帰ってくる時間になっても帰ってこない。探しに行く事も考えた。

それでも実彩と悠輝は待ち続けることを選んだ。

いつの日か守が帰ってくるのを信じて。

皮肉にも彼のいない村での生活に一切困る事はなかった。

反政府思想を持ちながら、政府の思想に染まった村で生きているというのに。二人は表面上完璧に溶け込んでいた。奴らが来るまで。

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