二十二話
いつ出会ったのか覚えていない。出会うまでどうやって生き抜いてきたのかすら分からない。ただ一つ言えることは、彼と出会う前までの私達は明日生きていられるかどうか分からないほど貧しかった。救ってくれたのは彼だった。彼と出会って、明日の命が約束された。ようやく日常というものを手に入れた。彼との生活はもちろん幸せだった。豊かではなかったが、生きていられるだけで幸せだった。しかし、彼は突然姿を消した。私達を非生産的で無気力な毎日に隠して。彼と暮らしていた頃よりも今は衣食住に困る事なく生活出来ているが、果たしてこれが生きていると言えるのか。私達は断言する。今の生活よりも彼と、衛藤守と一緒に暮らしていた頃はもちろん、出会う前までの、明日の命すら保証されていなかった頃の生活の方が幸せだった。
彼女たちは日本の首都圏、中央から遠く離れた地方に暮らしている。人口は100人にも満たない小さな村。村長は選民と呼ばれる人々の末家である千葉という初老の男だ。人が極度に集中している中央とはだいぶ生活環境が違い、アンドロイドもそれほど普及していない。その為、多少人と人との繋がりがある。それも、政府から支給される食料品や日常品を人が分配、配分しているから。顔見知り程度のとても人間関係と呼べぬほどのものである。村の中で一番子供である彼女たちは政府からの支給が届くと必ず配る人員になる。それは村長や村人に言われたからではなく、村に馴染むために始めた事だ。
衛藤守と出会う前の彼女たちは、村から少し離れた、持ち主不明の空き家に住んでいた。自分たちの親が誰なのか。いつからここに暮らしているのか。そんなことはどうでも良かった。生き抜くことに必死で他のことを考える余裕はなかった。空き家の近くに村があることや、その村は豊かで、彼女たちが生きていくために必要不可欠なものがあふれていることはいつの間にか知っていた。その村からものを奪ってくるのは決して簡単な事ではなかった。隙を突くために村で一番大きく、ものが集まっている建物に長い間潜んだり、ごみ捨て場を漁ったり、手段は選ばなかった。その過程で彼女たちは言葉も話せるようになった。平仮名、片仮名も覚えた。安定して必要なものを手に入れる方法も見つけた。全てが順調だった。しかし、いつまでも続かなかった。彼女の弟が眠ったまま反応しなくなってしまった。一体何が起こったのか。彼女には全く見当もつかなかった。だから本能で動いた。
「たすけてください。だれかたすけてください。」
覚えた言葉で助けを求めた。大声を出しながら村を走った。しかし、誰一人家から出てくることはなかった。彼女は走り続けた。知らない道を叫びながら走り続けた。転がる石につまずいて地面を転がる。立ち上がろうとしてもなぜか立ち上がれない。
「だれか……たすけてください。」
それでも叫ぶことはやめなかった。意識が遠のく。自分の声すらだんだん聞こえなくなってくる。もう終わりかと思えた。しかし、天は彼女を見捨てなかった。
「お嬢さん、どうしたんだい?大丈夫か?」
一度も見たことのない男だった。村の人ではない。
「たすけてください。」
「もちろん良いとも。何をして欲しいんだ?」
彼女は立ち上がって空き家に連れて行こうとするが、立ち上がれない。すると男が彼女を軽々と抱き上げ、優しく声をかけた。
「俺をどこかに連れて行って何かをさせたいんだろ?どっちだ?案内しろよ。」
震える手で指差しながら空き家まで案内する。
「あの小屋に入るんだな。」
彼女は頷く。男は彼女を抱きかかえたまま中に入った。
「あらあら、荒れてるね。で、何を……」
男は言葉の途中で彼女の弟を部屋の端に見つけ、彼女を優しく降ろすと、弟に駆け寄った。
「こりゃぁ、栄養失調だな。良かった。生きてる。これならまだ助けられる。」
男の言っていることが分からなかった彼女は男に願った。
「こえかけてもおきないの。たすけて。たすけて。」
そんな彼女を見て、男は微笑むと彼女の頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫だ。俺に任せろ!」
男は彼女に強く言うと、彼女の弟と向き合い、手を合わせた。
「八百万の神に畏み畏み申す……」
次の瞬間、男の周りにどこからか光が集まってくる。その光は暖かく小屋の中を包み込んだ。ずっと緊張状態だった彼女は安心したのかゆっくりと気を失った。




