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魔王の存在意義

どこかの世界、おそらく剣と魔法が支配する世界の、とある古城。

そこで勇者と魔王が対峙していた。

魔王は語りだす。魔王がこの世にいなくてはならない理由、魔王が世界征服をしようとしなければならない理由、そして魔王の存在意義を。




「見つけたぞ魔王!今日が貴様の命日だ!」


 古びた城の王の間、そこに人影が2人。1人は黄金に光り輝く鎧をまとい、右手に煌びやかな剣を握る若者。もう1人はボロボロの黒いローブを身に着け、動物の頭蓋骨が付いた杖を持った老人。若者に魔王と呼ばれた男だ。


「そうか……交代の時間か」


 魔王は静かに口を開いた。


「交代だと?」


 勇者は問いかける。


「なに、気にするな。独り言みたいなもんさ」


 勇者は瞳に殺気をみなぎらせながら魔王をにらむ。剣を握り締める手によりいっそう力が入る。


「まぁ焦るな。お前なら俺ごとき簡単に殺せる。ただ、俺の最期の話を聞いてくれたっていいと思うんだが、どうだい? 勇者君?」




 魔王は勇者とは反対に殺気を全く発していなかった。リラックスしているというよりは自分の命すらどうでもいい。という状態だった。


「命乞いでもするつもりか?それとも魔法を使うための時間稼ぎか?」


「違うね。ただ、『真実』を伝えようと思ってるだけさ」


「『真実』だと?」


「ああそうさ。魔王の真実、魔王の存在意義、魔王の本当の姿。といったところかな」


「……」


 魔王の存在意義。奴に耳を貸すつもりは無かったが、その言葉が勇者の心にほんの少し引っかかった。彼は剣を納めた。


「手短に話せ」


「おお。さすが勇者君。話が分かって助かるぜ」


 魔王は拍手して喜んだ。




「まず、何で魔王と戦うのは勇者じゃなきゃダメなのか考えたことはあるかい?」


 魔王のあまりにもくだらない第一声に勇者はため息をついた。


「邪悪な力を持った魔王はとても普通の人間では太刀打ちできないからだろ? そんなくだらない話を聞かせたかったのか?」


 イラついた勇者の声に魔王は笑い出した。


「何がおかしい!?」


「ヒヒヒハハハ……いやいや、勇者様らしいごもっともなお答えなんでね」


 魔王はひとしきり笑った後、一呼吸して息を整えた。


「勇者君。本当は魔物も魔王もお前が思っているよりずっとずっと弱いんだ。


 国王共がその気になれば世界中の軍隊を総動員していつでも魔物を絶滅させることも出来るし、俺だって簡単に殺せる。


 奴らはわざと魔物や俺を生かしているんだ。そう。わざとな」


「嘘だ!魔物に襲われて殺される人は数えきれない程いる! それに町を襲撃する魔物だっているじゃないか!」


 勇者は反論する。




「それは森や平原が元々魔物たちの棲み処だったからさ。あいつらは自分の家に勝手に入ってきた人間を排除したり、奪われたすみかを取り返したいだけさ。


 お前だって自分の家に顔も名前も知らねえ人間が入ってきたら『出てけ!』って言うだろ?


 ましてや『今日からここは俺の家だ』なんて相手が言い出した日には『ふざけんな!』って思うだろ? それと同じさ。


 あ、お前は人様の物を勝手に持ってく側だから分からねえか」


「じゃあこの城にいる魔物は何だ!?」


「アイツらはこの城の住人さ。俺が住む場所を提供する代わりにカネや食料を持ってこさせているんだ。


 言ってみれば俺は賃貸物件のオーナー、アイツらはそこを借りて住んでる住民みたいなもんさ」


「……」


 勇者は黙る。魔王の言う事は認めたくはないが筋道が通っている。もし同じことを国王や名のある賢者が言っているのならすんなり認めていたのかもしれない。




「なあ勇者君。何で国王共は勇者を育てようとしないか考えたことは無いか? あいつらだって軍隊の一つや二つ持ってる。


 なんでそれを使わずにわざわざその辺の村人を勇者として祭り上げ、軍隊仕込みの訓練もせずに犬死に同然の特攻をさせるんだと考えたことは無いかい?」


「……」


 黙る勇者を見て魔王は語り続ける。声のトーンが少しずつ荒くなっていった。


「その様子だと分からねーか。答えを言っちまうと国王共にとっては魔王が殺されちゃ困るからだ。


 だからわざと弱い奴を冒険に送り出しているんだ。『犬死にしてくれることを期待して』な。


 お前さんみたいに『強くなってしまって生き延びてしまった奴』は国王にとってはむしろ『厄介者』なんだぜ?」


「厄介者だと!?」


「そうだ。お前は厄介者だ。世界の平和を乱す厄介者だ」


「何だとぉ!?」


 侮辱された勇者は剣を抜いた。




「貴様が世界の平和を乱してるんだろ!? 貴様が世界を支配しようと企んでいるからこんなことになっているんだろ!? 違うのか!?」


「ああ違うとも! むしろ逆さ! 魔王は世界を平和にするために国王共に造られた存在さ!」


 勇者は世界の平和を乱し、魔王は世界を平和にするための存在……?


 何を言ってるんだコイツは?


 剣を抜きながらも戸惑う勇者をよそに魔王は話を続ける。




「魔王がいる間は小さな国は大国に襲われて滅ぼされる心配がなくなる。


 うかつに攻め込んだら『魔王がいるのに人間同士で争ってる場合か!』と世界中から非難を浴びるからな。


 それに軍事力を保つために重税を課しても『魔王を倒すため』ならバカな愚民共は喜んでカネを差し出す。


 それどころか金を払わん奴等を魔王の手先と呼びつるし上げることさえやってくれる」


「何が言いたい!?」


 魔王は勇者以上に声を荒げて吐き捨てるように叫びだした。




「教えてやる! 魔王とは! 国王共に利用されるだけの哀れな生け贄に過ぎねーんだよ!


『魔王を殺せ! 魔王を殺して世界に平和を!』ゴブリン……いやウジ虫以下のクソバカでも分かる単純なスローガンで国を一つにまとめ上げるための材料!


 愚民共から税金を搾取するための口実! それが魔王の存在意義なんだよ!


 そして国王に利用されるだけ利用されて用済みになったらゴミクズみてーに捨てられる哀れな道化師(ピエロ)! それが魔王の本当の姿だ!」


「嘘だ! 全部デタラメだ! 国王はそんなことするわけがない!」


「俺の言いたいことはこれが全てだ。信じるか信じねぇかはお前次第だがな。


 あ、今ならまだ引き返せるぜ? 魔王を仕留め損ねたと言えばしばらくは『平和な世の中』だぜ?」


 勇者は黙って怒りと剣を魔王に向けた。




「そうか……」


 魔王は左の掌を上に向け、手招きした。「俺を殺しに来い」という意思表示だ。


 勇者は渾身の力をこめて魔王に向かって跳躍、そして腕力と落下の勢いを利用して魔王を斬った。


 魔王は抵抗することなく、邪悪な真の姿になることもなく、その場に倒れ、実にあっけなく息絶えた。


 その表情はどこか哀しげで、無念さが感じ取れるものだった。




 勇者が魔王を討った。その吉報は瞬く間に世界を駆け巡った。彼には城と領土が与えられ、文字通り一国一城の主となった。


 それから1か月後、王となった勇者はかつて世話になった国王に呼ばれ、駆けつけた。


「君か。わざわざ呼び出して済まない。今日は魔王を倒した君の腕を借りたいのだ」


「お言葉ですが、魔王は死にました。私の出番はもう無いと思いますが……」


「これは極秘事項なんだが、一ヵ月後に隣国と戦争をすることになった。そこで君には最前線で戦ってもらいたいんだ」


「何ですって!?」


 戦争。その言葉に勇者は耳を疑った。




「私は世界を平和にするために今まで戦って来たんです! その平和を自ら乱すとはどういうことですか!?」


「私も出来るのならこんな事はしたくないのだよ。でも仕方ないのだ。どうしてもやらなくてはいけなくなってしまったんだ。だから力を貸してくれ。


 戦うのが嫌なら前線に立っているだけでもいい。それだけで兵は戦えるだろう。頼む、この通りだ」


 王は深々と頭を下げた。


「……さっきも言いましたが、私が剣を振るったのは魔王を討つため、世界を平和にするためです。


 人殺しのために戦いたくはありませんし、関わりたくもありません。このお話は無かったことにしてください。では失礼します」


 勇者は引き留める王を無視して城から去って行った。




 その後世界中の国王からオファーが届いた。


 内容は全て同じ。戦場で先頭に立ち、腕をふるってくれ。というものだった。


 仕方ない、やりたくない、本当は戦いたくない。とうわべだけの言い訳をするのも同じ。違うのは報酬の額ぐらいだった。


 当然、勇者は全て断った。そして部屋に引きこもるようになった。


 彼は考え続けた。自分は何のために戦ってきたんだ? と。




 魔王を討てば世界は平和になると思ってた。しかし実際はどうだ?


 こうしている間にも世界各地で人間同士の殺し合いが行われる。


 町が壊され、田畑が焼かれ、行き場を失った難民があふれるだろう。自分はこのために戦ってきたのか?


 魔王の言葉が頭をよぎる。


『魔王は世界を平和にするために国王共に造られた存在』


『魔王がいる間は小さな国は大国に襲われて滅ぼされる心配がなくなる』


 次第に彼の論理的で筋の通った言葉が勇者の頭を支配するようになっていった。




 ろくに仕事もせずに引きこもっている間に彼の名声は衰え、「臆病者」「能無しの統治者」という悪評が広まるようになると


 崇拝に近いほど敬愛していた人々も領土から一人、また一人と離れ始めた。


 代わりにやって来たのはかつて自分が数えきれないほど殺してきた魔物たち。勇者は次第に無償の愛を与えてくれる彼らに心を開くようになった。


 そして領地はすっかり荒廃し、人っ子一人いなくなったころ、勇者は残りの財産を使って魔王が復活したというウワサを世界各地に流した。


 勇者の思惑通り、そのウワサが広まると同時に各地の戦争は中断され


『魔王を殺せ。魔王を殺して世界に平和を』をスローガンに世界は再び打倒魔王という大義で一つにまとまった。


 皮肉なことに、勇者が魔王を倒したせいで数えきれない命が失われかけ、新たな魔王が現れたおかげで数えきれない命が救われたのだ。




 長い月日が流れ、かつて世界を救った勇者の名前を知るものが誰もいなくなった頃、彼の住処に4人の若者が侵入してきた。若者たちの武器は、勇者の友達の血で汚れていた。


「見つけたわよ魔王!」


「貴様が……魔王……」


「とうとう会えましたわね。魔王」


「観念しろ、魔王」


 魔王と若者達に呼ばれた、光を失った鎧を着込み、錆びて抜けなくなった剣を下げ、玉座に座っていた老人は静かに立ち上がった。


「そうか……交代の時間か」


 老人は静かに口を開いた。




「交代だと?」


 勇者の一人が問いかける。


「なに、気にするな。独り言みたいなものだ」


 勇者達は瞳に殺気をみなぎらせながら魔王をにらむ。おのおのの武器を握り締める手によりいっそう力が入る。


「そう焦るな。君たちなら私ごとき簡単に殺せる。ただ、私の最期の話を聞いて欲しいのだが、いいかね? 勇者達よ」

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[良い点] ありがちな話と言えばありがちな話ですが、 私は面白いと思いました。 [気になる点] 現代において大量に生み出される「なろう系」小説の 遠因の1つがドラゴンクエストである事は 間違い無いと思…
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