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こんなに素早い芋が芋のはずがない  作者: クファンジャル_CF
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第21話

「た、大変ですボス!」

空は晴れ渡り、大気は澄み切っている。快晴だった。

陽光の元、高層ビルの玄関口より出て来たのは身長30cmの小男。

高級なスーツに身を包み、多数の部下を引き連れた彼が連絡を受けたのは、迎えの車に乗り込もうというちょうどそのタイミングだった。

「なんだ?」

「そ、それが奴が指定場所に現れまして」

「そうか。何か問題でも起きたか?」

「も、問題というか―――ニュースを見てください!公共放送の!」

傍に控える大男から受け取った携帯端末の向こう側。そこから漏れ出る声は大変に興奮、いや混乱しているのが伺える。

小男―――ステフェンは車に乗り込むと、AIに命じてテレビを付けさせた。

はたして、立体映像で映し出された光景は。

「―――!」

そこに在ったのは半透明の六角柱。内部にあるのは白銀の剣だろうか。背景から見るに宇宙空間。一見するとガラスケースに収められた美術品のようにも見える。

ステフェンはその形状に覚えがあった。いや、忘れるものか。つい先日、宇宙レース参加を妨害するよう命じたばかりの船だ。

だが六角柱―――簡易ドッグに船が収まっているだけなら別に驚きはしない。問題はそれらが置かれている状況だった。

それは、めり込んでいた。ゴツゴツとした採掘小惑星。既に役目を終えて放棄された、2kmほどの小さなそこに。

事故?

いや、そうではあるまい。船体にも、ドッグにも損傷などない。完全に制御された状況で喰い込んでいるのが見て取れた。

ステフェンは思い出す。

かつて使われていたエアロックに代わり、現在主流の、与圧区画から真空へ出入りするための装置の事を。物質透過システム。それを使えば損傷なく小惑星へ食い込むこともできるだろう。

だが、何が起きている?

―――まさか。

即座に司法AIを活性化させると、ステフェンは問いを投げかけた。

「おい、宇宙レースのルールでは、開催前期間中、指定外の場所に行った選手は失格になるはずだな?」

「はい」

「では……許可された場所ごと(・・・・)移動した場合はどうなる?」

「違反ではありませんので、失格にはなりません」

「そうか。そうきたか」

ステフェンは考える。なるほど。失格にならぬよう知恵を絞ったようだが、主導権はこちらにある。人質がこちらにいる以上、奴を失格にすることはたやすい。ポリスも我々と協力関係にある。

彼はまだ知らなかった。保安官が動いていることを。イルド行政府の手が届かぬ力が動いていたことを。

少女が救出されたのは、これより数十分ほど後の事である。


  ◇


軍艦には、損傷した味方艦を牽引して超光速航行を行えるものがある。

"黄金の薔薇"号―――ソードフィッシュ級通信艦も、そのような艦のひとつだった。

全方位をドッグに包まれている状態ではまともに推進を行うことはできなかったが、そんなものは必要なかった。詭弁ドライヴを備えていたから。

ドッグ側のクレーンと、そして船に備わったドッキングアームを併用して固定を補強。更に、ドッグの外側に牽引灯まで設置した上でショートワープしたのである。

イルドの軌道に浮遊する小惑星上。ゴツゴツとして荒涼とした風景のそこに、簡易与圧服姿のテトは降りたった。重力は微小で、ほぼ無視できる。足裏の吸着システムで地面に張り付く格好だった。見回すと、簡易ドッグがまるで温室のように周囲を包み込んでいるのが分かる。

ドッグの物質透過システムは正常に作動していた。

それは、トンネル効果を制御し、物質間の電磁気学的作用を無効にすることで、ある物体に対して他の物体を素通りさせる装置だった。本来は気密区画から空気漏れなしで出入りするための仕組みであるこれは、岩肌を透過し、ドッグ内部にいながらにして小惑星表面へ降り立つことを可能としている。

ドッグに包まれたまま見上げた先。そこに浮かぶのは、輪郭がわずかにかすんだ蒼き星―――イルド。

芋は、思わぬ絶景に感嘆のため息を漏らした。

美しい。

可住惑星を宇宙から眺めるなど、今まで何千回としてきたことなのに。

だが、こうも思う。

今まであれを、金属生命群から守るために戦って来たのだ。芳醇な生命が満ちた、炭素系生命の故郷を。

守り通すことに成功した世界を、改めて見上げたのである。今までと見え方が異なっても当然なのだろう。

これからは守るために戦うのではない。己のために生きる時代だ。

手の届く範囲だけを守り、そして筋を通す。その晴れ舞台。

「邪魔はさせんよ」

テトは、握りこぶしを突き出す。

今回の一件。ベ=アを誘拐した黒幕どもがいるであろう、蒼き星へ向けて。

そのまま親指を伸ばし、下へ向け。

勢いよく振り下ろした。

芋なりの宣戦布告。

イルドから降り注ぐ光は、そんなテトを祝福しているかのようだった。

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