《6》なにヤツ?
「……きれぇ〜」
過去に“キレイ”と感じたことは一度も、なかった。なのに、これで2回目。初めて“キレイ”と表現できた、瞬間。
空に表示された各々は、左側白壁に整列していく。一面一杯になると、正面、次に右側。それでも収まりきれず、再度左壁から、ズラして重なるように、羅列していった。ズーッと見ていても飽きないほどの、流れるようなそれは、終わった。時間も忘れて。でも、数十秒程度、だったと思えた。
映画を観終えたような高揚感と空虚感が、襲ってきた……と思わせておいて、新たな動き。壁に整列している情報のようなものが動き出し、集結し始めた。私の真正面あたりに。でも、それは消えていく。その代わりに別のモノが、空間に現れた。上から下へ……すぐに悟った。
(わ、たし?)
頭、顔、首、両肩、胸と腕……”私”の立体映像。足まで映し出された瞬間、私は、身体が火照ってきた。だって……裸体……
「わっ、わわわわっ!」
映さないで、と両腕を振って意思表示するほど、恥ずかしかった。
「データ解析、スキャン、完了です。特殊な異常はございませんでした。転送致します」
着物女性のコトバで動作停止した私。存在を思い出したエミールさんに、視線を送った。相変わらず笑顔のまま平然と、見ている。
「転送、完了です」
顔を正面に戻すと、裸体の私は、消えていた。よって、大きく息を吐いてみる。
シューー
その音は、正面の台から。ペン以外何も置いていなかったそこに、何色なのか知らないけど、輪っか物。
「そちらは、ヤメシロカナエ様専用のパテクトになります。どちらかの手首にお填めくださいませ。使用方法につきましては、後程ご説明させて頂きます。あるいは、エミール様にご教示頂いても結構です」
「えっ?! 私!」
後方にいた付添人を見ると、自らを指差し、驚きを隠せないでいた。
「ジョークでございます。エミール様はこれからお仕事でいらっしゃいます。当方でサポーターをお付け致しますので、ご安心を」
「ハハァ」
苦笑いのエミールさん。彼女を見ている私の目が、語っていた、のかな?
「分かりました。日中は無理ですが、彼女がコチラに慣れるまで、可能な限りサポートします。……あっ、私で良ければ!?」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
ここで知り合いになったのは彼女だけだし、イイ人そうだし、それに不安一杯だし、どこに行けばいいのか分かんないし……軽くお辞儀した。
その“パテクト”と呼ばれるモノを、左手首に装着。腕時計というより、幅広のブレスレット。触感、視覚感は金属っぽくなく、樹脂的。硝子ではない素材。フィット感は完璧。文字表示箇所は凸感なく、フラット。
(高級感、はないけど……)
「それでは、次にヤメシロカツミ様のエントリーを実行致します」
床の赤らしき丸(私の時より大きいけど)にお座り、させた。その後指示通りに。
手の平の長さほどの棒が、台上に現れた。先っぽが綿棒、のようなモノ。それに彼の唾液を含ませ、台の穴へ、ヒョイ。私と同様、空間に表示される多種多様のデータ。量的にも時間的にも少な目だったけど、無事完了した、みたい。
首輪のようなモノが現れる、という予想。反して、台から現れたのは……
「カツミ様は空腹を訴えておられます。コチラを準備致しました」
(この台、なにヤツ?)
丸い器の缶詰系ドックフードは、彼には適していたようで、残さず食べきった。その食べっぷりを見ながら、私の腹の虫が鳴ったのは、彼女たちには気付かれていな……でもなかった。
「ヤメシロカナエ様のお食事は、残念ながらコチラではご提供できかねます。終了後、お好みのレストランでお済ませくださいませ」
「あ、は、はい。すみません」
嫌な汗。
「では、お二方のヴィジター・メインエントリーは完了致しました。
エミール様、改めて感謝申し上げます。ココからは当方のサポーター役が、ヤメシロカナエ様のご案内をさせて頂きます。エミール様は次のご予定先へ、お向かいくださいませ。
御礼につきましては、私用口座へお振込致します。よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。では、地殻開発機構の第三プロジェクトへ、全額寄付でお願い、できますか!?」
(ちかく開発? プロジェクト? 寄付? エミールさん、お金持ち?)
「承知致しました。……手続き完了です。全額、地殻開発機構第三プロジェクトへ、エミール・フランソ・ソロ・T様名義で、送金致しました」
「ありがとうございます」
(エミール、フランス? ソロティ? 名前? っていうか、エミールさん、何人?)
長い名前で、覚えられず。国籍も? だった。
「それじゃあ、カナエちゃん、用事済んだら連絡するから。今晩は、私の家に泊まればいいよ。夕食も」
「エミール様のご厚意、感謝申し上げます。ですが、ヤメシロカナエ様には、説明が終わり次第、一旦”あっち”にお戻り頂きます。突然コチラへお越しになっているため、整理できていないことでしょう。”あっち”での整理を行なって頂いたほうが宜しいかと」
(はぁあ……なんか、勝手に、決められてる……)
「分かりました。それじゃカナエちゃん、コチラで困ったことあったら、いつでも連絡ちょうだい」
エミールさんの笑顔は、本当にステキ、だ。こんな気持ち、初めて。
「は、はい! ……でもぉ……」
連絡先を知らない。
「私の連絡先、彼女のサーバーに登録してもらってもいいですか?」
「承知致しました。登録方法、連絡方法もお伝えします」
着物風女性が対応してくれることになった、みたい。
「それじゃあカナエちゃん、私そろそろ行くね。本当に気兼ねなく連絡頂戴。今日はあなたに会えて良かったわ」
「わ、私のほうこそ。わざわざ、すみません。あ、ありがとうございました」
素敵な笑顔でバイバイしながら、エミールさんは去っていった。来た時の、あのボックスで。少しだけ、淋しい気持ち……会ったばかり、なのに。
「それではヤメシロカナエ様、恐縮ではございますが、本題に入らせて頂きます」
余韻に浸る余裕さえも、与えられず。
「ほんだい?」