《5》どうなるの?
声優さんのような、透き通った、声質。エミールさん以外の、人? 淑やかな会釈の、着物風姿の清楚な女性。いつの間にか、彼女の正面に立っていた。
(ど、どっから入ってきたの?)
ドアが開いた雰囲気はなかった。
「早速、お手続きに入らせて頂きます。エミール様は、右後方お座席にてお待ちください。後ほど、御礼致します」
右手の平を上に、指した先。釣られて右後方を確認。白壁の一部、いや一枚が無音で倒れてゆく。私の案内役は躊躇なく、その平椅子に座った。
「それでは、ヤメシロカナエ様、コチラの赤い丸までお越しくださいませ」
袖からスーッと伸びた腕と、親指内曲げの4本立て手が指す先。白床に“赤らしき”丸が浮かび上がった。
「はぁあ」
椅子に座る彼女へ、不安の目を向けた。笑顔だけの応答。仕方なく、指示通りに。“赤らしき”丸内に両足を入れ、直立。知らない間にリールを放していたけど、友は私の横で、チョコン。
「訪問者の正式登録、開始します」
無音で床からの……目の前に教台のような、台座ができた。
「中指先に唾液を付けて頂き、テーブルの手形内に、手の平をお乗せください」
「はぁあ」
右手中指を、口元へ。だけど、止めた。
「もし……もし、エントリー拒否したら、どうなるの?」
疑いの気持ち。どこの世界なのか、どこの国なのか、何の部屋なのか、不安が強くて、質問してしまった。
「コチラでの活動、つまり、生活ができかねます」
「ココがどこなのか知らないし。ココで活動? 生活? 意味分かんないんだけど」
「お察し致します。ヤメシロカナエ様のご不安、ご心配事につきましては、当然のことと存じます。”あっち”からご来訪された方々は、大抵似たようなご反応を示されました」
「私以外に、こっちへ来た人、いるの?」
「はい、おられます。これまで……57317名の方にご来訪頂いております。ヤメシロカナエ様は、57318番目の方ということになります」
「そ、そんなに……」
「先にお伝えしておきますと、エントリーを拒否された場合、侵入者と判断。”あっち”の世界へ、強制送還させて頂きます。再びコチラへはご来訪頂けません」
「侵入者? 強制、送還? ……好きでこっちへ来たわけじゃ、ないのに……」
「御尤もです。そもそも、コチラの世界へお越しになれる方は、選ばれた方のみ。ご本人様の自由意志は、コチラにご来訪頂いてから、ということになります」
「選ばれた? 私、が? 何で? 誰に?」
「そのことにつきまして、当方ではお答えでき兼ねます」
「…………」
私にとって大事なこと、だと思ったのに……。
「メインエントリーされた場合、当初の生活の場は全て準備・ご提供致します。また、ヤメシロカナエ様におかれましては、当省にていつでもエントリー解除可能となります。先ほどお伝え致しました通り、二度とコチラへはご来訪頂けません。かつ、コチラに関する全記憶を抹消するルールになっております」
「記憶を、抹消!?」
「左様です」
「ここで話していることも、……エミールさんのことも、忘れる、ってこと?」
「“忘れる”のではなく、脳に記録が残らない、とご理解ください」
(……これ、やっぱり、夢、よね!?)
少し考えた。
「如何致しましょうか? ヤメシロカナエ様のご意向を、優先させて頂きます」
夢なら特に支障はない、と思った。目が覚めて記憶にないなら、後悔することもないし……
(カラーの世界は、羨ましいけど、別に、モノクロで、慣れてるし……)
どうでもいいや、というのが正直な気持ち。
「じゃあ、お願い、します」
「承知致しました。それでは、中指先に唾液を付けて頂き、テーブルの手形内に、手の平をお乗せください」
その通りにした。指定箇所に触れると、そこが3回点滅。
「それでは、”あっち”での生年月日を、”西暦”でおっしゃってください」
「……200×年11月8日」
「次に、お名前を母国語で、テーブルにお書きください」
テーブル端に、ペン。タッチパネル式だと理解。書きだすと、そのままがテーブルに記された。
「ありがとうございます。それでは……」
突如、何もなかったはずの空間に、蠢めくモノが。私は、目を見開かずにはいられなかった。
ゥゥゥゥウァン、ウァン、ウァン
隣の彼も驚いたらしく、吠えた。でもどんな表情をしていたのか、見てられない。
文字、数字、記号みたいなもの、理科の教科書にある分子配列とか原子配列とかいうやつ、画像なども……。目で追えないスピードで、数えるのが面倒なほど大量に、理由など考える余地もなく。
「……きれぇ〜」