ダンジョンの洗礼
セーフエリア内で腸を足代わりにズルズルと徘徊するゾンビの姿は異様の一言である。
その甲斐あって身体操作Lvは2になっていた。
(よし、大分足と遜色ない感じに動けるようになったぞ)
Lv2に上がってから早歩きくらいの速度は出せるようになっていた。同時に足とは違う使い方も少しできるようになった。
(ここで……こう!)
テーブルに置かれた2つのゴブリンの魔石の1つを鞭のようにしならせた腸が弾き飛ばす。
(そんでもって……こう!)
残ったもう1つを巻き付けるように掴み、放り投げる。
せっかくだから戦闘に活用できないかと腸触脚を使ったトレーニングの結果である。
ますますゾンビからかけ離れた気がするがこの際目をつぶる。
(これで準備は整ったかな? そんじゃ、初ダンジョン行ってみますか)
右も左もわからない場所なのだから慎重すぎるくらいが丁度いい。
少し緊張しながらセーフエリアを後にした。
――――――――――――――――――――――
セーフエリアを出てからしばらく歩く、森の時とは違った緊張感がある。
(お? 第一モンスター発見)
ダンジョン内で初遭遇となるモンスター、幸運なことに気づかれてはいない。
至人は油断なく遠目から観察する。
(森の時から思っていたけど、ここはゴブリンしか居ないのか?)
この世界に来てから出会うモンスターはゴブリンのみだった。
ダンジョンにまで徹底してゴブリンしか居ないというのは、この土地そのものがゴブリンのなわばりなのだろう。
(しかし、あいつが森の奴と同じならよかったんだけど……)
明らかに森のゴブリンよりひと廻りほどデカい。
持っている武器が剣なので名義的にゴブリン・ソードマンと呼ぶことにする。
しかし、剣を使う相手ということが至人に挑むのを躊躇させていた。
もし腕を切り飛ばされでもしたら再生しないのだから。いや、それだけならばまだいい。
うっかり心臓部を貫かれでもしたらと想像すると、躊躇うのも道理である。
(でも、このままじゃ埒があかない……今ならまだ奇襲がかけられる!)
そう結論づけてからの行動は早かった。
まず、触脚の射程内に入り足を絡めて転倒させる。
その後、体勢を整えられる前に至近距離に詰めてからの握撃!
とイメージのように上手くは行かなかった。
足に巻き付いた触脚に即座に反応したゴブリン・ソードマンは、ちらりと足元を一瞥して触脚を切り飛ばし拘束からの転倒を回避する。
そのまま剣を突きの状態に構え、こちらに飛び込んできた。
(な? 早い!)
明らかに森のゴブリンよりも高い身体能力に驚きつつも、至人はすぐに触脚を鞭のように振るい応戦する。
だが、一瞬でも体勢が崩れたこちらよりも相手の方が有利。
躱すまでもないと言わんばかりに被弾しながら突撃してきたゴブリン・ソードマンの切っ先が至人の喉元に吸い込まれていく。
ずぶりと半ばまで剣が突き刺さったのに勝利を確信したのかゴブリン・ソードマンはニヤリと口元を歪めた。
(狙ってくれたのが喉で助かったよ。酔いしれているとこ悪いが、俺を相手にするにはそれは悪手だ)
この状態なら剣を引こうが何しようが首を切り落とされることは無い。
逃げられないように触脚を巻き付けて密着すると、首に手をかける。
ゴブリン・ソードマンの顔が驚愕に彩られ、あわてて止めを刺すための力がこもるが至人はそれを許さず一気に腕を上に持ち上げた。
ブチブチと筋肉が千切れる音が響き、ごきりと頸椎が外れる振動が伝わる。
剣を握っていた逞しい腕は力を失って垂れ下がり、ゴブリン・ソードマンは絶命した。
喉に突き刺さった剣を抜き、完全に動かないのを確認してから至人は盛大な溜息を吐き出した
(あっぶなかったぁぁぁ……何こいつ、強すぎでしょ!?)
どう控えめに見ても駆け出しが相手できるような戦闘能力ではない。
一対一ならば少なくとも中堅クラスの戦闘職でなければ相手にはならないだろう。
自分のように急所にさえ気を付けていればギリギリなんとかなるとかいう次元の話ではないというのが至人の感想だった。
思った以上に精神がすり減っていたのか、魔石回収は少し休憩してからにしようとゴブリン・ソードマンの死体を見ると、溶けるようにダンジョンの床にしみこんでいく最中だった。
(ダンジョンで倒したモンスターはダンジョンに吸収されるのか。こりゃ本格的にゲームだ)
死体があった場所には魔石と赤い液体の入った瓶、そして切り飛ばされた触脚があった。
(ポーションみたいなもんかな? ドロップアイテムとかますますそれっぽいな。あ、俺の腸……これくっつけたら再生対象になるかな?)
周囲に敵影が無いことを確認し切断された部位をくっつける、見事再生が始まり大して時間もかからずに元の状態になった。
動かしてみても違和感はなかったので、結論は切断されても部位が残っていれば問題なく再生スキルは発動する。
部位が完全に消失もしくは、役割を果たせないほどの破損になったときに欠損扱いになると確認できた。
多分だが、首を切り飛ばされても生きて(?)いられるだろう。
脳が無事なら意識はなくならずに活動もできると予想されるので、守るべきなのは心臓部と脳だけでいいと至人は結論をだした。
(肉を斬らせて骨を断つとかあんまり好きじゃないんだけどね、勝てるならどんな手段でも使わないとこのダンジョンのモンスターには勝てないだろうし……やるしかない! あ、魔石……)
再生スキルの確認ですっかり忘れていた魔石吸収をしてステータスの確認をする。
――――――――――――――――――――――
ステータス
赤羽 至人
種族:不死族・ゾンビ
職業:なし
魔力:2000
攻:180
耐:200
体:error
器:135
速:102
運:10
パッシブスキル
声帯破損 痛覚鈍化Lv3 再生Lv3
身体変化Lv1 身体操作Lv2
アクティブスキル
噛みつきLv1 握撃Lv2 偽装Lv1
称号
黄泉返り 死中に活
――――――――――――――――――――――
(すんごい色々増えた、なんか称号も増えてるし)
再生が3になっているのと握撃が2になってるのはすごくありがたい。
称号については今のところまったく効果不明なので感動は薄い。
パラメータも森では伸び悩んでいたので大幅アップは嬉しい。
(上昇率を見るとやっぱり強敵だったんだな)
普通に考えれば現在の強さで勝てること自体が厳しかったと実感する。
森での最初の戦闘でも思ったが、改めてゾンビでよかったと胸をなでおろす。
(ステータスの確認も済んだし、一度セーフエリアに戻って少し実験しよう)
流石にもう一度戦闘する気にもならず、気持ちをリセットする意味もかねて戻ることにした。
――――――――――――――――――――――
戻る途中に二回ほどゴブリンに遭遇した。
素手での戦闘を得意としているらしいゴブリン・ファイターと斧を使うゴブリン・ウォーリアー。
正式な名称はわからないのでどちらも至人命名だ。
素早い動きで翻弄してくるファイターに力任せに攻めてくるウォーリアー。
どちらも通常種とはやはり一線を画しており、セーフエリアに着くころには這う這うの体になっていた。
中に入ると同時に壁にもたれ、至人はへたり込んでしまう。
(死ぬかと思った……)
別々に出会ったからこそなんとかなった、もしこれが同時であったなら今頃ダンジョンに吸収されていただろう。
(休もう……)
これから何かする気には到底ならず、昼夜の概念はわからないが実験もトレーニングもやめて今日は休むことにした。