リベラリタス湯けむり殺人事件
遅くなりました。
お風呂回ですね。
こんなんで良かったのでしょうか……。
この世界の人は地球程ではないが入浴する。
基本は身体を拭くだけだが、大きい仕事が終わった後なんかは身体を休める為に湯に浸かって身を清める慣習がある。
リベラリタスの人々は他の国に比べてその傾向が強いために、貴族でなくとも誰でも気軽に入れる銭湯が存在していた。
それでも、ある種の娯楽みたいなモノなので施設維持費の関係上入浴一回につき銀貨一枚と少々お高いが。
扉を潜ると目に入るのは広々としたラウンジ。
銭湯を利用している人々は思い思い寛いでいる。
ラウンジの突き当たり中央には受付があり、左右で男女別になっている。ローマ帝国初期みたいに混浴ではないようだ。
受付では持ち物を預かってくれるサービスもあるらしい、割り札を受け取り、自分の物を取り違えないようにする辺りは異世界とは思えないほど現代的な発想であり手が込んでる。
アイテムボックスのある至人たちには無縁だが。
ソニアと別れ、二人は男湯に入る。
受付の人がインシュンを見て首を傾げていたが、止められはしなかった。
入浴料は銀貨一枚だが追加でタオルや何かを貸し出している
こっちは銅貨五枚、いい商売だ。
至人は久しぶりの風呂だと喜び勇んで浴場へ向かう。
かけ湯を済ませて先に身体を洗う、いきなり入るのは日本人的にマナー違反だからだ。
身体を洗っているとインシュンが遅れて隣にやってくる。
「お、お待たせ兄さん」
「おう、遅いぞイン……シュン……?」
そこに居たのは胸元までをタオルで隠したインシュン。
普段から顔を隠すように下げられている厚めの前髪をアップにして、背中まであった三つ編みは解かれている。
線の細い体格と相まって、これは女の子と思われても仕方がない。
その証拠に周りの客も女の子が男湯に入ってきたのかとざわめいている。
「インシュン……だよな?」
思わず聞き返してしまう。
「うん……」
目を伏せ、顔を赤く染めながらうなずくインシュン。
「と、取り敢えず身体洗っちまおうぜ! 汚れたまま入るのはマナー違反だからな」
「うん」
「よし、背中洗ってやるよ」
「うん、御願い……」
そう言ってタオルを下半身にずらすインシュン。
透き通るような白い肌はとても暗殺者稼業に身をやつしていたとは思えない。
至人はつい生唾を飲み込んでしまう。
(本当に男か疑わしくなるよな……というか絶対に男に見えない、心なしか胸も少しだけ膨らんでいるような……?)
「……兄さん、そっちは前だけど……」
(しまった! 見つめすぎた!)「あ、ああ。すまん」
周りからもげろ! と聞こえそうだ。
――――――――――――――――――――――――
「う……んぁ……兄さん……少し、痛い……」
「す、すまん……これならどうだ?」
「さっきより……あっ……だい、じょうぶ……んっ……」
「……まだ辛いか?」
「ちょっと……くすぐったい……だけ……あんっ」
(なんて声だしてんだよぉぉぉぉ! 周りの視線が痛い、痛すぎる!)
「はぁ、はぁ……さっぱりした。次はボクが背中流してあげるね」
「お、おう頼むわ」(やられる側ならさっきよりは大丈夫だろう……)
「うわぁ……兄さんの(背中)大っきい……」
「そ、そうか?」(おいおい、勘違いされそうな言い回しやめてくれよ……)
「それに、凄く(筋肉が)厚くて硬い……」
「ああ、結構鍛えたからな」(勘弁してくれよ、文字だから違いが解るけど危ないだろ!)
「こんなに大きくて硬いの、ボク(の力)じゃキツイかも……」
「そんなに力入れる必要はないぞ? 大丈夫、力を抜いて」(ヤバイヤバイ、俺の発言もヤバイ!)
「んっ……んっ……はぁ、どう? 気持ちいい?」
「ああ」(お前絶対わざとやってるだろぉぉぉ!)
「んん、はぁ、はぁ……ボク上手くできてる?」
「おう」(危険が危ない! 理性よ、頼む持ってくれ!)
「あとは流して……はい、おしまい」
拷問のような時間がお湯を流す音と共に終わりを告げる。
「サンキュウな」
振り返って礼を言う至人を見た途端、突然インシュンが固まった。
その目は一点を凝視して動かない。
「どうした? インシュ……あ!!」
嫌な予感がして視線の先を追うと、そこには元気いっぱいになった至人のシビトが居た。
「あ、いや……これはだな、その~……」
しどろもどろになりながら弁解を試みる。が、
「……ボク、髪洗うね……」
耳まで真っ赤にしたインシュンは、ガシガシと何かを振り切るように勢いよく髪を洗い始めた。
「……お、そうだな……」
至人は必死にシビトをたしなめつつ同じように髪を洗うのであった。
――――――――――――――――――――――――
湯船に浸かる2人、会話は一切ない。
インシュンは至人から顔を背けて口元まで湯につかっている。
「……なあ」
沈黙にたまりかねて至人が声をかけた。
インシュンは顔を真っ赤にしながら目線のみで至人を見る。
「そろそろ出ないか?」
考えてみたら2人は結構長く入ってる気がする。
少し考えた後、インシュンも頷き同意する。
湯船から立ち上がり、2人は湯から上がろうと歩き出すがインシュンの足元がどうも覚束ない。
「おい、のぼせたんじゃないのか?」
「……大丈夫……」
インシュンはそう言ったが明らかにふらふらしている。
「やっぱり危ないって。ほら、手を貸してや……あ!」
そう言いかけて手を出した瞬間ドスンと盛大に尻餅をついた。
「ほらだから言っただろ……は!?」
尻餅ついてお尻を擦っているインシュン。
当然至人に対して全開な状態なのだが、とんでもないモノが視界に飛び込んでくる。
「……なぁ、インシュン。ブツは何処に落としてきたんだ?」
インシュンの股間に付いていて当たり前だと思っていたモノが存在していない。
この事態を目にした至人はすっとんきょうな質問をしてしまう。
「え? あ……」
先ほどとは逆に、今度はインシュンが至人の視線を辿る。
「それ……お前、おん『イヤァァァァ!!』ぶへぁ!!」
自分の状況を理解したインシュンは錯乱し、側に転がっていた桶を全力で至人の頭に叩きつけた。
「おま……頭はヤバイって……」
少々の中身をまき散らしてドサリとその場に倒れる至人。
『あ、兄さん? 兄さぁぁぁん!』
悲痛な叫び声が銭湯にこだました。
――――――――――――――――――――――――
(……知らない天井だ……)
至人が目を覚ました時あたりは薄暗く、どこか陰鬱な雰囲気のする部屋の中だった。
(ここどこだ?)
ざっと周りを見渡すと周囲にはシートがかぶせられてこんもりとした小山がいくつも並んでいる。
(なんだこのシート)
布団かと思ったら自分の身体にも同じシートがかけられていたのに気づく。
その時点でここがどういう場所なのか察しがついた。
(あ、ここ死体置き場だ)
ここで目が覚める前に何があったかを必死で思い返す至人。
一つ思い出したのは自分の頭に桶が直撃する光景。
(あー、頭にダメージ負ったから気絶していたのか……再生不能レベルだったら死んでたな)
以前も一度頭にダメージを負って気絶したことがあったので今回もそれだなと考える。
何がどうなって桶を頭に食らう事になったのかまでは思い出せない。
(なんかスゴイ事があった気がするんだが……インシュンに聞いてみればわかるか?)
とても衝撃的で重要な出来事があったような気がするが、どうにも出てこない。
思い出せないことをいつまでも考えていたところで事態は進展しないので、2人も心配しているだろうし元気な姿を見せてやろうと死体置き場を後にする。
(2人がどこにいるか皆目見当もつかないな……クリスに聞いてみるか)
死体置き場を出た至人は2人を探す為にまずクリスのところに向かうことにした。
冒険者ギルドに入るとまず向けられたのは忌避の視線。
何故そんな目を向けられるのかわからない至人はそのまま受付に声をかける。
「マスターは今部屋にいるか?」
「ひえ! あ、ははははい、ママママスターは2階におりますですハイ」
受付の人は怯えながらそう答える。
「わかった、ありがとな」
受付の態度にも疑問を感じたが、気にしないで2階に向かう。
「おう、クリス。聞きたいことがあるんだが……」
「ふぁ!? シ、シビトさん?」
「他の誰に見えるんだ?」
「ひいぃ! 迷わず神の御許に行ってください! お願いします! 私は食べてもおいしくないです! すいません!」
物凄い勢いで後ずさり、土下座するような姿勢で訳の解らないことを言い出したクリスに首を傾げる至人。
「おいおい、迷うとか神の御許とか一体何を言ってるんだ。それと、俺に食人の趣味は無いぞ?」
そういえば俺ゾンビだったなと思いつつ至人は言う。
「え? ……私はてっきりリビングデッドかと……本当に生きてらっしゃるのですか?」
クリスの話を聞くと、どうやらこの世界は死霊王が封印された今も未練を持った死人が甦って生者に襲い掛かることがあるらしい。
リビングデッドは神聖魔術で浄化するか、未練になっている想いを遂げさせない限り不滅らしく本当に厄介な存在なんだとか。
「間違いなく俺は生きてるよ。それより、ソニアたちが何処に居るか知らないか?」
「そんな……私も死亡確認に立ち会ったのに……え? あ、ソニアさんたちなら宿屋に居ると思いますよ」
「宿屋ね、サンキュー」
「あ、シビトさん……行っちゃった。今行ったら色々問題になるとお伝えしたかったのに……まあ、しょうがないですね。なんとかなるでしょう」
――――――――――――――――――――――――
宿屋に着いた至人はそのままソニアたちの部屋を聞き、ノックもせず揚々と中に入る。
「よーっす! 2人とも心配かけたな、俺はピンピンしてるぜぇ!」
お通夜のような雰囲気になっている2人に務めて明るく振る舞い、無事を伝えるが……。
「……またシビトくんを語る不届きもの……?」
「……いくらそっくりに兄さんの真似をしようとしても、もう騙されない……」
なんか不穏な空気を感じる至人。
「いや、本物だから。正真正銘2人のシビトだから」
背中に嫌な寒気を感じ、必死に生存アピールをする。
「そんな筈ない……アタシはちゃんと触って確かめて死亡確認したんだから……」
ざわざわと髪の毛が尖り始めているソニア。
「ボクがこの手で……うっかりとはいえ、間違いなくこの手で兄さんを殺してしまったんだ……ソニア姉さんは事故だと許してくれたけど……今も手に感触が残っているんだ……あの嫌な感触が!」
インシュンの身体からはあの蒼い炎が噴き出しかけている。
(あー、これってかなりマズイ状況なんじゃないかな?)
「よよよよし、まず聞いてくれ! 俺が本人だと証明できる質問をお前らが投げかけるんだ。どうだ、それで信用してもらえないか?」
その発言を聞き、2人はほんの少しだけ鉾を収める。
その後はソニアとの出会いの時の事、地竜戦、初めて使って見せたアートマジック。
インシュンとの出会い、出身国、インシュンの言語が理解できるかなどの質問をクリアしてやっと信用してもらった。
聞けば至人が気を失ってから2日たっているようで、その間に悲しみに暮れる2人を自分のパーティに迎えようとする勧誘が酷かったらしい。
中には変化の魔術を使ってまで仲間になろうとしてきた奴も居たために、2人はかなり疑心暗鬼になっていたとのこと。
ソニアは本物だと分かってから抱き着いて微塵も離れようとしない。
インシュンは何度も何度も頭をこすりつける勢いで謝ってきて、たしなめるのに苦労した。
至人は、そう言えばと思い出し、何故桶を食らったのか尋ねてみた。
「なあ、俺さ、頭に桶を食らう直前に何かスゴイ衝撃的な事があったような気がするんだが?」
『へ、ななな何もないよ!』
慌てると共通語を忘れるので、インシュンは凄く分かり易い。
「お前はテンパるとすぐ母国語が出るから分かり易いぞ? で、何があった」
我ながら少し意地悪かなと至人は思う。
『う~っっ……そ、そのことはいつか必ず話すから今は聞かないで……お願い……』
目にいっぱい涙をためてそうお願いされたら断るわけにはいかないので至人は了承した。
その後は至人の死亡を確認したお役所のような所や関係者たちをまわり、今回一番の被害を受けたと思われる銭湯に賠償と謝罪行脚に一日を費やす。
ちなみに、その事件を境に至人は自分でも理由はわからないが、なんとなくインシュンを男と見れなくなっていることに気が付いたのだった。
至人は脳幹にダメージを負わなければ何とか復活します。
ダンジョンでも頭打って気絶してますね。
お付き合いいただきありがとうございました。




