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キスが嫌いになったわけ  作者: 山口 にま
第一章
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木漏れ日の五月

 私と莞爾は二年生になった。一年間の鍛錬の結果、私たちはそれなりに投げ受けができるようになっていた。私の大学は五月に学園祭がある。私たち二年生は中庭の特設ステージで短い演武を披露することになった。莞爾は相変わらずの床屋通いだが、坊主ではなく「五分刈り」を注文できるようになっていた。練習中何度もメガネを壊されているので、最近の莞爾はコンタクトレンズだ。


 今日は日差しが強い。莞爾は青ざめた顔で汗ばかりかいている。

「緊張しているの?」

私が聞くと、莞爾は

「コンペの課題がなかなかできないんだ。あんまり寝ていない」

と答えた。


 演武では私が投げで莞爾が受けだった。短刀で襲い掛かってきた莞爾から私が短刀を奪い、逆に投げ飛ばすという設定だった。ステージに上がると、観客の中に恋人の陸の顔が見えた。

 私と莞爾の出番はすぐに終わった。次の出番に備えてステージ横の木陰で待機だ。陸は私に手を振ってくる。私は笑顔で小さく頷いた。

「彼氏?」

莞爾は聞いた。私がそうだと答えると、莞爾は陸のほうをちらりと見やる。陸は体形がよく、彼の方が武道やレスリングをやっているようだ。 


 今日は快晴で木漏れ日がまぶしい。私は目を細める。先輩の個人演武が終わったら二年生の集団演武だ。登壇のタイミングを逃さぬよう私はステージを見つめた。先輩の投げが終わった。さあ行こう。私は莞爾を見上げる。莞爾は心ここにあらずといった顔だ。莞爾は歩き出さない。莞爾、と声をかける前に莞爾は直立不動の姿勢のまま後ろ向きに卒倒してしまった。

 部のメンバーから悲鳴が上がる。

「莞爾、ねえ莞爾」

私はしゃがみこんで莞爾を揺する。

「お前たちステージに上がるんだ。早く!」

先輩が私たちを押しやる。私は立ち上がり、地面に倒れている莞爾を気にしながらもステージで演武をした。莞爾の部分は互いに頷きあいながら省略。陸も含め観客は、倒れたままの莞爾と、何もなかったかのように演武を続ける学生を気味悪そうに見比べる。

 私たちの演武が終わり次の軽音楽サークルの演奏が始まった。やっと救急車が到着し莞爾は運ばれて行った。


 ステージの脇で簡単な反省会をしたあとに解散となった。道着にパーカーを羽織った私に陸が声をかける。私は演武の感想を聞いた。

「どうだった?」

「ダイナミックで良かったよ」

「でしょ?」

陸は声をひそめて

「倒れた人がいたけれど、大丈夫?」

「同じクラスの子なんだ。どうしたんだろうね」

「てんかんみたいに見えたけれど」

私は話題を変えた。

「ロシア研究会の出しているボルシチが美味しんだって。食べに行こうよ」

私の恋人はやっぱり陸だ。頭がよくって完全無欠だから。


 陸は国立大学に籍を置く自慢の恋人だ。私の大学、友達、すべてを批判する母や姉たちも陸に関しては手放しで褒め、「絶対に手放しては駄目」と言う。大学を卒業したらすぐにでも彼と結婚したい。彼だってそう望んでいる。私の夢は彼と結婚をして大手を振ってこの家から出ていくことだ。


文化祭が終わった後は繁華街に繰り出して居酒屋で夕食。そして誘われるままに陸のアパートだ。二人でベッドに倒れ込み陸は私の衣服を解いて行く。

「避妊して」

私は頼むが

「大丈夫だから、妊娠させないから」

の一点張りで自分の望みを押し通す。未来の旦那様に対して私は強く言えずに陸を受け入れてしまう。


 週明け、莞爾は普通に授業にやってきた。私が莞爾に手を振る前に莞爾は私から目をそらした。授業が終わると莞爾はすぐに教室から退室し、私は声をかけることができない。

翌週になってやっとのことで莞爾を捕まえる。

「今日の練習はどうするの?」

私が聞くと、莞爾は相変わらず私から目をそらしたまま言った。

「この間はごめん」

「体の具合が悪かったんだから気にすることはないよ」

「先輩にも謝りに行ったよ」

「謝るほどのことじゃないけれど。今日の練習は?行くでしょう?」

「部活はもうやめようと思っている」

私は驚いて理由を聞いた。

「課題で忙しいし」

「そんな・・・・。だったら暫く部活を休みなよ。辞めないでよ」

私は莞爾を慰留したが、

「本当にもういいから。唯恵は俺の分まで頑張ってよ」

それだけ言うと、莞爾は私を振り切るようにして教室から出て行ってしまった。


 私は部活で一人になった。ある放課後、上級生が柔軟体操をしながらしゃべっていた。

「あいつ、もう練習に来ないかな」

「あいつって?」

「てんかんだよ」

莞爾には新たなあだ名が付けられ、上級生の周囲で笑いが起きた。私は更衣室に戻ると乱暴に道着の帯を解き、それを床に放った。莞爾はもうこの道場には来ない。それは私もだ。

私はその日以来二度と練習に顔を出すことはなくなっていった。



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